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第三十八話・不意打ちの訪問者2
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柊人さんのお母さんが帰った後、私は引っ越しの日に公園近くを散歩しながら聞いた話を思い出していた。そして、実際にお母さんに会ったことで彼が話していたことに大きく納得してしまった。お母さんは私のことどころか、息子である柊人さんのことにもあまり関心がなさそうに見えた。そして、彼の両親は離婚という形は取らなかったけれど、その夫婦仲は子供の目からもかなり冷め切っていたのだろう。
――この家のこと、『父親がよその女に買ったような部屋』って言ってたなぁ……
父親は不動産関連の会社を経営していると言っていたから、このマンションを所有していたのは投資物件か何かで、彼が住む前は賃貸に出していたのかとてっきり思い込んでいた。でも、お母さんの話が本当なら、ここは父親が愛人を囲う為に購入した物件。なかなかのいわく付きだ。今は住んでないってことは、別れたのか別の家に引っ越したのか、それとも妻に不倫がバレて追い出されたのか……
そのあまりにディープ過ぎる内情を耳にしてしまったことを、私は夕方に帰宅した柊人さんへ話した方がいいのか迷った。お母さんは私のことは一切興味がなさそうだったし、同棲していることもどちらでもいいって感じだったから、私からはお母さんの訪問については何も言わずにいた。でも、ダイニングテーブルの上に置いたままだった郵便物を見つけて、柊人さんの方から聞かれた。
「もしかして、うちの母親が来た?」
実家の住所宛の郵便だったからすぐに気付いたみたいだ。たまに出掛けるついでに家まで持って来てくれることがあるらしい。不在の時は集合ポストに入れてから、電話で「入れておいたから」と連絡があるのだという。合鍵は実家に置いてあるはずなのに、勝手に上がろうともしない。だから連絡もなくこれが家の中にあるということは、留守番していた私が受け取ったのだと考えたのだろう。
「うん、同窓会の案内みたいだから、すぐ返信が必要かもって今朝に持って来られたよ」
「あー……」
ハガキを裏返して目を通しながら、柊人さんが気マズそうな表情を見せる。予期しないところで親に交際相手を見られてしまうのは確かに困惑してしまうものだし当然か。柊人さんはしばらく黙り込んでいたけれど、私を振り返ってから心配そうに確認してくる。
「咲良が何か嫌な思いをしたりとかはなかったか?」
「ううん、ほとんど喋ることもなかったし、すぐに出ていかれたし」
「そっか、ならいいけど……」
本当に一瞬の訪問だったから、ただビックリしただけだ。そう伝えると、かすかにホッとした笑みを浮かべていた。あの上品なマダムが息子の彼女に嫌味や暴言を吐くとは思えないし、逆に何の関心も持たれずスルーされた感じだった。彼が心配するようなことは何もない。
「あ、でも、柊人さんのことをここで同棲するなんて悪趣味だっておっしゃってたかな」
お母さんがここで感情らしいものを見せたのはその時くらいだ。私がそう言うと、柊人さんは呆れ笑いを浮かべる。その横顔はなんだか少し悲しそうにも見えた。
「前にも言ったけど、うちの親父はほとんど家に帰って来ることがなかった。その間はここにいたらしい。母と結婚する前からずっと関係を続けていた相手と一緒に」
柊人さんはネクタイを緩めながらソファーに深く腰掛けて、私に隣へ座るようクッションをポンポンと叩いてみせる。私は黙って横に座ってから、彼の横顔を見上げた。相変わらずどこか寂しそうで悲しそうな瞳は、電源の入っていないテレビの液晶に向けられていた。柊人さんはぽつりぽつりと口を開く。私はそれに静かに頷き返しながら耳を傾けた。
「まあ、十年くらい前に相手が田舎へ帰るって言って捨てられたみたいだったし、使ってないならってここに住み始めたんだけど、母の立場からしたらできれば処分して欲しいんだろうな」
確かに、用事があって訪れてもあまり長居はしたくない様子だった。お母さんがあっという間に出ていったのはそういうことだったのだろう。だから、ここに住んでいる息子の気持ちが理解できなくて、悪趣味だと言い捨てていった。お母さんはこの部屋に悪い印象しかもっていないのだから当然だ。
「俺は子供の頃から両親のそういう冷えた部分を見てたから、逆に気にもならなくなってるのかもしれない」
もし私が気にするのなら引っ越しも考えると言ってくれた柊人さんへ、私は首を横に振って別に平気だと伝える。別に事故物件ってわけでもないんだからと。
私自身も円満な家庭に育ったわけじゃないし、両親が離婚する前に言い合いしているのを見てきた。だから彼が苦悩した結果、気持ちが麻痺して多少のことが気にならなくなっている状態なのもよく理解できた。そういうものだと思って、無意識に一歩引いてたところから見てしまうのだ。
柊人さんはいつも自分の感情だけで行動しようとはしない。一緒に住むことになったのも私の経済的な理由がキッカケだったし、もっと遡ったらホテルでのサプライズだって部屋に案内してくれた後、私一人を置いて一旦出ていこうとしていた。強引さに欠けるとでも言ってしまっていいのか、それはもちろん彼の優しさでもあるけれど、彼は自分の心の熱を信じ切れないのかもしれない。将来を誓い合ったはずの両親の仲が崩壊していくのを目の当たりにして育ったのだから当然か。
――この家のこと、『父親がよその女に買ったような部屋』って言ってたなぁ……
父親は不動産関連の会社を経営していると言っていたから、このマンションを所有していたのは投資物件か何かで、彼が住む前は賃貸に出していたのかとてっきり思い込んでいた。でも、お母さんの話が本当なら、ここは父親が愛人を囲う為に購入した物件。なかなかのいわく付きだ。今は住んでないってことは、別れたのか別の家に引っ越したのか、それとも妻に不倫がバレて追い出されたのか……
そのあまりにディープ過ぎる内情を耳にしてしまったことを、私は夕方に帰宅した柊人さんへ話した方がいいのか迷った。お母さんは私のことは一切興味がなさそうだったし、同棲していることもどちらでもいいって感じだったから、私からはお母さんの訪問については何も言わずにいた。でも、ダイニングテーブルの上に置いたままだった郵便物を見つけて、柊人さんの方から聞かれた。
「もしかして、うちの母親が来た?」
実家の住所宛の郵便だったからすぐに気付いたみたいだ。たまに出掛けるついでに家まで持って来てくれることがあるらしい。不在の時は集合ポストに入れてから、電話で「入れておいたから」と連絡があるのだという。合鍵は実家に置いてあるはずなのに、勝手に上がろうともしない。だから連絡もなくこれが家の中にあるということは、留守番していた私が受け取ったのだと考えたのだろう。
「うん、同窓会の案内みたいだから、すぐ返信が必要かもって今朝に持って来られたよ」
「あー……」
ハガキを裏返して目を通しながら、柊人さんが気マズそうな表情を見せる。予期しないところで親に交際相手を見られてしまうのは確かに困惑してしまうものだし当然か。柊人さんはしばらく黙り込んでいたけれど、私を振り返ってから心配そうに確認してくる。
「咲良が何か嫌な思いをしたりとかはなかったか?」
「ううん、ほとんど喋ることもなかったし、すぐに出ていかれたし」
「そっか、ならいいけど……」
本当に一瞬の訪問だったから、ただビックリしただけだ。そう伝えると、かすかにホッとした笑みを浮かべていた。あの上品なマダムが息子の彼女に嫌味や暴言を吐くとは思えないし、逆に何の関心も持たれずスルーされた感じだった。彼が心配するようなことは何もない。
「あ、でも、柊人さんのことをここで同棲するなんて悪趣味だっておっしゃってたかな」
お母さんがここで感情らしいものを見せたのはその時くらいだ。私がそう言うと、柊人さんは呆れ笑いを浮かべる。その横顔はなんだか少し悲しそうにも見えた。
「前にも言ったけど、うちの親父はほとんど家に帰って来ることがなかった。その間はここにいたらしい。母と結婚する前からずっと関係を続けていた相手と一緒に」
柊人さんはネクタイを緩めながらソファーに深く腰掛けて、私に隣へ座るようクッションをポンポンと叩いてみせる。私は黙って横に座ってから、彼の横顔を見上げた。相変わらずどこか寂しそうで悲しそうな瞳は、電源の入っていないテレビの液晶に向けられていた。柊人さんはぽつりぽつりと口を開く。私はそれに静かに頷き返しながら耳を傾けた。
「まあ、十年くらい前に相手が田舎へ帰るって言って捨てられたみたいだったし、使ってないならってここに住み始めたんだけど、母の立場からしたらできれば処分して欲しいんだろうな」
確かに、用事があって訪れてもあまり長居はしたくない様子だった。お母さんがあっという間に出ていったのはそういうことだったのだろう。だから、ここに住んでいる息子の気持ちが理解できなくて、悪趣味だと言い捨てていった。お母さんはこの部屋に悪い印象しかもっていないのだから当然だ。
「俺は子供の頃から両親のそういう冷えた部分を見てたから、逆に気にもならなくなってるのかもしれない」
もし私が気にするのなら引っ越しも考えると言ってくれた柊人さんへ、私は首を横に振って別に平気だと伝える。別に事故物件ってわけでもないんだからと。
私自身も円満な家庭に育ったわけじゃないし、両親が離婚する前に言い合いしているのを見てきた。だから彼が苦悩した結果、気持ちが麻痺して多少のことが気にならなくなっている状態なのもよく理解できた。そういうものだと思って、無意識に一歩引いてたところから見てしまうのだ。
柊人さんはいつも自分の感情だけで行動しようとはしない。一緒に住むことになったのも私の経済的な理由がキッカケだったし、もっと遡ったらホテルでのサプライズだって部屋に案内してくれた後、私一人を置いて一旦出ていこうとしていた。強引さに欠けるとでも言ってしまっていいのか、それはもちろん彼の優しさでもあるけれど、彼は自分の心の熱を信じ切れないのかもしれない。将来を誓い合ったはずの両親の仲が崩壊していくのを目の当たりにして育ったのだから当然か。
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