ショートに託す母の想い ―親子の春をつなぐ鋏音―

S.H.L

文字の大きさ
3 / 13

第1章 ロングヘアと母娘の距離

しおりを挟む
 永井瑞希は、小学校の体育館でミニバスの練習を見つめていた。
 薄暗い冬の夕方、娘・夏音の小柄な背中がコートを駆けている。鋭いパス、素早いドリブル、真剣なまなざし。だが、ポニーテールが跳ねるたび、瑞希の心には苦い思いがこみ上げてくる。

 「かのん、今日もお疲れさま」
 練習後の更衣室。瑞希はタオルを差し出す。
 「ありがとう。あのさ、お母さん――」
 「何?」
 「…やっぱり髪、切りたくない」
 瑞希は胸の奥でため息をつく。
 「でも、中学のバスケ部は昔からショートカットで…」
 「校則で決まってないのに、なんで強制なの?」
 「強制じゃないけど、伝統っていうか、みんなで同じ気持ちで頑張るための…」
 「意味わかんないよ。お母さんだって、いつも肩より長い髪じゃん」
 「私は仕事が体育だから、動きやすいように…」
 「お母さんは切らなくていいの?」
 瑞希は言葉に詰まる。

 家に帰った後も、会話はどこかぎこちない。
 父親はいない。夏音と瑞希の二人家族だ。
 夕飯のあと、瑞希は鏡の前で自分の髪を見つめる。「私も昔は…」と思い出しかけるが、娘の視線が気になって黙り込んでしまう。

 夏音は、母が自分の気持ちをわかってくれていないと感じていた。母は強くて優しいけど、何でもできる人だと思っていた。
 「どうして私だけ、我慢しなきゃいけないの?」

 夜遅く、机に向かう夏音は、ポニーテールのゴムを外して髪を指で梳いた。
 ロングヘアは自分の「お守り」だった。友達も褒めてくれるし、試合の時はリボンを結ぶのが好きだった。
 その「お守り」を手放す勇気が、まだどうしても持てないでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...