クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

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第三十七話・不意打ちの訪問者

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 駅前スーパーに立ち寄ってから帰宅して、買ってきた食材を冷蔵庫や棚にしまい込む。今日は柊人さんは仕事で出ていて戻っては来ない。そんな日が思っていた以上に多くて、初めての同棲生活を密かに緊張していた私は拍子抜けした。家賃や光熱費を負担してもらうのだからと、家事は任せてと張り切ってみたものの、一緒に家でご飯を食べたのなんてまだ数えるくらいだ。余裕のあるキッチンスペースは完全に手持ち無沙汰状態。
 今日もいつも通りに一人分の食材を使って簡単に食事を済ませ、シャワーを浴びるついでにお風呂掃除をする。広いマンションはお掃除のし甲斐がある。ワンルームだとあっという間に終わって時間を持て余してしまう。浴室が綺麗になったのに満足したのはほんの一瞬で、一人きりの寂しさがジワジワと襲い始める。

 リビングへ移動した後、ソファーテーブルの上に置いていたスマホの画面を覗き込み、柊人さんから何か連絡はないかと確認する。どうでもいい迷惑メールが一件来ていただけで、特に何の着信もなかった。出張先で、まだ仕事が終わっていないんだろうか。接待で女性のいるお店なんかに連れて行かれたりしてるんだろうか。詰まらない心配をしながら、ハァと溜め息を吐く。以前は一人でのんびり過ごせる時間をとても貴重に感じていたのに、今は退屈でしょうがない。

 夕方には帰って来れそうだという連絡を受けた土曜の朝。洗濯物をバルコニーに干し終え、リビングに入ったタイミングでインターフォンが鳴った。慌てて壁面に設置されたモニターの覗いて、鳴らされたのが一階エントランスの自動ドア前ではなく、部屋の玄関前のインターフォンだと気付き、首を傾げる。かなり多きなマンションだから人の出入りの多い時間帯だと来客が他の住民などに便乗して中に入ってしまうケースもままある。基本的にはエントランスで先に連絡してくれるけれど、直で八階まで上がってきてしまう宅配業者がいないこともない。

 完全に何かの業者が訪れて来たと思い込んだまま、私はインターフォンで相手の確認もせず、玄関扉の鍵を開ける。きっと柊人さんが頼んだ荷物が届いたとかだろう、そう信じて疑わずに。

「あら? あなた、どなたかしら?」

 開いたばかりの玄関扉の向こうにいた女性が、怪訝な表情で私のことを頭から足の先までじろりと見渡してから聞いてきた。上品なピンクベージュのフォーマルスーツを着た五十代後半くらいだろうか。おばさんというよりはマダムと呼びたくなる、とても品の良さそうな女の人。そのマダムが私の身体越しに家の中を覗き見つつ、困惑の表情を浮かべている。

「柊人の、うちの息子のお知り合いかしら? 私、今日は家に届いたあの子の郵便物を持って来てあげたのだけれど……」

 その言葉に、私はようやくこの女性が彼の母親だと気付き、一気に動揺する。彼ママとの遭遇なんて、これまでの人生で一度も経験したことがなかった。お母さんからすれば、息子の家を訪ねて見知らぬ小娘が出てきたら、不審に感じて当然だろう。私は慌てて柊人さんのお母さんに向かって事情を説明し始める。

「あ、すみませんっ。柊人さんは今日の夕方まで出張に出ておられて……私は彼とお付き合いさせていただいてます、荒川と申します」
「ああ、そうなのね……」

 私のことか彼が不在だということか、どちらに対しての「そうなのね」なのかは分からなかったが、柊人さんのお母さんは納得したように小さく頷いていた。さすがに玄関前で帰すわけにもいかず、私が上がってもらうように促すと、お母さんは躊躇わずにリビングへと進んでいき、手に持っていたバッグから出した封筒とハガキの束をダイニングテーブルの上へと置いた。

「卒業した学校から後援会と同窓会の案内が来てたから、もしかしたら急いで返信しなきゃならないかもと思って持って来たの。あの子には、帰ったらちゃんと確認するようお伝えいただける?」
「はい」

 私が勧めてもソファーに腰を下ろすことなく、お母さんはしばらく部屋の中の様子をぐるりと見回していた。リビングの窓からはバルコニーに干したばかりの私の洗濯物がカーテン越しに見える。それに気付いたのか、私のことを振り返ってから意外だという表情になる。

「あなたも一緒に住んでいるのかしら?」

 柊人さんから、ここは親の所有不動産だと聞いていた。なのに許可も得ずに勝手に居候してしまっているから怒られるに違いない。私は「すみません……」と頭を下げる。他の部屋には思い切り引っ越し業者のロゴ入りの段ボール箱がまだ山積みになっているし、たまに遊びに来ているだけという誤魔化しはできそうもない。同居を反対されたら言い返すこともできないと私は顔を強張らせて警戒していたが、柊人さんのお母さんは「あー、そうなの」と小さく言ってきただけだった。何の興味も関心もなさそうなそっけない言い方。でもその後、何か苦々しい物でも嚙み潰したかのように顔を顰めてから、吐き捨てるように呟いていた。

「父親がよその女に買ったような部屋に恋人と住むだなんて、あの子も悪趣味だわ……早く売り払ってしまえばいいのよ、こんなところ」

 私に対しては特に何のお咎めも口にせず、柊人さんのお母さんは郵便物を届けるという用事を済ませると、呆気なく玄関から出ていってしまった。結局、最後まで腰を下ろすこともなく。
 部屋に一人残された私は、妙な緊張感からか背中にはじっとりと冷や汗をかいていた。
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