聖女のおまけです。

三月べに

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07 第十三番隊。

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 異世界のお兄さんことへーリーさんの書斎で本を読むことが許可されたので、楽しんで居座らせてもらった。
 別の塔の一室。三メートルの壁にぎっしりと本棚が並んで、部屋の中心には水晶玉の置かれたテーブルがある。その水晶は城の異変を映し出す大事なものらしく、触ることは禁止された。
 へーリーさんの話と本によれば、とんがり耳のエルフの国があるそうだ。名前はガラシア王国。それはそれは美しい妖精達だという。お目にかかりたいと胸を高鳴らせた。
 他にもガラシア王国の隣には、ジンという妖精の国アラジン王国があるという。ジンは人に幸福感を与える青い妖精なのだという。想像するだけで幸福感を覚えた。
 でも残念。かなり遠いらしい。
 獣人という人間と獣の姿を持つ種族もいるらしく、それは人間をも引き裂ける力を持つ豪腕なのだという。
 他にも幻獣や精霊が存在すると聞かせてもらった。会ってみたいと足踏みしていたら、「いいですよ」と答えが返ってきた。
 私に見せてくれる本を探していたへーリーさんは、手を止めて椅子に座る私の前まで来る。どういうことかと、目を瞬いていてば。

「おねだりしてください」

 まさかのおねだりコール。妹になると決めたなのだから、応えてみせようぞ。

「お願いします、へーリーお兄さん!」

 両手を合わせて、上目遣いでおねだり。
 これでへーリーさんは破顔するのだから、チョロ、いや本当に弱い。
 ご機嫌そうなへーリーさんは、腕を横に上げてローブの中を見せた。その中にいたのは、真っ青なもふもふ。愛らしい女の子にも見えたけれど、肌ではなく青い毛に覆われていた。白い額には角がちょこんとある。アラビアンな踊り子風の衣服。青い円らな瞳で私を見ていた。

「水の精霊の元にいる水の幻獣フォーです。フォー、彼女は私の妹のような存在のハナさんです」

 へーリーさんが紹介してくれれば、フォーと呼ばれたその子は胸に手を当てて深々と一礼する。それから恐る恐ると私に近付く。私は不思議な生き物を見張るように見る。目を放したら消えてしまうのではないかと思って、見続けた。
 フォーは私の手を取る。革の手袋をしているような手だ。不思議。私の手に頬擦りしてきた。もふもふ。でもなんだか冷たい。清らかな水に触れているみたいだ。

「よろしくです、ハナ様」
「よ、よろしく……」

 言葉まで話してびっくりしたけれど、ちゃんと応える。私が微笑めば、フォーも同じものを返してくれた。許しを得て、頬を撫でさせてもらったら、やっぱりもふもふ。冷たくて気持ちが良い。

「さて。今日はここまでにしましょう」
「まだ読んでいたいです」
「だめです」
「お兄さん」
「だめですよ」

 本を取り上げられてしまい、おねだりしようとしたけれど、これは効果なし。未だに私を病弱と勘違いしている。何度言っても元気溌剌だと信じてくれない。やはり側転を披露しようか。とは思いつつも、まだ病弱な妹でいようと今日のところは諦めた。
 部屋に送ってもらったあとは、暇だと項垂れる。夜更かしを危惧して、本の貸し出しは許可は出なかった。過保護すぎるお兄さんである。
 私は散策をしようと、部屋を出掛けた。それがこの頃の日課である。へーリーさんの部屋に許されるまで居座って、それから散歩。へーリーさんも亜豆ちゃんの特訓を見なくてはいけないので、そう長くは私の相手をしていられない。
 その亜豆ちゃんの方はもうじき、魔物退治に出掛けることが決まった。異世界に来て、もう一ヶ月。まだ一ヶ月と言うべきか。亜豆ちゃんに会ったら励まそう。
 蝶が舞う庭園を軽やかに通り過ぎて、いつも覗き見る訓練場に足を向けた。無数あるアーチから中を覗こうとしたら、先客がいた。アーチの壁に寄り掛かって私を見下ろす彼は、待ち構えていたようだ。笑いながら騎士を薙ぎ払っていたあの男性だ。
 オールバックの白銀の髪。隙間から見えるピアス。アーモンド型の琥珀の瞳。逞しい首元に胸板に腹筋……。健康的な肌色だ。ジャケットを羽織っただけで、上半身が晒されている。まさか間近で拝見できるとは思わなくて、数秒見つめてしまった。素晴らしい身体である。

「毎日のように覗きに来て飽きないのか? ’’聖女のおまけ’’さん」

 くすぐったくなるような低い声で問われた。顔を上げる。
 猫のような明るい琥珀の瞳が、私を見定めるように観察するようにじっくりと見てきた。
 聖女のおまけ、とはもちろん私のこと。
 ジェームズ殿下にはもっぱら’’おまけ’’と呼ばれているから、その名で通っているに違いない。私が覗きに来ていることはバレていたらしい。私が見つかりやすい派手な容姿だからだろう。
「……水の匂いがする」とスンッと鼻を鳴らした。

「魔法が拝めると思って毎日のように見ていたのですが……。私の世界にはない代物ですので」

 水なんて浴びてないけれど、と思いながらも私は見に来ていた理由を答える。

「ああ……異なる世界から来たんだったな」

 そう独り言のように漏らすと、その男性は私から離れて手合わせしている騎士達に歩み寄った。そして私の方を指差して、何か話す。そこにはいつもよりも多くの騎士達がいて、私は注目を浴びることになった。
 途端に、騎士達が敬礼をする。私に向かってやっているのだとわかり、慌てた。とりあえず、にこやかに手を振って見せる。
 聖女のおまけを、どこか勘違いしていないか。
 すると一人の騎士が私の元まで来た。緑の髪と少々小さな目の持ち主だ。でも私より歳上のようで、背も高い。甲冑を着ているとより大きく見えて、私は恐縮してしまう。

「第十三番隊の隊長を務めます、セドリック・バンダーと申します」
「ハナと申します」

 身を縮めたまま淑女の会釈をすれば、セドリックも頭を下げた。

「魔法対決がご所望ということですね。ただいまお見せ致しましょう」
「あ、別にわざわざしなくても」
「聖女のおま……ゴホン、ハナ様はこちらにお掛けください」

 のほほんとやんわりやめさせようとしたけれど、腰掛けに案内される。本当に’’聖女のおまけ’’と呼ばれているらしい。申し訳ないなと思いつつも、今回だけ魔法対決を見せてもらおうと座った。
 訓練場の真ん中にはさっき話した白銀髪の男性と、甲冑を着込んだ一人の騎士が向き合う。どんな魔法対決を見せてくれるのかとワクワクして見守った。

 ドッカーン!!

 まさにそんな効果音が響いて、爆発が起きた。黒煙が辺りを覆い、爆風がくる。サッとセドリックが盾になってくれた。それでもスカートは捲れそうになり、髪もカツラのごとく飛んでいくのかと思った。

「これがご所望か? ’’聖女のおまけ’’さんよ」

 黒煙の中から姿を見せたあの男性は、私を一瞥して言う。その姿を見て、間違いなく性格に難ありの第十三番隊の一員だと推測した。
「加減をしろと言ったのに」とセドリックが小声で怒る。
 吹っ飛ばされた騎士の方は、幸い防御魔法でも使ったようで五体満足にあった。他の騎士が駆けつけて手を貸す。

「大丈夫ですか? お身体に障りましたか?」

 セドリックは騎士よりも私の身体を気遣う。あの爆発で吹き飛ばされた騎士よりも、私を気にするなんてどうかしている。
 それともあれか、私はそこまでひ弱だと思うほどの姿をしているのか。恐ろしい。自分の姿が恐ろしい。

「お気を確かに!」
「驚きましたが大丈夫ですよ」

 うふふ、とのんびりした口調で伝える。
 ホッとしたようで、傅いたセドリックは胸を撫で下ろす。
 こうして騎士に傅かれていると、伯爵令嬢か姫様になった気分である。 
 ちょっと楽しい。生まれ変わらなきゃ味わえそうにない貴重なシチュエーションを、味わえるだけ味あわせてもらおう。

「それよりあの方は大丈夫でしょうか?」
「問題ありません、これくらい」
「そうですか、もっと見ていたいです。まだここにいてよろしいでしょうか?」
「は、はぁ……ハナ様が望まれるのならば。お身体は大丈夫でしょうか?」
「はい」

 セドリックにお願いをして、もう少し観覧させてもらうことにした。セドリックの心配する眼差しがくすぐったい。私は笑顔で元気だと示す。

「聖女のおまけがいるじゃん!」

 そこで後ろから声が聞こえてきた。見れば、真っ赤な髪の青年がいた。甲冑はつけていないけれど、あの白銀髪の男性と同じデザインのジャケットを身につけている。こちらはしっかり着ていた。無邪気そうな笑みで、私を後ろから覗き見る。

「ハナ様だ。ランスロット」
「ふーん。よろしくハナ様。でさ、聖女のおまけ様は強いの?」

 セドリックが’’おまけ’’呼びをやめさるために私の名前を教えたけれど、ランスロットと呼ばれる彼はまた’’おまけ’’と呼ぶ。セドリックは額を押さえる。
 どうやら興味は、聖女と並ぶ魔力の持ち主かどうからしい。

「残念ながら、私の魔力は一般人並みだそうです。聖女様のお手伝いが出来たらよかったのですが」

 謙虚な回答をしておく。
 へーリーさんをお兄さんと呼んだ日に、私の魔力を調べてもらったら、少し一般人より多い程度だと言われた。魔力は筋力と同じで使えば使うほど膨れる人がいれば、変わらない人もいるのだとか。前者であることを願いたい。たくさん魔法を使いたいのだから。

「なーんだ。結局巻き込まれただけの一般人なんだ」

 ランスロットは、掌を返すように私から離れる。事実だけれど、その態度は腹立たしい。でも笑みを崩さない。どんなお客様でも笑顔で接しましょう接客スマイル。

「やめないか、ランスロット! ご無礼をお許しください、ハナ様」
「いいのです。事実ですから」

 セドリックの鋭い声が飛び、代わりに謝罪される。
 この隊長、さぞかし隊員に手を焼いていることだろう。
「なにやってんのー」とランスロットの興味はあの白銀髪の男性に向けられて、近寄った。絶対彼も第十三番隊の一員だ。

「……ハナ様、刺激が少々強いものを見ることになりますが、大丈夫ですか?」

 どうやら今度は、ランスロットとあの人が魔法対決を見せてくれるらしい。刺激の強いものと言われても、どんなものかわからないため答えようにない。何をするのかと黙って見ることにした。
 対峙したランスロットが動き出す。呪文を唱えると、彼の足元から巨大な氷柱が生えて、あの人に向かう。
 すると、白銀髪のあの人が掌を突き付けた途端、また爆発。今度は炎が見えた。真っ赤な炎と氷柱が衝突。氷柱が音を響かせて砕けた。大きく飛び散る雫と氷の破片が煌めく。それは床につく前には消え去った。
 私は思わず拍手をした。
 その場にそれが響き渡る。
「すごいです」の一言。もっと褒め称えたいところだけれど、思いつかない。炎の魔法と氷の魔法の対決も、迫力あって良かった。何より魅了されたのだ。

「ご満足いただけましたか? ハナ様」

 セドリックに問われて、ハッと思い出す。これ以上は訓練の邪魔になるので、おいとましよう。立ち上がろうとした時。

「隊長。第十三番隊に出動命令が下りましたー」

 眠気たっぷりな声で水色の髪の男性が伝えに来た。前髪で目元が隠れる髪型だ。この人も甲冑を身につけていないけれど、同じジャケットを身につけている。
 眠たそうなまなこが、私を捉える。

「……あ。聖女のおまけ」
「こんにちは」
「ハナ様だ、リク」

 私が誰か少し遅れて気が付いた。後ろのセドリックが、また額を押さえる姿が目に浮かぶ。

「出動命令とは……やはり、魔物退治ですか?」
「はい。それでは我々は失礼いたします」
「危険なのですか?」

 私は頭を下げて出動しようとするセドリックを引き止める。
 は? という顔をされた。当然危険だろう。

「そんなに危険じゃない。森で魔物を見掛けたら、オレ達が呼ばれて、退治をするまでだ」

 答えてくれたのは、そばに寄った白銀髪の男の人だった。そうやって国を守るシステムなのだと理解する。

「ノットだ。ついてくるか?」

 白銀髪の彼の名前は、ノット。彼からお誘いがかかり、目を見開く。きっと爛々に輝いたに違いない。ノットが面白そうに笑った。

「守ってやるよ」

 素敵な身体の、間違った、素敵な騎士から「守る」と言ってもらえる。やはりお姫様になった気分だ。差し出された手に、喜んで自分の手を重ねた。

「いけません、あまりにも危険です!」
「’’聖女のおまけ’’のご所望だ」
「はい」

 ノットがリードしてくれるので、私も頷きながらついて行く。セドリックが青い顔して続く。それをケタケタ笑いながら、ランスロットも歩き出した。他にも何人も続くのは、第十三番隊だろう。

「ゲートの転移魔法で森の前まで移る。初めてだろう?」
「はい、初めてです」

 城の西側の塔に案内された。そこには四つの白いアーチがある。それが魔の森と呼ばれる魔物が蔓延る森の入り口に瞬間移動させるらしい。

「ハナ様。本当に行くことを望まれるのですね?」

 セドリックはしつこく私の意思を確認した。その度、笑顔で首を縦に振る。ゲートに来て、セドリックは観念した。

「それではあなた様の身の安全のために、我々から離れないようにお願い申し上げます」
「はい。くれぐれも皆様の邪魔をしないようにいたします」

 そう約束した私はその後、見事にはぐれた。


 
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