聖女のおまけです。

三月べに

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14 聖女の初勝利。

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 けれどガーゴイルの手は、私には届かない。
 大きな爆発が起きて、その腕の軌道を逸らした。爆風に耐えるために、私はエリュさんを抱き締める。

「ーー誰の妹に手を出そうとしているのですか?」

 へーリーさんだ。
 オレンジの三つ編みの髪も白いローブも、彼が生み出す魔力の球体の影響で靡いている。それは小さな竜巻のようなものとなった。それが放たれれば、ザシュザシュッとカマイタチのように切り裂く攻撃となる。長い腕は、傷だらけになった。

「聖女様! あのガーゴイルに集中してください!!」

 へーリーさんは巨大なガーゴイルを、先ず仕留めろと指示をする。
 うん。亜豆ちゃん達は巨大なガーゴイルに集中してもらって、他の小さいガーゴイルは任せてもらった方がいい。
 私は抱き締めていたエリュさんの手当てが出来る状況になったと判断して、治癒魔法を発動した。
 魔法陣を脳裏に浮かべて発動するもの。覚えるのに、何時間もかかった魔法だ。こうして使うのは初めてだが、集中する。仄かな光が灯っていると感じた。後ろからする爆発音や金属音は、今は無視だ。エリュさんの回復を最優先した。

「ハナ、さまっ……」
「エリュさん!?」

 ガクッとエリュさんが首を折ったから、慌てて頬に触れる。息はしていた。気を失ってしまっただけのようだ。第三番隊の騎士にお願いして、エリュさんを運んでもらった。
 激しい戦闘に目を戻せば、亜豆ちゃんの目の前には、光の大剣が十何本と並んでいる。光剣の乱舞の魔法だ。相当の魔力を消耗するけれど、亜豆ちゃんにとってはどうってことない。
 光の大剣は、亜豆ちゃんが手を翳せば、踊るように入り乱れる。そして巨大なガーゴイルに突き刺さった。喉に、数本がグサリ。
 巨体はゆっくりと傾いた。

 ドシンッ!

 ぬかるんだ地面に沈んだ。
 他の小さなガーゴイルも、撃ち落とした。
 残る敵がいないかと沈黙して、周囲を見回す一同。
 撃ち落としたガーゴイルも、巨大なガーゴイルもピクリともしない。
 勝利したと確信すれば、大歓声が上がった。剣を掲げて、勝利に喜ぶ。
 聖女精鋭部隊の初任務、勝利を収めた。
 けれどもこれで終わりではない。聖女の仕事が残っている。
 怪我を負っていない騎士達が円になって、亜豆ちゃんを守るために立つ。
 その中心に膝をつく亜豆ちゃんは祈りを捧げた。
 怪我人の手当てをする第三番隊から離れて、私は立ち尽すように見る。
 やがて、曇天が晴れていく。隙間から射し込んだ陽射しが、亜豆ちゃんを照らす。それがキラキラと神秘的な輝きを持っていたものだから、皆が注目した。陽射しは亜豆ちゃんから広がっていき、完全に晴れる。ガーゴイルの死体が燃え上がるように、消えていく。心なしか、森も元気になったように見えた。
 亜豆ちゃんが、この地を浄化したのだ。
 これが聖女の力。なんて綺麗なのだろうか。
 パッと振り返った亜豆ちゃんが見る先には、私だった。
 にっこりと無邪気な笑みを向けてきたので、私は親指を立ててニッと笑い返す。
 これで、任務は無事完了だ。

「無茶をしましたね。ハナさん」
「え? そうですか?」

 ポンッと肩を叩かれた。振り返れば、へーリーさんだ。

「まぁいいでしょう。おかげで第一番隊の副隊長を救えました。彼は貧血ですが、安静にしていれば問題ないでしょう」
「それはよかったです。巨大なガーゴイルが出るなんて想定外でしたが、被害が少なくて幸いでしたね」
「ええ。そうですね」

 私が胸を撫で下ろしていれば、へーリーさんは微笑んで私の頭を撫でた。

「な、なんですか?」
「よく頑張りましたね」
「……」

 照れるなぁ。
 褒められて頭を撫でられるなんて、昔にされたっきりだ。
 これもまた妹になった特権だろうか。

「……ありがとうございます、へーリーお兄さん」
「ふふ」

 へーリーさんは楽しげだった。
 私達は、半壊した城をあとにする。担架で運ばれていたエリュさんは結局目を覚まさなかったので、へーリーさんが代わりに降りて、エリュさんを荷馬車に乗せた。
 私も怪我をした人と交代して降りようかと思ったのだけれど「随分と動き回ったので疲れたでしょう? 休んでください」とへーリーさんに降りることを禁止される。あれだけ動き回ってみせたのに、まだか弱い認識されているらしい。恐ろしい。自分の容姿が恐ろしい。

「え? 私に膝枕しろと?」
「はい、ぜひそうしてやってください!」
「お願いします!」

 担架で運んでいた第一番隊の騎士が、何故が嬉々として頼んできた。
 そのまま横たわるのも可哀想だから、私も引き受けることにする。
 エリュさんの長い髪、たわやかだった。ずっと触りたくなるけれど、気絶している人を弄ぶのは、よくないと手を固く組んだ。それにしても、本当にイケメン。目を閉じていても、顔立ちがいいってわかる。
 スッとした鼻は高くて、シュッとした輪郭は男らしい。意外と首が太いな。睫毛長い。
 ガタン、と荷馬車が揺れた。エリュさんの身体が軽く浮き上がり、ドサッと私の膝の上に頭が戻る。その衝撃で、目が覚めたらしい。
 ぽんやり、とガーネットの瞳が、私を見上げる。
 大丈夫かと問おうとした。その前に、彼の手が伸びてくる。ぽーっとした眼差しのまま、私の垂れた髪の毛に触れた。エリュさんは手袋をしているから、ちょっと変な感触だ。
 私の髪に何か付いていたのだろうか。
 絡みつくだけで、その手は何かを取った様子はない。

「エリュさん?」

 私はその手からエリュさんの顔に、視線を落とす。
 エリュさんは、ハッと目をまん丸に見開いた。今覚醒したみたいだ。

「貧血だそうです。このままゆっくり休んでいてください」
「え? えっ? は、はいっ」

 微笑んで伝えると、何故かエリュさんは両手で顔を覆い尽くしてしまった。

「どうかしたのですか?」
「いえ、あの、えっと。何故オレはハナ様に、膝枕されているのでしょうか?」
「ああ、それはそのまま横たわると頭が痛いかと思いまして。それに担架で運んでいた第一番隊の騎士さん達が、こうしてあげてほしいと言っていたので」
「……アイツら……」

 これじゃあまるでエリュさんが私に好意があって、それを知っている仲間の騎士がこのシチュエーションにセッティングしてあげたみたいな状況だ。
 私はくすくすと笑ってしまう。
 いや、勘違いなんてしてない。前みたいにこの容姿で魅了したなんて、全然思っていないのだ。私にだって、学習能力がある。勘違いしないもん。
 あの天から地獄に突き落とされたようなダメージを二度も味わいたくないもん。

「膝枕好きなのですか?」
「えっ? えっと……そう、ですね」

 片手で顔の半分を覆い隠してしまったエリュさんは、ガーネットの瞳を泳がして答えた。

「……こ、こうして、してもらうのは、す……好きです」

 好きか。そうかそうか。

「それはよかったです」
「……」

 膝の上のエリュさんは、すごく照れているように見えた。

「エリュさん。亜豆ちゃんを……聖女様を守ってくださり、ありがとうございます」

 私は軽く頭を下げる。

「……いえ、オレは、私は当然のことをしたまでです。聖女様を守ることは使命でもあります。礼には及びません」

 当然のことで、貧血になるほどの怪我を負った。大した意志だ。
 強くてかっこいいじゃないか。

「でも言いたのです。本当にありがとうございます……」
「……聖女様が大事なのですね」
「はい、まぁ異世界に一緒に来た仲間ですし、友だちでもあるので大事ですね」
「……それはよかった……」

 エリュさんはポツリと呟くと目を閉じた。
 でもハッとしたように目を開く。

「お礼を言うのは、オレの方です! ハナ様が間一髪のところを助けてくれた、はずっ!」

 起き上がろうとしたエリュさんの頭を両手で抱えるように掴んで、膝に戻した。どうやら記憶が曖昧らしい。

「だめです。安静にした方がいいそうなので、動かないでください。そうです、私が助けました。ガーゴイルから助けて、治癒魔法をかけました。どうぞ、お礼を言ってください」

 私は胸を張ってから、冗談めいて笑いかける。

「あ、ありがとうございます……ハナ様……」
「私のことはハナさんでもいいですよ? なんならハナと呼んでも構いません」
「いえっ! そんな……では……ハナ、さん」

 かなり緊張した風に、私の名前を呼ぶエリュさん。
 ふふっと笑ってしまう。なんか反応が可愛いんだよなぁ。
 頬が赤いし、実は女性に対してうぶなのではないか。

「ハナ、さん。さっきは、寝ぼけていたとはいえ、勝手に髪に触れてしまいすみません」
「いえ、別に髪に触れるくらいいいですよ」

 寝ぼけていなきゃ触れないんじゃないかな。
 ガタンガタンとまた揺れる荷馬車。

「私もエリュさんの髪に触れてみたいと思っていたのですが、いいですか?」

 お返しに触らせていただきたい。

「オレに、触るのですか……ハナさんが……」
「いけませんか?」
「い、いえ、どうぞ」

 ムギュッとエリュさんは、目をきつく閉じてしまう。
 別に痛くするつもりはないのに、と笑ってしまった。

「じゃあ触りますよー」
「っ」

 ビクッと微かに震えるエリュさんの耳の前に垂らしている束を掬う。
 男性に使うのはあれだけど、黒が艶やか。しっとりさらさら。
 伸ばしているだけあって、手入れが届いているようだ。感心だ。
 じっと見つめながら、撫でていれば、また両手で顔を覆ったエリュさん。

「どうしたのですか? エリュさん」
「オレのことは気にせず、どうぞ触っていてください」

 お言葉に甘えて、膝の上のエリュさんの髪をなでなでさせてもらった。


 
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