お嬢様と執事のありふれた吸血鬼生活

結城鹿島

文字の大きさ
20 / 29

執事の消えた日2

しおりを挟む
空には舟のような半月が浮かんでいる。
日が落ちて、人々の多くは既に家に帰りついた頃合いだ。酔っ払いと、春を売り買いする者、悪事を企む者たちだけが闇に沈んだ路地をうろついている。
仕掛けは既に済んでいる。ヴィオラは街中央の広場の北、一番高い時計塔の上で、ゆらゆらと月の船が空を上るのを眺めていた。
街は、静かだった。今のところ何の変化もない。

「ちゃんと釣れてくれたかしら。ちまちまやるのは性に合わないんだから、最初っからこうすればよかったわ……」

ヴィオラが計画したのは、ハンターにこちらから接触することである。
ジェフリーがハンターに捕まったという確証はないが、まず疑うべきはそこなので、やるとなったら迅速を貴ぶべし、だ。ジェフリーが消えてからの三日間、人目やハンターを避けつつ消息を探っていたが、もっと早くこうするべきだったと心底思う。
(違ったなら違ったで、他を探せばいいんだし)
ほとんどのハンター達は、聖教会に所属して連携して、複数で動いている。あくまで仮定の話だが、もし、ジェフリーがこの街でハンターの手にかかったなら、他のハンターも情報を共有している筈だ。
つまり、ハンターとの揉め事に巻き込まれているなら、ハンターに聞けばいいのである。
危険な事をしないで下さいと、後で小言を散々言われるだろうが、ジェフリーが悪いのだから知ったことではない。

「あら、あれかしら」

時計塔の正面の広場を、まっすぐにこちらへ向かってくる人影がある。人影から感じるのは間違いようもない殺気。
やっとハンターが来てくれた。
ヴィオラが逃げる気がないと分かっているからか、僧服姿を堂々と晒している。剣を模した文様の色で低位のハンターだと知れた。低位ではあっても、見習い以上は甘くみてはいけない。それがトトの教えだ。
いつもなら、決して正面切って相対しようとは思わない。
しかし、
「まったく、もう! 待ちくたびれたわよ」

待ちわびていたヴィオラは、ウエルカムボードでも掲げて迎えてやりたい気分だ。
日没後すぐに、人間を襲ってメッセージを残しておいたというのに、こんなに待たされるとは思わなかった。
メッセージは襲った人間そのもの。
立て続けに五人、魅了チャームで『時計塔に来い』と伝言を記憶させてから、子供の血を容赦なく吸った。
普段なら、絶対にしないことだ。トトにも、子供は死にやすいから餌には選ばないように、きつく言われている。子供は吸血痕を母親に見つけられやすいし、吸血で死に至りやすく、そうなった場合騒ぎになりやすい――つまり、ハンターを呼びやすい。

だからこそ、今のヴィオラにとっては最高の獲物といえる。
無論、殺すまではしなかった。
けれど、五人も続けて子供が倒れれば、もしハンターが今この街にいるなら、彼らの耳に届く。
(それとも、子供の母親たちの誰かがハンターを呼んだのかもしれないわね)
子供を狙う吸血鬼は、ハンター達にとっては真っ先に倒すべき対象なのだという。

待ち構えていたハンターが時計塔の下まで辿り着いた。若く、逞しい体格の男だ。
向こうからはこちらの姿が確認できなていないだろうに、憎悪をその目に浮かべている。
ハンターは周囲を一瞥すると、吐き捨てた。

「来てやったぞ、吸血鬼化け物め。どこにいる?」

人間ならば、決して聞き取れるはしない小さな声。
その厭味ったらしい言い方に、ヴィオラは逆に奮起した。
ハンター目がけて、一気に時計塔のてっぺんから飛び降りる。人間なら、石畳に激突して死ぬしかない速度で落下していく。地面に到達する寸前で、ヴィオラの影から大量の蝙蝠が湧きあがりその身を包んだ。一瞬の後、霧散していく蝙蝠の中でヴィオラは平然と地に足をつけ、ハンターと向かいあった。

「さっきの、人間相手だったらまるで聴こえかったと思わない? 聞きたいことがあるのだけど、質問には大きな声で答えて頂戴ね」

「黙れ、化け物。よくも無垢な幼子を毒牙にかけたな」

ハンターはとりつく島もなく、銀加工の短剣をヴィオラに向けて構えた。

「……私だって幼子だと思わない?」

首を傾げて、ヴィオラは軽くしなを作ってみた。ハンターは不快な物を見たというように、一層顔を歪めただけだった。そして、無言で構えた剣先を、つと下げる。そして突撃してくる動きに合わせ――

夜の広場に虚しく発砲音が響いた。
「……!?」
ヴィオラの頭を砕くはずだった銀の弾丸が、狙撃主の予定を外れ、空に向けて放たれたのだ。

「自然な合図ねえ。感心するわ。でも、撃たれたら痛いもの、眠ってもらったわ」
ヴィオラは肩を竦めた。警戒の度合いを上げる目の前のハンターに、優しく語り掛ける。

「時計塔から見える建物全部に蝙蝠を配置していたのよ、貴方たちが来るより早く。ちまちまやるのは性に合わないんだもの」

ヴィオラが右手を上げると、広場の周囲、全ての建物から黒い煙があがった。そして、黒い煙――無数の蝙蝠たちが、ヴィオラの元へ戻ってくる。

蝙蝠に見張らせていたから、時計塔から見て左手の建物の煙突の影に隠れたハンターに、狙われていたことをヴィオラは知っていた。一発そらせればそれでいい。連発できる長銃は、聖教会といえども持っていないはずだから。狙撃手は気絶させたので、不意打ちはもうこない。

「……どこが幼子だ」

「化け物でもなんでもいいから、質問に答えてくれる?」

蝙蝠を差し向けるでもなく、ヴィオラは微笑んだ。

「く、ぐ……?」

ハンターは、ぎこちない動きで距離をとろうとしている。しかし、
「動けないでしょう? なんだか随分と甘く見積もられていたみだいだけど、あんなに堂々と姿を見せるんだもの。――こうなるって判ってたんじゃなくて? 」

瞳がさらされているなら、視線は通るのだ。既に半ば意識を支配しているハンターの瞳を、ヴィオラはさらに力を込めて見つめた。そうすれば、それだけでハンターの精神は堕ちる。

「わたし、見た目通りの歳じゃないのよ?」
(精々怯えるがいいわ)
精神に揺らぎがあると、吸血鬼の『魅了チャーム』の力は効きやすい。

「さあ、答えて頂戴。年は四十、銀に見えるくらい薄い金髪の男の吸血鬼を知らない? 名前はジェフリー・コッカーよ」

ハンターの男は、虚ろな瞳でこくりと頷いた。
「名は知らない……が、成人男性の……金髪の、吸血鬼を捕まえたという……報告なら……聞いた」

「捕まえた?」
捕まえた、というからには生きている筈で、それは喜ばしい事だが、ハンターが吸血鬼を捕まえてどうするつもりなのか。敢えて、軽く尋ねる。

「見つけたら即殺が、あなた達のモットーなんじゃないの?」

「その、吸血鬼は仲間に、黒髪の少女を、連れているというので……餌にしておびき寄せる……る、計画だ……と」
ヴィオラの指先が、自身の意思に反してわなないた。

「なんですって……」

言われた言葉の意味を反芻して、唇を噛む。
自分のせいで、ハンターにジェフリーが捕まっているなんて、眩暈がする。
勿論――怒りのあまりに、だ。
殺意めいたものに支配されそうになるが、ハンターを安易に殺すのは自分の首だけでなく、他の吸血鬼達の首を絞めることになるのだから、我慢しなくては。
何より、ジェフリーの所在を確認しなければならない。

「その金髪の吸血鬼は、今どこにいるの!」
「か。街道を、北に、しばらく行くと……廃れた教会が、ある……そこに」

ヴィオラは、ハンターをきつく睨みつける視線に怒りを込めた。途端に、ハンターはぷつりと意識を失って無様に倒れこんだ。
その頭を踏みつぶしてやりたい衝動を押さえるのには、かなりの努力が必要だった。

「今は、見逃してあげるわ。でも、ジェフリーにかすり傷ひとつでもつけていたら、アンタ達、皆殺しにしてやるから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~

依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」 森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。 だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が―― 「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」 それは、偶然の出会い、のはずだった。 だけど、結ばれていた"運命"。 精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。 他の投稿サイト様でも公開しています。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...