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執事の消えた日1
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深く息を吸い込んでから、ヴィオラはドアノッカーを鳴らした。
しばらく待っても、中からはなんの応答もない。
予想もしてはいたのに、その事実にどうしょうもなく落胆した。
仕方なく、自分でドアの鍵を開け、中に入る。明かりのともされていない室内は、外の闇と同じく陰に沈んでいた。
吸血鬼の眼には明かりなど必要ではないけれど、普段は習慣として明かりをともしている。そのことを、ヴィオラはふいに煩わしく感じた。始めから暗いなら、いつも通りだと思えるのに。
自分で明かりをつける気にならず、暗いまま全ての部屋を見て回っていく。
そして、どこにも執事の姿がないことを確認して、深々と溜息を吐いた。
「……馬鹿ジェフリー」
エルベナの新しい住家に移って、しばらくは何事もなく過ごしていたのに、三日前からジェフリーが帰ってこない。食材を買いに出かけて、そのまま姿を消した。
それから毎晩、ヴィオラはジェフリーを探し回っている。
流石に今日こそ帰っているかもしれないと、期待していた分どっと疲労が襲ってきた。歩き回っている間は何も感じなかったのに、急に足が重くなったようだ。
ヴィオラは倒れこむようにソファーに身体を預けた。
「まったく、どこ行ったのよ……」
吸血鬼になる前は勿論、なってからも勿論、ジェフリーが黙っていなくなることなんて決してなかった。
(……何かあったのかも)
いや、何かあったのだ。だから帰ってこない。
何もないのに、ジェフリーが黙っていなくなることなんて、有りえない。断言できる。
(じゃあ、何が?)
悪い想像ばかりが浮かんでくる。
――心臓に杭を刺され、動かないジェフリーの姿が。
可能性としては考えなければならないのだと、とうに頭では理解出来ている。
なぜなら、ジェフリー・コッカーと、そしてヴィオラ・ブリアナ・グラントは吸血鬼だから。
ジェフリーはヴィオラと違って大人の姿だし、日光への耐性もある。だから、外に出て不測の事態があったとすれば、それはやはりハンターに見つかった可能性が高い、と思う。吸血鬼には老いも病も縁がない。吸血鬼に死をもたらそうと、常に狙っているのはハンターたちだ。
昨日今日、吸血鬼になったわけでもないのだから、安易に殺されるとは思わないのだけれど、それでも――
(トトも言ってたもの……)
近頃ハンターの攻勢が激しいと言っていた。トトがわざわざ警告するくらいなのだから、もっと気を付けるべきだったのかもしれない。
ヴィオラは唇を噛んだ。
少なくとも、何かがあったことだけは、もう認めるしかない
そうでなければ、これほどまでに足取りが掴めないのもおかしなことだ。吸血鬼のヴィオラが本気になれば、訓練された犬のよりも正確にジェフリーの足取りを探れるはずなのだから。
(マーケットへ向かう途中までわかったけど……)
その先はわからなかった。その場で殺されたわけではなさそうな事だけが、今のところの支えだ。
ハンター達は攻撃的な術だけでなく、目くらましの術も使うという。だとすれば、ヴィオラがそれ以上を探るのは難しい。
ハンター対策でヴイオラが教え込まれたのは、基本的には逃げること、避けることだけだから。
(トトに助けを求めるべきかしら)
でも、トトが来るまでにジェフリーが無事な保証はない。
待っていれば、帰ってくるんじゃないか。そう思う一方、認めるべきだと理性が叫んでいる。待っていても帰ってこないのだと、現状を認めなければ、次になにをするべきか決められない。
煩悶としていると、ふと渇きがこみ上がってきた。
――血が欲しい。
――だれのでもいいから。
(……ううん、違うわ)
だれの血でもいいなんて嘘。
ジェフリーの血が欲しい。
ジェフリーの血でなければ嫌だ。
吸血鬼同士で血を飲むことは、本来意味がない、渇きを癒すことにはならず、酩酊を引き起こす麻薬のようなものだと言われている。だから、こんなにも渇きが苦しいのかもしれない。
けど、そうじゃないのだ。
ジェフリーでなければ嫌だ。なんでもいいから、どうでもいいから、
兎に角ジェフリーでなければ絶対に嫌なのだ。
だって約束したんだから。
例え血を吸わなくても、ジェフリーの居ない人生なんて、そんなものは許さない。
そう、許さない。主人の許しもなしに、かってに居なくなるなんて叱ってやらなければ。三日分の怒りを無理やりにでもエネルギーに変え、立ち上がる。
「無断欠勤なんて叱らなきゃよね! 本当にダメ執事なんだから!」
ぱちんと、両手で自分の頬を打つ。
頭の中から嫌な想像を追い出す。
(証拠を掴むまでは、この目で確かめるまでは――ジェフリーがいなくなったことは信じないわ)
ただ、姿を消しただけ。今、そばに居ないだけ。
それだけ。
「…………よしっ!」
漸くヴィオラは、腹が決まったような気がした。
頭の中で目算を立てていく。覚悟が決めれば、勢いよく計画はできた。あとは実行するだけ。
もうすぐ日が昇る。
夕方までヴィオラは眠ることにした。失敗するわけにはいかないのだから。
眠気はないが、ヴィオラは瞳を閉じた。
眠っている間に帰ってくるなら許してあげる……そう思いながら。
目覚めてもジェフリーの姿はなかった。
しばらく待っても、中からはなんの応答もない。
予想もしてはいたのに、その事実にどうしょうもなく落胆した。
仕方なく、自分でドアの鍵を開け、中に入る。明かりのともされていない室内は、外の闇と同じく陰に沈んでいた。
吸血鬼の眼には明かりなど必要ではないけれど、普段は習慣として明かりをともしている。そのことを、ヴィオラはふいに煩わしく感じた。始めから暗いなら、いつも通りだと思えるのに。
自分で明かりをつける気にならず、暗いまま全ての部屋を見て回っていく。
そして、どこにも執事の姿がないことを確認して、深々と溜息を吐いた。
「……馬鹿ジェフリー」
エルベナの新しい住家に移って、しばらくは何事もなく過ごしていたのに、三日前からジェフリーが帰ってこない。食材を買いに出かけて、そのまま姿を消した。
それから毎晩、ヴィオラはジェフリーを探し回っている。
流石に今日こそ帰っているかもしれないと、期待していた分どっと疲労が襲ってきた。歩き回っている間は何も感じなかったのに、急に足が重くなったようだ。
ヴィオラは倒れこむようにソファーに身体を預けた。
「まったく、どこ行ったのよ……」
吸血鬼になる前は勿論、なってからも勿論、ジェフリーが黙っていなくなることなんて決してなかった。
(……何かあったのかも)
いや、何かあったのだ。だから帰ってこない。
何もないのに、ジェフリーが黙っていなくなることなんて、有りえない。断言できる。
(じゃあ、何が?)
悪い想像ばかりが浮かんでくる。
――心臓に杭を刺され、動かないジェフリーの姿が。
可能性としては考えなければならないのだと、とうに頭では理解出来ている。
なぜなら、ジェフリー・コッカーと、そしてヴィオラ・ブリアナ・グラントは吸血鬼だから。
ジェフリーはヴィオラと違って大人の姿だし、日光への耐性もある。だから、外に出て不測の事態があったとすれば、それはやはりハンターに見つかった可能性が高い、と思う。吸血鬼には老いも病も縁がない。吸血鬼に死をもたらそうと、常に狙っているのはハンターたちだ。
昨日今日、吸血鬼になったわけでもないのだから、安易に殺されるとは思わないのだけれど、それでも――
(トトも言ってたもの……)
近頃ハンターの攻勢が激しいと言っていた。トトがわざわざ警告するくらいなのだから、もっと気を付けるべきだったのかもしれない。
ヴィオラは唇を噛んだ。
少なくとも、何かがあったことだけは、もう認めるしかない
そうでなければ、これほどまでに足取りが掴めないのもおかしなことだ。吸血鬼のヴィオラが本気になれば、訓練された犬のよりも正確にジェフリーの足取りを探れるはずなのだから。
(マーケットへ向かう途中までわかったけど……)
その先はわからなかった。その場で殺されたわけではなさそうな事だけが、今のところの支えだ。
ハンター達は攻撃的な術だけでなく、目くらましの術も使うという。だとすれば、ヴィオラがそれ以上を探るのは難しい。
ハンター対策でヴイオラが教え込まれたのは、基本的には逃げること、避けることだけだから。
(トトに助けを求めるべきかしら)
でも、トトが来るまでにジェフリーが無事な保証はない。
待っていれば、帰ってくるんじゃないか。そう思う一方、認めるべきだと理性が叫んでいる。待っていても帰ってこないのだと、現状を認めなければ、次になにをするべきか決められない。
煩悶としていると、ふと渇きがこみ上がってきた。
――血が欲しい。
――だれのでもいいから。
(……ううん、違うわ)
だれの血でもいいなんて嘘。
ジェフリーの血が欲しい。
ジェフリーの血でなければ嫌だ。
吸血鬼同士で血を飲むことは、本来意味がない、渇きを癒すことにはならず、酩酊を引き起こす麻薬のようなものだと言われている。だから、こんなにも渇きが苦しいのかもしれない。
けど、そうじゃないのだ。
ジェフリーでなければ嫌だ。なんでもいいから、どうでもいいから、
兎に角ジェフリーでなければ絶対に嫌なのだ。
だって約束したんだから。
例え血を吸わなくても、ジェフリーの居ない人生なんて、そんなものは許さない。
そう、許さない。主人の許しもなしに、かってに居なくなるなんて叱ってやらなければ。三日分の怒りを無理やりにでもエネルギーに変え、立ち上がる。
「無断欠勤なんて叱らなきゃよね! 本当にダメ執事なんだから!」
ぱちんと、両手で自分の頬を打つ。
頭の中から嫌な想像を追い出す。
(証拠を掴むまでは、この目で確かめるまでは――ジェフリーがいなくなったことは信じないわ)
ただ、姿を消しただけ。今、そばに居ないだけ。
それだけ。
「…………よしっ!」
漸くヴィオラは、腹が決まったような気がした。
頭の中で目算を立てていく。覚悟が決めれば、勢いよく計画はできた。あとは実行するだけ。
もうすぐ日が昇る。
夕方までヴィオラは眠ることにした。失敗するわけにはいかないのだから。
眠気はないが、ヴィオラは瞳を閉じた。
眠っている間に帰ってくるなら許してあげる……そう思いながら。
目覚めてもジェフリーの姿はなかった。
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