お嬢様と執事のありふれた吸血鬼生活

結城鹿島

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過ぎ去りし日1

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吸血鬼にとって、血はただの糧ではない。
血は魂の欠片。己の中に他者の血を取り入れることは、魂を取り込むのと同じこと。
だから、長命の吸血鬼は数多くの人間の魂を、その力を、その過去を、内包しているといえる。それ故に、強大な存在なのだ。
過去は過ぎ去るものではない。内包するものだ。
それは吸血鬼ならば当然のこと。自覚すべき第一歩。
過去は、過ぎ去ることは決してない――。



「覗かないでくださいよ、お嬢様、いいですね、絶対ですよ? 絶対ですからね!?」

「わかった、わかったわよ。ジェフリーってば、『魅了チャーム』をかけるの下手なんだから、早くしないとその人起きちゃうわよ?」

ジェフリーの腕には眠らせた中年男性が一人。吸血のための獲物だ。

「本当に覗かないでくださいね」

中年男性を抱えてジェフリーは物陰に消えていく。

「まったく……五年も経ってるっていうのに。いつまで……」

『食事』の最中を見られるのをジェフリーはひどく嫌う。普段はジェフリーも一人で狩りへ出かけるが、偶々丁度よさそうな獲物がいたのでヴィオラが狩りを促した。
(だって、ジェフリーの食事は間接的にはわたしの食事なんだから、拘りたいわよねえ)
住処を構えた街から離れた村の繁華街、その片隅。酒場の裏手、ヴィオラは石垣の上に座って足をぶらぶらさせた。
住処の周りだけでなく、少し離れた地域の環境もこうして調べた結果、悪くはなさそうだと思えた。しばらくは腰を落ち着けることができるだろう。
本当は、獲物を探すならこんな村ではなく、大きな街の方がいい。
しかし、なんとなくヴィオラはこの村が気に入った。小さいが、中心街は通りの両側に店が立ち、田舎にしては賑やかだ。表の方から、酔っ払いの調子の外れた歌声が聴こえてくる。

(また来てもいいわね。なんとなく景色が屋敷の周りと似てるのかも……)

意識が過去へ飛びかけて、

「お嬢様……」

聞き慣れている単語なのに、どこか異質な響きの呟きで引き戻された。

「やはり、ヴィオラお嬢様ですね……?」

一瞬、ヴィオラは何を言われているのかわからなかった。こんなところで、名前を呼ばれる覚えはない。
見下ろすと、背の高い初老の男性が一人。見覚えがあるような無いような、どこにでもいる風貌の男が石垣の上のヴィオラを見上げている。向けられる視線に滲んでいるのは恐れと懐古。
どこか労わるような響きが声の中にあった。

(聞いたことある声だわ……)

記憶の中、何かが引っ掛かる。

(――コックの、ジェイムズ……!)

気付いた瞬間、ヴィオラの体が勝手に逃げ出した。

それから、どこをどんな風に走ってきたのか、ヴィオラは村を見下ろす丘の上にいた。
吸血鬼にとっては大した運動量ではない。なのに胸が苦しい。まるで人間のように肩で息をしている。へたりと座り込んだ。
(冗談に出来るようになったと思ったのに)
まだ昔のことは重過ぎた。

                 ●
                            
ヴィオラ・ブリアナ・グラントが生まれた時からジェフリー・コッカーは執事だった。
どころか、ヴィオラの母が幼い時から既に屋敷に仕えていたらしい。さすがに始めは執事ではなくナイフボーイだったというが。
ヴィオラの母ローナは、社交界が好きではなく家にこもりがちな娘だった。さりとて、一人で過ごしていたわけでもなく、年若い使用人たちと親しくしていた。貴族の娘として、普通ならば許されることではない。
が、さして名家でもなく、ローナの両親も大らかな人間だったので見逃されていた。
ジェフリーとも、親の知らぬところでローナは仲良く遊んでいたという。まるで、兄と妹のようにね、と母が楽し気に話しているのを覚えている。薄い金髪のジェフリーと、明るい金髪のローナは遠目で見れば確かに兄妹のように見えないこともなかった。

幼いヴィオラから見ても、母とジェフリーは仲が良かった。それは、ヴィオラに使用人という区別を曖昧にさせた。
ヴィオラは父のセオドアに似てクロクス王国では珍しい完璧な黒髪に黒い瞳だから、外見はまるで似ていないのに、幼い頃はジェフリーのことを家族だと思っていたほどに。
ヴィオラはそう思っていても、自分一人が相手だと冷静な執事の仮面を被るので、ときたま悪戯をして困らせてみたりもした。

「お嬢様、ベッドにカエルを忍ばせるのは止めて頂けませんでしょうか?」

「犯人がわたしだって決めつけるのは、おーぼーだと思うわ」

「……申し訳ありません。しかし、お嬢様以外に私の苦手な物を知っておられる方はいないと思われますので」

「お母様だって知ってるんだから、お母様かもしれないじゃない!」

「……やっぱり聞いたんですね」

お母様には小言だけだったのに、わたしにはガミガミお説教をするなんて、なんて嫌な執事なのだろうとヴィオラは憤慨した。憤慨したが、許してあげることにした。だってカエルがベッドから出てきた時のジェフリーはちょっと涙を浮かべていたから。
ヴィオラとローナの周囲は穏やかだった。絵に描いたように優しい日々がそこにはあった。
しかし、それも徐々に過去になっていく。
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