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2、ここってどこですか?異世界ですか?

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 う、んーっ…。
 頭が、クラクラする。

 横になって目えを閉じてても、目が回ってるのが分かるくらい、浮遊感を感じる。
 おかしいな、三半規管は結構強いはずだったんだけど。なんでこんなに気持ち悪いんだろう。
 グルグルバットで三十回回っても、目を回さないのが特技だったのに。
 どうしてこんなに眩暈を覚えているのか不思議で、私はとりあえず気がつく前のことを思い出してみることにした。
 大体、どうして寝てたのかしら?
 まず覚えている事は…。
 美菜に言われて、コスプレ衣装の試着をした。そう、それは覚えてる。凄く頑張って作ったから、自分で言うのもなんだけど、結構いい出来だったの。
 それを着た所をビデオ通話で見せてって美菜に言われたのよね。でも、最初はちゃんと会話ができてたのに、ビデオ通話にしたとたん音声が途切れて画像が乱れたと思ったら…。
 すっごくきれいな魔法陣の動画が送られてきたのよね。
 水の波紋のように、現れては消え、消えては現れてする魔法陣が、段々と大きくなって一つになった途端……。

 そこまで思い出して、あれ?と思い直す。
 あれは普通のことじゃなかった。
 だって、画面から映像が飛び出してくるなんて、そんなこと普通ありえない。そんなアプリが配信されていたなんて話も聞いてない。当然、私のスマホにだってそんなアプリをインストしてない。それなのに、あんな映像がでるなんて、なんだったんだろう?しかも、あの鐘の音。
 今だ閉じたままの目を開けるのが、怖い。けれど、普通・・に考えればアレ・・は夢だ。
 最近仕事が忙しかったし、睡眠時間を削って衣装作りを頑張っていたから、きっと寝落ちしちゃったんだ。急激に寝ちゃったから、変な夢を見て、それで寝不足だから頭がクラクラするんだよ、うん。
 いささか強引だとは思うけど、そう自分を納得させて、ゆっくりと目を開けた。

「えーと…」

 半分覚悟してはいたけれど、見えた世界は自分の部屋ではなかった。
 隙間無く敷き詰められた石の床、同じように強固に組まれた石の壁。窓の見当たらない息苦しいまでに閉鎖された空間に、全身が恐怖に粟立った。
 気がついたら、知らない場所に閉じ込められていたとか、なんなのこれ。
 あ、あれかな?まだ夢の途中だとか。
 疲れてると時々怖い夢を見ることがあるし、きっとこれもリアルなだけで夢なんだよ。
 どうにかこれは夢だと思い込もうとするけど、座り込んだ足に伝わる石の床は冷たいし、窓も無いのにうっすらと明るいこの部屋に漂う空気感は、あの魔法陣を見たときと同じ感覚がする。

「お目覚めでございますか、救世の聖なる乙女よ」
「ヒッ!……」

 一人だと思っていた所に、明らかに自分以外の人間の声が聞こえてきた。
 ヒュっと引き攣ったように喉が鳴った。状況が把握できない不安に、身体がガタガタと震えだす。
 後ろにいる相手が怖いけど、背中を向けたままなのも怖くて、意を決してゆっくりと振り返った。

 え。いない?

「どこ!隠れてないで出てきてよ!ここはどこなの?なんで私はこんな所にいるの?ねぇ!聞こえてるんでしょ?お願いだから教えてよ。私を家に帰して!」

 振り返った先に、声の主はいなかった。
 どうして?だって声がしたのに。
 人の姿がなければ、どうして自分がここにいるのか聞くこともできない。どうしよう。そんな不安に苛まれて、誰かに向けて叫んでしまった。
 ポロポロと零れる涙が頬を濡らし、床の石畳にも零れ落ちた。

「ああ、どうぞ泣かないでくだされ聖なる乙女よ。今、説明をさせていただきますゆえ」
「…キャッ!…ええ?」

 カツン!と石畳を打つ音が聞こえて、うろたえたような男の人の声が聞こえた。
 誘われるようにそちらに視線を向けた私は、今日何度目かの驚愕に目を見開いた。
 視線に先にいたのは、小さな人だった。
 背丈は私の太ももくらいまでしかなく、一見子供のように見えたのに、よく見たらその姿は子供とは言えないものだった。

 まず目に付いたのが、真っ白い髪だった。緩くウェーブのかかった髪は背中で一つにまとめられ、鼻の下から顎を覆う髭もまた真っ白だった。
 穏やかな光を浮かべて見上げてくる目元には、幾本もの皺が刻まれていて、その年月の長さを如実に物語っていた。
 身体を支える為なのか、背丈ほどの杖を持っている。だが、その杖を掴む手にも年輪は現れ、かさついた手には肉と呼べるものは僅かしかついていない。
 全体的に老人に見えた。白い髪も、皺のよった肌も、重々しい低い声も、どれをとっても老人のそれなのに、姿が異様に小さいのだ。
 年を取れば身体は縮むというし、腰が曲がれば小さくも見えるだろう。だけど足元まで近寄ってきた彼の人は、膝くらいまでしかその背の高さが無かった。
 小人?

「あ……っ……」

 何か言おうと口を開けて、結局言うべき言葉が見つからなくて、もどかしさに唇を強く噛んだ。
 
「救世の聖なる乙女よ、私はこの国で、魔術師として全ての魔術師を束ねております、ケイシー・マクガレンと申します。貴女様のお越しを、心より歓迎いたします」
 
 小さな身体を更に小さく屈めて頭を下げるマクガレンさんの姿に、思わず手を差し伸べてしまった。だって、足元がフラフラしているんだもん。
 あまりに小さくて、心許ないのもあるけど、酷く疲れているように見える。

「お心遣い、まことに痛み入ります。聖なる乙女…いえ、聖女様のお慈悲に、縋るしかない我々を、どうぞお許し願いたい」

 やっぱり身体が弱っているみたい。
 長く喋るのが辛いのか、途切れ途切れの息継ぎで話す老いた姿が切なくて、とりあえず休んではどうかと提案してしまった。
 説明してくれるなら、ちょっと休憩するくらいなら待てる。

「ありがたきお言葉、感謝いたします。なれど、事を説明もしないまま、休む訳には参りません。ご足労ですが、上の部屋まで、ご一緒願えますかな?」

 ふらつく足取りで壁に向かったマクガレンさんは、手に持った長い杖で壁を三回、リズミカルに叩いた。すると、壁だとばかり思っていた壁面が消え、奥に上へと続く階段が現れた。

「え!?ええ?…嘘っ、なに……え?マジック?…」

 忍者屋敷にあるようなからくり扉だったら、私も見たことがる。けれど、突然壁面が一部とは言え消えてしまっては、驚く以外何もできない。
 さっき魔術師って言ってたけど、これって魔法…?
 魔法って、え?どういうこと?ここって、日本じゃないの?
 プチパニックになっている私を促すように、杖の音を響かせながら、マクガレンさんが石造りの階段をゆっくりと登っていく。

「やっ、え、待って!」

 パニックになるほどの驚きよりも、一人で置いていかれる恐怖の方が上回った。
 マクガレンさんの姿が消えてしまう前にと、急いで後を追いかけた。




「…………」


 そう長くない階段を登りきった先にあるドアを開けると、そこは落ち着いた居間の様な部屋だった。
 濃い茶色の床材の上に、ボルドーの赤い絨毯が敷いてある。その上には、優美な猫足の椅子とテーブルが並べられ、向かい合った位置にカウチが置いてあった。
 さっきの石作りの部屋とは違って、ここには大きな履き出し窓が幾つもあって、白いカーテンが風に揺れていた。

「はーぁ…」

 圧迫感と閉塞感でいっぱいだった下の部屋とは対照的な、明るく開放的な空間に、張り詰めていた気が緩むのと同時に、ため息のような吐息が零れ落ちた。

「ただいま責任者を呼んでまいりますので、こちらで少々お待ちください」

 てっきり監視されたり、拘束されたりするのかと思っていたけど、そう待遇は悪くないのかも。
 私を一人残して、マクガレンさんは部屋を出て行っってしまった。
 幼稚園児と同じくらいの小さなお爺さんが、二メートルを超えるようなドアを開ける姿に、手を貸したほうが良いのかとちょっとだけ思ったけど、そんな心配は無用とばかりに出て行かれてしまった。

 巨大な扉が音も無く閉じられると、広い部屋に独り取り残されてしまった。
 一人になった部屋の中で大きく深呼吸をすると、さっきからずっと気になっていた窓へ近寄った。
 逃げる心配はされてないのかな?
 わざとなのか試されてるのか、窓はどれも鍵がかけられていなくて、外に向かって開かれている、
 これって、逃げようと思えば逃げられるよね。まぁ、逃げたところで、ここがどこだか分からないし。無事に家に帰れるかも分からない。しかも、逃げた先に死亡フラグが用意されていたらと思うと怖い。
 結局小心者の私には、逃げ出すなんて選択肢を選ぶ事はできず、窓の前に立つことしかできなかった。
 今のところ、酷い扱いをされるような感じは受けなかった。だから、あえて危険かもしれない道を選ぼうと思わなかったのもある。 
 さっきの小さなおじいちゃんは私のことを、『聖女様』とか『救世の聖なる乙女』とか呼んでたよね。うーん、これって、異世界召喚とか言うやつかな?
 ライトとは言え、一応私もオタクの端くれ。最近の流行はチェックしてる。
 異世界召喚、異世界転生、ゲーム世界への移転。など等。ありえないと思うからこそ楽しめてたフィクションなのに、自分が巻き込まれたかもしれないと思うと、途端にどうしようかと心臓がバクバクしてきた。
 だって、私になんの力がある?現実世界では単なる大学生だよ。お裁縫とか手芸は得意だけど、中世っぽい世界ならお針子さんとかいそうだし、特技とはいえプロには叶わないだろうからあんまり役に立ちそうに無い。
 運動神経だって普通程度だし、頭は…まぁ、そこそこ…?
 聖女様とか持ち上げられても、期待に応えられる力は持っていないんだけど。

「やだ、どうしよう…怖い」

 そこまで考えて、怖くなってきた。期待されてる力がなかったら、私どうなっちゃうんだろう?
 折角逃げようとした気持ちを押さえ込んだのに、自分の妄想で怖くなってちゃ世話がない。
 誰もいないし、窓は開いてるし。でも、なにも分からないまま逃げ出すのは無謀だし。ああもうっ、どうしよう。
 泣き出したいような気持ちだけど、逃げるより留まるほうがきっと安全と、再び自分に言い聞かせる。
 それに、逃げるにしてもここがどういうところか分からないのに、闇雲に逃げるのは一番の悪手だ。その為にもまず、自分の置かれた状況だけは把握しておこうと思う。

 窓枠をカリカリと爪で引っかきながら、

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ――――」

 と、某アニメの有名な台詞を呟いてみる。
 切迫した状況だけれど、まだ遊び心を忘れていない自分に、少し安心した。

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