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●8 愛しい人が見る悪夢は。(ゼノ視点)
しおりを挟む愛しい人が悪夢に魘されていることを知っている。
あいつらへの報復をする計画のために、オレは変装をしてディナの従者に収まった。
侯爵令息のアレキサンドが、のうのうとディナと婚約者の交流を続けるのは、はらわた煮え滾るが、いくら愛想よく笑いかけても興味が引けるはずの話題を振っても、全く心に響かない惨めな思いを味わせられるのは、胸がすく思いだ。
頑張ったご褒美にディナの頭を撫でると嬉しそうに笑みを零すから、堪らず何度も頬にキスをした。
可愛い、可愛い。オレの愛しい人、可愛い。
あんな婚約者には無表情を貫いて、気のない相槌しか打たないのに。
オレには、こんなにも可愛い顔を見せてくれるんだ。
愉悦にゾクゾクした。堪らない。
ディナが想っているのはお前なんかじゃない、オレだ。
優越感で傍観すれば、婚約者の交流のお茶会も乗り越えられた。
前回、仕入れていた情報で、記憶していた珍しい魔物の討伐に、ディナを連れて行けば喜んだ。
ディナを喜ばせるのも、お前なんかじゃない。オレなんだ。
デートをして、デザートを食べさせ合う甘い空気になるのは、破綻した婚約関係のお前なんかじゃない。オレなんだよ。
いくらでも自尊心をいたぶってやる。
オレのディナに短剣を突き刺して殺したお前を、絶対に許しはしないのだから。
今まで順調に交流していい関係を築けたはずの相手に突き放されて、困惑しろ。戸惑え。混乱して悩め。
ディナも、本当に悪夢に魘されて苦しんでいるのだから……。
ディナが悪夢に魘されていると気付いたのは、前回からだ。
繰り返される死に戻りの経験は、確実にディナの心を蝕んでいる。
いくら気晴らしに冒険やデートに連れ出しても、楽しい時間が続けば続くほど、寝静まった夜は魘されているのだ。
まるで、気が緩んだところを責め立てるように、悪夢はディナを襲う。
忘れさせまいと、殺される夢を見せる。
だから、オレは夜になると寝ているディナを確認していた。
魘されていれば、額を重ねて、悪夢を吸い取る。
記憶も吸い取る魔法は使えるが、後遺症が残る魔法だ。
しばらく意識がぼんやりしてしまったり、関係ない記憶まであやふやになってしまったり。
死に戻りという特殊な記憶を取り除いでどう作用するか、オレにもわからないから、迂闊なことはしなかった。
だからせめて、悪夢の記憶だけは取り除く。
死に戻りの運命は、一体、ディナをどうしたいのだろうか。
ディナは繰り返し殺される運命を課せられる罪を犯した覚えがないという。オレもそんなわけがないと思う。
ディナが悪いわけではない。絶対。
不運にも、運命の悪戯に嵌ってしまっただけ。
その不運から救い出して見せるよ……ディナ。
ディナが見る悪夢は、あのヒロインに嵌められて孤立させられて護衛に切り捨てられる光景。
毒の紅茶に倒れて息が出来ないまま死ぬ光景。
悍ましい恨みの顔で短剣を突き刺す婚約者の光景。
繰り返される死の恐怖の悪夢。
その夜。
ディナの悪夢には、オレがいた。
短剣が胸に突き刺さったディナを抱えて泣くだけのオレ。
オレに対しての申し訳ない気持ちが伝わった。
それから、死に戻って、独りぼっちのディナが、オレと会わないことを選ぶ光景。
枕を抱き締めて一人震えるディナを、今更責められない。
一緒に胸が締め付けられる苦しみを味わった。
オレがいないだけで、こんなにも苦しい思いをするんだね。
大丈夫。それは悪夢だよ、ディナ。オレが取り除いてあげる。
悪夢を額から奪い去ったあと、目を開けば、スヤスヤ眠っている愛しい人の寝顔。
ぷるんとした唇に、自分の唇を重ねた。その柔らかさを味わうように、吸ってはむ。
やがて、ディナが目覚めた。
印象がキツイと思われがちな猫目は、可愛い。
ぽやーと見上げてくるなら、なおさらだ。
「ゼノ……?」
甘い声で、オレを呼ぶ。
寝込みを襲われているというのに、無警戒で無防備なディナは怯えも怒りもしない。
それほどにも、オレを心で許してくれていることに上機嫌になった。
可愛い。可愛い人。
今日は添い寝しようか。
ディナを抱き締める形で、隣に横たわった。
婚約者持ちだからって、浮気だと気にしていたディナのために我慢していたけれど、もういいよね。
あっちは原作通り、出会った。ディナ曰く、原作では互いに一目惚れ。
一回目は、よりよい関係を築いていたにも関わらず、クズ婚約者はヒロインに傾倒した。
二回目も、三回目も。
クズ婚約者を篭絡する方法を知っているヒロインは、四回目も同じく、恋とやらに落とした。
すりすりと柔らかい白銀髪に顔を埋めてすり寄せる。
いい香り。シャンプーの残り香と香油が、馴染んだ匂いだ。甘い。
今のうちに楽しむがいい、とほくそ笑む。
幸せだと上り詰めているところを、突き落としてやるから。
たっぷり浸れる絶望は、用意しておいてやるよ。
ディナのため。
ディナの白い首筋に、痕をつけないようにちゅっと口付けを落とすと、くすぐったそうに身を捩った。
そんな愛しい人を両腕に包み込んで、一緒に眠った。
心地いい眠りに浸れたのは、きっとオレの方だ。
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