【R18】死に戻り悪役令嬢は悪魔と遊ぶ

三月べに

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●9 コロッと心変わり。(アレキサンド視点)

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 私、アレキサンド・クリストン侯爵令息は、ディナ・アクアート伯爵令嬢と婚約関係だ。


 どうしてこうなったのか、わからない。
 理解が追い付かないし、出来ない。

 婚約者のディナとは、五年前の婚約時から、いい関係を築いていたはずだった。
 当時の事業のために、政略的な婚約ではあったが、想い合った婚約者だったはずなのに。


 唐突に、突き放された。

 婚約解消の申し出は、寝耳に水。
 面会は拒絶され、手紙も返事はもらえなかった。


 やがて、ディナがおともを撒いて、失踪したという話まで聞き、肝が冷えた。
 憔悴しきった彼女は、ようやく理由を打ち明けてくれたのだ。

 悪い夢を見続けるという。
 私が婚約解消を元凶は、他の令嬢に心変わりした私がディナを捨てる夢。
 私が事実、心変わりをしているかどうかではなく、それはきっとディナが私を真に信用していない心理の表れであり、信じ続けることはもう無理だと考えが至ったということで、婚約解消を言い出したのだと。
 そうして直接、婚約解消を願い出てきた。

 そんなことを言われても、納得出来ない。

 信用出来るように、私は証明しよう。
 そう約束したら、ディナはしぶしぶながら、交流の時間を再び設けると言ってくれた。

 少し気が弱っているだけだと、私の両親は言った。
 だから私が安心させなければいけない。

 しかし、二、三週間に一度のお茶会では、ディナに全く言葉が届いていないと痛感させられるだけ。
 目は合わないし、顔を背けるし、こちらが話しかけなければ黙々と紅茶を啜り、お菓子を食べるだけの時間にもなった。

 このままではだめだ。
 もっと交流の時間が欲しいと願い出れば、彼女が失踪した時に道に迷っているところを助けた孤児だった従者が、やんわりと断りを入れた。

「どうか、ディナお嬢様に無理をさせないでください」

 教養ある振る舞いをするくせに、前髪をもさっとさせたダサい従者には、嫌でもディナが追い込まれて失踪までしたことを思い出させるから、食い下がれない。
 観劇に誘うも、レストランに誘うも、ことごとく断れた。
 お茶会しか許してもらえない。でもそのお茶会でも、改善されない。

 逐一、ディナとの関係が修復されたかを尋ねる父と母も、いい加減無理だろうと言い始めた。
 今の状況なら、穏便な婚約解消をしてもいいじゃないか、と。

 そんなバカな! 納得出来るか!!

 私には、一切非がないのに! どうして、こんな形で婚約解消されなければならない!!

 まだだ! まだ! やり直せるはずだ!
 そもそも、私との婚約が破綻したら、あとがないのはディナの方じゃないか!
 このままでは、誰かと婚姻出来るわけがないだろ! 

 かといって、冷めきった夫婦関係になるのも嫌だ。
 ああ、どうすればいい。


 夜会も、一人で参加することが多くなった。
 婚約解消の申し出をされてからずっとだ。
 親同伴の夜会。群がって来る令嬢は、目敏く社交界に顔を出さないディナとの不仲に薄々気付いて擦り寄る。それをうんざりした気持ちで避けたあと、一足先に帰ることにした。
 その中の令嬢達を品定めする両親にもうんざりだ。

 私の未来は、ディナとともにあると決まっているのに。
 もう決まったこと。
 どうして、ディナも両親もわかってくれないんだ。

 私ほどに誠実な男はいないのに、どうしてなんだ……ディナ……。


 憂鬱な気分で馬車に向かって歩いていたら、向かいからも人がやって来た。
 遅れてやってきた令嬢のようだ。
 目が合うと、不思議と離せなくなった。

 私の金髪よりも薄い色の白金髪がふわりと広がり、大きな瞳は垂れたつぶらな青い瞳。なんとも庇護欲湧く美しい令嬢だ。

 互いに歩む足がゆっくりになるが、止まらない。
 だがすれ違う際、お互いだけを見ていたせいで、令嬢の方がレンガの隙間に足を取られて、よろめいた。
 咄嗟に腕を伸ばして、受け止めて支える。

「あ、ごめんなさい……」
「いや。……大丈夫?」
「はい……」

 ポーと見つめ合ってしまった。
 彼女は、夜会場の令嬢達とは違う。不快感を覚えない。
 もっと違う、熱を覚えた。じわりと胸に広がって、熱に浮かされるようだ。

「あ、失礼」
「いいえ……」

 名残惜しいと思うが、彼女を支える手を離した。
 彼女も名残惜しそうに眉を下げるから、ギュッと切なく胸を締め付けられる。

「私は、アレキサンド・クリストン侯爵令息です。あなたは……お初にお目にかかるが?」
「わたくしは、ミンティー・サライト伯爵令嬢です。……とはいえ、以前の身分は男爵令嬢でした」
「それは、詳しくお聞きしても?」
「……ええ。ここではなんですから……」

 このまま、はいさよならとは言えず、彼女が知りたいが故に、話を聞くために夜会場の前庭のベンチに腰掛けることになった。
 彼女は、地方出身の男爵だった両親に不幸が起き、叔母の伯爵家に養子となったという。
 学力は優秀さではあるから、””と謙虚なのが、いじらしい。
 地方出身でも田舎臭さはないし、王都の令嬢に引けを取らない気品さがあると思う。

 なんて魅力的な人なんだ……。

「よかったら、王都を教えていただけませんか?」
「私でよければ。……ただ、自分には婚約者がいますから……」

 承諾してやっと、婚約者の存在を思い出した。
 これでは浮気になりかねない。
 しかし、心が揺らぐ。
 こんなことなら、婚約解消に承諾すればよかったと思うが、もう後の祭りだ。

「そうなんですね、婚約者が……」

 しゅんと眉を下げるミンティー嬢に、ちくりと胸が痛む。

「だから、節度を守って教えますよ」

 そういえば、ミンティー嬢は嬉しそうに微笑みを零した。

「ありがとうございます、クリストン侯爵令息」
「……アレキサンドと」
「……アレキサンド様」

 薄明りの下でも、程よく膨れた頬が可憐に赤らんだのが見えた。
 グッと込み上がる感情は、きっと恋だ。
 私は恋に落ちたに違いない。

 ようやっと、ディナの悪い夢は予知夢だと理解した。
 この心変わりは、運命だ。

 運命なのだから、しょうがないだろう。

 ディナの方が先に、私から離れた。
 なら、私が心を奪われるのは、それも致し方ないだろう。
 ディナのせいさ。君から離れた。自業自得だ。
 君がまだ、諦めずに私を信じてくれれば、違ったかもしれないのに。

 こうなる運命だった。
 決まっていたことだ。


 彼女に見とれている私は、気付かなかった。
 闇夜の中、木の枝にぶら下がった金色の目の蝙蝠が見張っていたことも。
 悪魔が手ぐすね引いて、罠にかかることを舌なめずりして待っていることも。

 気付きもしなかったのだ。


 
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