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03 目覚めれば異世界。
しおりを挟む目が覚めれば、キングサイズの天蓋付きベッドの上にいた。ふかふかのベッドは起き上がることをよしとはせず、ただ私の身体を沈める。というより、起き上がる力がないのだと私は気がつく。
「きゃあああ!」
悲鳴が上がって、ビクッと震えた。見れば大きな扉の元に、エプロンドレスを着た女性がオバケでも見た驚きようでこちらを見ては、部屋を飛び出してしまう。なんなんだ。
震えてしまう手でなんとか起き上がることに成功したけれど、それだけですごい疲労感。私は壁に背を凭れて、一休みした。
ボケーとしながら周りを見る。ベッド両脇にはブラウンのチェスト。右には丸くて大きな鏡付きのドレッサー。窓があるみたいだけれど、カーテンが閉められて、今が朝なのか夜なのかもわからない。高級ホテルの一室みたいに、高級感溢れる空間。
どうして私はここにいるのだろう。
暫くして扉の方が騒がしさが聞こえてきた。バンッと扉が勢いよく開けば、空色のドレスに身を纏うあの美少女が露わになる。露出の少ない中世期のドレスだ。ボリュームがあってなんとも動きにくそうなスカート。でも美しい。さながら天使に思えてしまうのは、きっと美少女が可愛すぎるせい。栗色の髪はまとめて結ってあって、サファイアらしき宝石の髪飾りまでつけている。
「私……死んだのかな」
「生きてますよ!!」
「まじ天使……」
「!?」
声まで可愛いと思えて、私はつい口から溢す。
わからないといった顔のまま美少女は右側に来た。
「大丈夫ですか? 一週間も寝たきりでもう目覚めないのかと思いました!」
「え、一週間? え、一週間!?」
泣きそうになる美少女から、とんでもないことを聞いてギョッとしてしまう。どうやらあれから一週間、私は気を失ったまま目覚めなかったらしい。
「ごめんさなさい、あたしのせいで、巻き込まれてっ……本当にごめんなさい!」
「え? な、何事ですかっ」
ついに美少女が泣き出してしまった。必死に慰めていれば、美少女は泣きじゃくりながら話してくれた。
美少女の名前は、水鳥川亜豆(みどりかわあずき)。
この度、聖女として召喚されたのだという。
魔物が蔓延る魔の森と隣り合うシーヴァ国には、古よりある召喚の魔法で聖女を喚ぶ習慣があった。それは国の人間だったり、他国の人間だったり、そして異なる世界の人間だったりするらしい。そして、たった一人。
たった一人が聖女として現れて、魔物と戦い国に平和をもたらすという伝説があった。
美少女こと水鳥川亜豆ちゃんが、聖女。この国の救世主となる美少女。
そして私こと目黒花奈(めぐろはな)は、運悪く巻き添えを食らったただの一般人。
本来召喚されるはずのなかった私は、無理矢理ついて来てしまった反動で、色が抜け落ちて髪や肌が真っ白に変わった。目は閉じていたおかげで失明は免れて、黒い瞳のまま。気を失って寝たきりになったのも、その後遺症だという見解だ。巻き添えになった例はこれまで全くなく今回が初めて。そのため、一生目覚めない可能性もあると話されたらしい。
「本当に、本当に、ごめんなさいっ! あたしが手を掴んだばっかりにっ……巻き込んでしまって……それに、元の世界には戻れないって……ごめんなさいっ!!」
亜豆ちゃんは泣き続けてしまうけれど、私はあやすことを忘れてしまった。
私は巻き添えで異世界に召喚された。巻き添え。巻き添え……でも、異世界に召喚された。念願の異世界。もしも願いが叶うなら、異世界に行きたいと思っていたその願いが叶った。それは今まで読んできた物語の主人公達とは大分違う状況だったけれども、それでも叶った。
「亜豆ちゃん」
「は、はい」
「って呼んでもいいかな。それとも聖女様?」
「亜豆ちゃんで……」
彼女の手をギュッと握り締めて、詰め寄る。驚いて彼女は泣き止んだ。そんな亜豆ちゃんの名をもう一度呼ぶ。
「この世界は魔法で溢れた世界なのかな?」
「え、えぇ……魔物と戦うために魔法を学んでいる最中ですけど」
ね、ん、が、ん、の、魔法で溢れたファンタジーの世界。
私は歓喜をぐっと堪えて、なるべく悲しい表情を作った。
「元の世界に戻れないなんて悲しいね……家族や友だちが捜してくれていると思うとやるせないね」
「あの、目が輝いているのですが」
「とっても悲しいけれど、受け入れるしかないね……」
「あの、目が輝いているのですが」
「頑張ってこの魔法に満ちた世界を生きてこう!!」
「目が輝いています」
喜んでいることが、隠しきれなかった。
亜豆ちゃんは悲劇のヒロインの如く、ベッドの上で崩れ落ちる。どうしたの、私の天使ちゃん。
「なんでこんなにも前向きなの……私は泣き通しだったのに」
「……ああ、それはね」
亜豆ちゃんとは会ったばかりだけれど、身の上話をした方が彼女が納得してくれる気がして、私は話すことにした。
「私、親が中学生の頃に離婚しちゃってね。不仲なとことをずっと見てきたから、その頃から私は物語に逃げてたの。本の中には素敵なもので溢れていてね、だからこんな風に異世界に来てみたいってずっと思ってたんだ」
親の不仲が元凶で、あちらの世界には幻滅していた。だから余計、ファンタジーの世界に魅了されて、どこかに行きたい願望が強くなったのだと思う。
「不幸なことを受け入れることも慣れっこなんだ」
避けようもない親の離婚という不幸。そのあとも、リストラにあった父の代わりに、母が苦労して働いていたから、長女の私は色々と我慢した。あらゆることを望まないようにした。円満な家庭だって、両親のいる授業参加日だって、両親のいる卒業式や入学式だって、振袖を着る成人式だって、望まないように目を背けた。仕方ないことだと諦めた。
「ごめんね、私は喜んじゃって。でも安心して。巻き込まれたからといって亜豆ちゃんを恨んだりしない。そもそも私が先に手を掴んだのだから。私の方こそ助けられなくてごめんって謝らなきゃ。泣いたりしないで、謝り続けなくていいよ、私は大丈夫」
幼い頃、妹にしていたようにポンポンと頭を軽く叩く。せめて巻き添えに罪悪感を抱いていても拭えるようにした。大きなブラウンの瞳が、また涙を込み上がらせる。もう一度ポンポンと撫でれば、涙がポロッと落ちた。美少女は涙まで綺麗だ。
「アズキ……また泣いているのか」
いつの間にか男の人が部屋に入ってきて、亜豆ちゃんのそばに立っていた。よく見れば、気を失う前に蹴りたかった人だ。自分は王子であると主張したげな装飾の多い煌びやかな白い衣服に身を包んだイケメンだった。きっとここはお城で、彼は王子様なのだろう。
亜豆ちゃんを痛いげに見つめて、軽く抱き締めた。
「君が気にしなくてもいいんだ」
いや他人に言われたくない。失礼にもほどがある。じとりと見たけれど、私には興味がやはりないらしく視界に入れようともしなかった。
それにしても亜豆ちゃんを抱き締めるなんて、いやらしい奴だ。散々こうして慰められたのか、それともモテすぎて慣れてしまっているのか、亜豆ちゃんは嫌がらなかった。
亜豆ちゃんが泣き止んで落ち着くと「稽古に戻ろう」と王子は促す。巻き込まれただけの私に挨拶する気は更々ないらしい。
「あ、お名前を聞いてもいいですか?」
「目黒花奈。花に奈良の奈で花奈」
「はな、さん」
「ちゃん付けでもいいよ」
そう答えたら、亜豆ちゃんはようやく笑顔を見せてくれた。それは最高に天使な笑顔。癒された。
「花奈ちゃん、安静にしてね。また来る!」
「またいらっしゃい」
手を振る亜豆ちゃんを笑顔で見送る。一緒に部屋を出て行こうとする王子にギロリと睨まれた。なんだこの野郎と思いながらも、ついでに笑顔で見送る。
妬いたのか。ざまーないね、天使な笑顔は私に向けられたあはは!
その後、悲鳴を上げたエプロンドレスの女性が戻ってきた。彼女は、私のお世話係リースさん。
リースさんから聞いた話では、巻き込まれた私も手厚くもてなされるということで、この部屋が用意された。それは幸いだった。とにかく私は体力が回復するまで安静。それがまた苦痛だった。早く魔法に触れたくて堪らなかったからだ。
魔法に溢れた世界を満喫したいと、ベッドの中で楽しみにしていた。
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