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『初恋の女の子』①メアリーン視点

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 初恋は実ることがないものだと、誰かが言った。
 けれど、私は実ったのだと、当時は有頂天になっていた。
 今思い出すだけでも、穴に入りたくなる。

 第一王子のディソン・アドバーズ殿下は幼少期から秀才さを合わす優秀な王子だった。
 その見た目も、華やかな金髪と明るい青い瞳と、令嬢を多く虜にする人気者。
 人当たりがよく、誰からも好かれる非の打ち所がない王子だった。

 ……””、のだ。


「『初恋の女の子』に比べて、君はなんて可愛げないんだ!」


 始めは、誰も気付かなかった。

 しかし、話すにつれて、彼の記憶が曖昧になっていることに私が気付き、すぐに診察を受けられた。
 高熱を出して長く寝込んだ彼はそれ以前の記憶が、多少あやふやになっていることが明らかになったのだ。

 そうして、彼は顔すらもはっきり記憶していない、名も知らぬ『初恋の女の子』を、語り始めた。

 私との婚約は政略結婚だ、仕方ない。
 でも『初恋の女の子』と過ごした日々があまりにも心地よく、心が踊るのだと言う。
 日が経つにつれ、恋しさが募ったようで、彼は『初恋の女の子』を探し始めた。
 私が窘めても「初恋を探しているだけだろ。この気持ちがわからないとは、可愛げない」と睨まれてしまう。


 私の初恋は、しぼむ。


 顔を合わせる度に、「『初恋の女の子』ならば、癒すような笑顔を見せてくれただろう」「『初恋の女の子』なら、もっと華やかに着こなすドレスだろう」「『初恋の女の子』となら、もっと会話が盛り上がったはずだ」と比べながら不満をいくつも零した。
 おかげで、学園では、『初恋の女の子』に負けている婚約者と嘲笑われている。

 私に、なんの恨みがあるのだろう。
 いや、多分……『初恋の女の子』と婚約が出来ない存在が、気に入らなくなったのだろう。
 記憶があやふやな部分を美化して、その理想的な『初恋の女の子ではない私』に、不満をぶつける。


 私の初恋は、みるみるしぼんでいった。


 初恋は実らないもの。
 その言葉の意味や定義を、ぼんやり考えていることが多く増えた。


 一人。『初恋の女の子』を匂わせる愚かな令嬢がいたから、一体いつ会い、どんな会話をしたのか、問い詰めてやった。
 王子を騙すと言う罪だと突き付けて、追い払った。
 しかし、それを知らない殿下は、関わることをやめた令嬢について「醜い嫉妬で傷付けるような人間なんて、軽蔑する!」と罵った。私が悪いと決めつける認識が、酷く惨めな気持ちに貶めてきた。

 ディソン殿下は、優秀だ。何をとっても、優秀で、出来る王子殿下だった。
 欠点が、その『初恋の女の子』探し。彼は、盲目になる。そんな想い人を探すなど、今現在の婚約者を蔑ろにしていること。そうだとわかっていても、やめない。
 そして、私と『初恋の女の子』を比較しては、貶す。目撃している生徒も少なくもなく、王子殿下が婚約者を蔑ろにしているのは、周知の事実だ。
 哀れみ。嘲笑われて。蔑まれる。

 親しい友人達に守られているが、友人達に窘められても、ディソン殿下は聞く耳を持たなかった。
 意地を張って、へそを曲げる子どもみたいだ。
 確かに、そうだと思う。そこだけ、聞き分けのない子どものよう。

 いつか諦めて、私を見てくれると思ったのに。
 それは私の方が徐々に諦めた。
 彼の言う『初恋の女の子』と比べられながら、その都度、直そうとしたのに。
 いつもいつも、及ばない。

 貴族学園の卒業を控えた年。
 留学してきた隣国の王女が、ディソン殿下の『初恋の女の子』ではないかという噂が流れた。
 二人は隣のクラスで親し気だ。
 ディソン殿下が、女性として丁重に扱っているから。
 そして、幼い頃にも王女がこの王国に滞在していたから。

 …………そんな。まさか……。

 そう思っていたのに。



 王城で、応接室へ通されたかと思えば、契約書を揃えて。

「メアリーン・クラリネ。婚約を破棄する」

 ディソン殿下に告げられて、私はもう……。
 ――――もう頑張れないと、痛感した。

「理由を伺っても?」

 膝の上で手を握って、私は声を絞り出す。

「『初恋の女の子』が見つかった。お前は危害を加える恐れがあるからな。先に、婚約を解消することにした」
「危害……ですか」

 なんでそう思うか、わからない。でも、すぐに以前の『初恋の女の子』のフリをしようとした令嬢の件が要因だとわかり、私は肩を落とす。

「隣国の王女様でしょうか? ならば、私は他国の王族相手に危害を加えるほどの愚か者だと、思っていらっしゃるのですか?」
「……」

 失望感が広がって、思わず、ポロッと嫌味を言ってしまった。
 隣国の王女のことを口にしたから、ディソン殿下は警戒を滲ませた睨みをする。

「彼女が『殿下の初恋の女の子』だと仰ったのですか?」

 ギュッと、手を握る力に込めた。

「フン、そうだ。彼女だった。彼女も昔、この王国に滞在していた期間があってな。その時に交流していたんだ。どうりで見つからないわけだな」
「……そう……ですか…………」
「祝ってもくれないのか。本当に嫌な奴だ」

 おめでとう、なんて言えるわけがない。祝えるわけがないのに。
 私がどれほどの仕打ちに耐えたのか、わからないのか。
 わかろうともしないのね……。

「まぁいい。お前との婚約なんて、所詮、ただの政略結婚のため。こちらの有責で破棄させてもらうんだ。文句は言わせない」
「……。……昔から、常々仰っていましたね」
「事実だからな」

 政略結婚の婚約者。それを突き付けるために、常々口にしてきた。
 事実、か……。

「『初恋の女の子』とは、隣国と絆を深めるという大きな利点もある。政略結婚という建前だが、オレ達は想い合って結ばれる」
「政略結婚という建前……………………」
「?」

 グッと奥歯を噛みしめて、俯いた。
 堪えろ。堪えるんだ、と言い聞かせた。

「では、建前としても、隣国と強い繋がりを結ぶため、必要な婚姻となるのですね」
「ああ、そうだ。それが?」
「その方が『初恋の女の子』ではなかったとしても、そちらの婚姻を取り消すことはないということですね?」
「何をバカなことを」
「例えの話です。誓ってください。例え、『初恋の女の子』ではなくとも、次の政略結婚を違えることはないと。ここで宣言していただければ、私はサインをこちらにいたしましょう」

 婚約破棄の書類。承諾のサイン待ちで、立ち合いの側近と神殿の神官がいる。
 彼らの前で宣言するのは、宣誓と変わらない。
 ディソン殿下は、疑われていることに目をつり上げたが、ムキになって噛みつくことはなかった。

「ああ、誓ってやろう。例え。例え! 彼女が『初恋の女の子』とは別人だったとしても、次の政略結婚を違えることはしない!」
「……」

 威風堂々と言い放つメイソン殿下の宣言を、重く受け止めて、ゆっくりと頷く。
 私は、頭を下げた。

「その誓いを守っていただけることを祈っています。どうか、ディソン殿下の『初恋の女の子』と、お幸せに」

 シャッと、ペンの先を紙の上に走らせて、自分の名前を記入する。

 そうして、私は、私の初恋に終止符を打った。


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