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夜会の招待2

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 ヴィオラは起き上がると、すばやく寝巻の上に一枚羽織った。髪をまとめたいところだが、いつまでも外で待たせておくわけにはいかない。相手がトトなら、多少はだらしないのも許してもらえるだろう。

がたつく窓をジェフリーがゆっくり開けると、朝の空気と共にトトは軽やかに室内に降り立った。
日差し避けのローブの下から覗くのは、明るい胡桃色の髪。ぱっと見は特徴のない、クロクスではありきたりの風貌をしている。
瞳の色が紫にも赤にも見える不思議な光を放っていることは、近づいて、まじまじ観察しなければわからない。

「ほらほら早く執事君が早くしてくれないから、誰かに見られちゃうかと冷や冷やしたよ。ここ二階なんだからね?」

「でしたらそんな所から、いらっしゃらないで下さいサルヴァトーレ様。相変わらずのようで、何よりでございます」

「付け足しみたいな挨拶どうもね」

ジェフリーにはぞんざいに手を上げ挨拶を済ませたトトが、ヴィオラの前では優雅に腰を折る。そしてヴィオラの手をとり、
「やあヴィオラ、今日も元気そうだね。久しぶり」
軽く口づけた。

「ほんっとに、相変わらずねえ……」

二十代前半に見える姿は、五年前に初めて会った時から当然変わっていない。その後も数回は会っているが、吸血鬼とは思えない人懐こい笑顔もそのままだ。行先を知らせてるわけではないので、どうやってヴィオラたちの居場所を探りあててくるのかは謎だ。

「一年ぶりくらいかしら? お久しぶり。トトも元気そうでよかったわ」

「勿論、僕はいつだって元気だよ。僕が元気じゃなかったら、皆が悲しむからね。さて、今日はヴィオラにお届け物に来たんだ」

声を弾ませ、トトは上着の内ポケットから一枚の封筒を取り出した。
「はい、ヴィオラ。どーぞ」

「なあに?」
受け取った封筒は、飾り気のまったくない白い無地のもの。

「夜会の招待状だよ。たまにはみんなで集まろうと思ってね」
ウィンクでトトが答える。

色気より快活さの方が上回っているが、なんだか照れてしまう。トトの行動はいちいち派手だ。カッと熱くなった顔を、ぱたぱたと手でヴィオラはあおいだ。
一歩後ろに控えるジェフリーが顔を引きつらせていることは、トトにしか見えていない。

「吸血鬼同士で集まるなんて、危険なのではありませんか? 怪しい集まりに、うちのお嬢様を誘うのは遠慮していただきたいですね。サルヴァトーレ様」

ジェフリーのいつになくきつい調子に、ヴィオラはこほんと咳で咎める。執事を見上げれば、ばつの悪そうな顔がそこにあった。

「ジェフリーがトトのことを苦手なのは承知しているけど、お客様への態度じゃないわ」
「……申し訳ありませんでした」

嫌々一礼するジェフリーに、ヴィオラは溜息をそっと零した。ジェフリーはトトに対しては、どうにも子供っぽい。中身で言えばトトの方が年上なのだが、いかんせん見た目が宜しくない。
トトの方はいつものように、ふふっと笑い声を漏らして肩を揺らしている。

「トトが気にしないならまあいいわ……。前にもお茶会にはお邪魔したことあったけど、わざわさ招待状を用意するってことは正式なお誘いなの?」
封を開け、招待状を広げてみる。

「……ちょっと、トト、これ、どこに招待されるってのよ?」

招待状には、場所の名前も日時も、招待主の名前も、何も書かれていなかった。完全な白紙だ。

「場所はね、自治都市テルメロアだよ。聖カニアの祭りの次の日に、テルメロアの白鴉亭で夕方から。以前のお茶会なんて目じゃないよ。たくさんの子たちを集めて大々的に楽しもうって思ってるんだ」

「テルメロア……テルメロア……?」

はて、どこだっただろう。聞いたことがあるような気がするが分からない。
考え込むヴィオラの一方、ジェフリー勝手に納得している。

「なるほど、多少は気を使っているということですか。もっと気を使って頂いて、声かけ自体を遠慮して頂きたいところです」
「ほんっと、ブレないなあ……執事君は」
二人のやりとりは小声だったので、思案しているヴィオラの耳には届いていない。

「その招待状は鍵だよ、ヴィオラ。会場入り口で門番に出してくれればいい」
「鍵?」
「まあまあ、実際に行ってみたらわかるよ」
「安全に関しては大丈夫なの? 吸血鬼が大勢集まるとなると、ハンターに嗅ぎつけられる危険性は増すでしょう? トトのことだから、何か考えているとは思うけど」

ジェフリーほど神経質にはならなくても、ヴィオラだって気にはする。

「だーかーら、テルメロアなんだってば。でも、ちょっと心配してもらう位で丁度いいかな」

ヴィオラは首を傾げた。

「たまにはみんなで集まって騒ぐのもいいなって思ったのもあるけど、ハンターに気を付けてって非武闘派の皆を呼んで注意喚起するための会でもあるんだよ」

「あら、そういうことなの」

トトは吸血鬼の顔役のような存在だ。血族に関係なく、穏健派をまとめている。

「ま、そうは言ってもただの夜会だよ。僕もピアノ弾いちゃうから、ヴィオラたちも聴きにおいでよ。ね? 遊びにおいでって」

「トトのピアノは聴いてみたいけど……」
確か、前に知り合いに聞いた話では、天使も泣き出す腕前だということだ。どっちの意味でかは知らない。

「それじゃ、僕はまだみんなに招待状を届けないとだから」
言いながら、トトは窓から体を乗り出す。

「あ、待ってトト、行くかどうかの返事を――」

する前に、既にトトの姿は地表にあった。
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