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第2章
60.療養生活です
しおりを挟むジョゼフの家族はレティシア達を快く受け入れてくれた。
ジョゼフの妻、クラリス。息子のマルク。マルクの妻、エルザ。
皆レティシアを気遣いつつも、程よい距離感で接してくれた。
精神的にも追い詰められたレティシアは、ただのんびりと過ごしていた。庭に出て花を愛でたり、読書したり。ジョゼフの家族と取り止めのない会話も楽しんだ。
時折ジョゼフが顔を出し、家族との時間を大事にしている様子もあった。またその際に、クロードとセシルにも声を掛けたようで、一緒に来ていたこともあった。
セシルはもちろんのこと、クロードもとてもレティシアを心配していた。けれどレティシアの状態を慮ってか、リュシリュー公爵家の話をすることはなかった。
ルネもレティシアの身の回りのお世話をしながら、クラリス達の手伝いもしていた。
きっと亡命した後暫くは、セシルによってこういった生活を勧められるのだろうと思った。
そうして過ごすことおよそ1ヶ月。段々とレティシアの調子も戻ってきた。
何もしないのも申し訳ないやら暇やらで、レティシアも手伝いを申し出る。初めは遠慮されてしまったけれど、ルネと共に洗濯物を取り込んだり簡単な仕事をさせてもらえた。
前世の記憶もあるので、完全な初心者ということではない。そのため思ったより手際の良いレティシアは皆から驚かれた。
手放しに褒めてくれるその環境に、レティシアの心は癒される。
しかし、その間、学園に行っていない。そろそろ卒業も近づいているので、状況確認のためにも行かないととレティシアは思う。
ちょうどジョゼフが帰ってきた時に、レティシアは聞いてみた。
「ジョゼフ。わたくしそろそろ学園に行かないといけないわ」
「いいえ。まだ駄目です」
「どうして?」
即答されてしまい、レティシアはたたらを踏む。
しかし、次にジョゼフに言われたことが、何も反論出来なかった。
「何故なら、お嬢様は今、“行かないといけない”と仰いました。“行きたい”と言う事であれば、また違います。しかしお嬢様に今あるのは義務感です。回復している途中では、無理をしないことが先決です」
「まあ……」
図星すぎて何も返せない。
「主治医もこのまま卒業まで休んだ方が良いと言っています。お嬢様は優秀なので、卒業の単位まで十分取れているそうですよ」
「え? そんなに?」
「そうです。お嬢様が思っているより、状態が悪いのですよ」
「けれど計画が……」
ジョゼフは真剣な表情で言った。
「お嬢様。今はもう亡命計画云々では無いのです。とにかく、療養が最優先です」
それでもレティシアは、意地で食い下がる。
「……けれど、卒業するまでまだ少し時間があるわ。今決めるのではなくて、仮に体調が良くなれば良いでしょう?」
「それは……」
恐らくジョゼフは、それが無理だと思っている。
だから表情が渋いままなのだ。
レティシアだって分かっている。今現在、レティシアはリュシリュー公爵家のことも、オデットの事もどうなったのか何も知らない。
バンジャマン達が何も関わっていないとは思えない。オデットの事もこれだけ時間があれば、もう断罪まで済んでいる可能性が高い。
それを誰も知らせないのは、レティシアの為だと分かっている。
けれどずっと蚊帳の外なのは嫌だ。だってこの計画の発案は自分自身だ。
小さいプライドかも知れないが、自分だけぬくぬく守られているのは嫌だった。
レティシアの目から、決意の強さを読み取ったのだろう。ジョゼフはため息を吐いた。
「分かりました。けれどそれは医師の判断次第になりますからね」
「ええ。ありがとう。それで学園の様子だけでも――」
「それはまだ駄目です」
「……はい」
取りつく島も無かった。完全に情報が遮断されている。
情報を得たら、レティシアの体調が悪化するからだ。
「……はあ。本当、どうしてこうなったのかしら」
本当なら今頃の予定では、学園のほぼ全員から絶賛疑われているはずだったのに。
けれど言質は取れた。せめて卒業の1ヶ月前には学園に行けるようになりたい。
それまでに体調を良くしようと決意するレティシアだった。
◇◇◇
レティシアは存外頑固だ。決めた事は何が何でもやり遂げたいタイプだ。
そう、まだレティシアは亡命計画を諦めてはいなかった。
それにリュシリュー公爵家から離れたことで、ストレスから解放された。そのおかげで、体調はぐんぐん良くなっていった。
また1ヶ月ほど経って、レティシアは更に回復していた。まだ全快では無いが、順調だ。
ストレスフル環境が変われば、体調が変わるなんて、体は正直である。いや、この場合、体に出るまで耐えてしまったと捉えるべきか。
医師に許可を貰い、オデットの結末だけ教えてもらえることになった。
オデットは暴漢へコレットを襲うよう依頼したとして、学園を退学した。そして修道院に送られる事になった。
のだが、彼女は修道院に行くことを是としなかった。どうにかして逃れようと、なんと警備の男性を懐柔しようとした。
けれど自分の仕事に誇りを持っていた男性。流されることなく、報告してバレてしまった。
これでは修道院すら生ぬるいと考え、国外追放されたそうだ。
生粋の貴族女性が、身一つで野晒しにされればどうなるか、火を見るより明らかだ。
体を売って日銭を稼ぐか、劣悪な環境で直ぐ死ぬか。
どちらにしても、未来はない。
今回のことについて、ブローニュ伯爵家は初めオデットを庇っていたらしい。だから修道院に送るだけに留めようとしていたのに、オデット自身がそれを無に帰してしまったのだ。
レティシアは話を聞いて、ゆっくり息を吐いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ルネが心配そうにレティシアの様子を伺う。
「ええ。何と言うか、わたくしはルネ達がいるけれど、行く先が似ているなと思って」
「全く似てませんよ。お嬢様は生き抜く為に準備もしていますが、彼女は無一文で放り出されましたから」
普通断罪される準備をするなど、あり得ないのでどちらかと言うとオデットの方が当然である。
「それで、わたくしを黒幕呼ばわりしましたけれど、その後どうなったのです?」
「そちらは彼女の気が触れたということで、調査は終了したそうですよ」
「あら、そうなの?」
「表向きは、ですけどね。疑っている人は……まあ」
ルネは顔を逸らして言う。
けれどレティシアにとっては計画通りだ。
「まあ、火のないところに煙は立たないと言いますし、わたくしにとっては良いですわね」
「お嬢様、何も良くありません」
ルネは我慢できないとばかりに反論した。
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