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05 上級の吸血鬼。

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 街外れを進みながら、私はどの子を召喚しようかと迷っている。
 どの子でもいいのだけれど、適度に使ってあげなくちゃいけない。
 頼られることが好きらしいのだ。なんとなくだけど、それがわかる。
 でも私は勇者パーティーの成長のためにも、召喚をしなかった。最強なのは、ラクシスとエゼキエルだけではないのだ。わりと強い従魔ばかり。
 馬の代わりに召喚出来る従獣もいるけれど、基礎体力を上げなくてはいけないというラクシスの教えに従って、徒歩。召喚士なら召喚してしまえばいいとも思うけど、私も基礎体力は上げておきたいから、歩き続けた。

「目撃証言は、ここの辺ね」

 森の手前に、到着。
 魔獣は移動し続けるものから、その場に留まるものまで様々いる。
 でも今回の標的は、留まるタイプ。人や動物の味を占めて、縄張りにしたのだろう。
 岩の上に、一体の魔獣を確認。
 目撃情報と同じ。シルバーの鬣、ベージュの顔と胴体の獅子の姿。
 魔獣は、魔石と呼ばれる魔法の石から生まれ落ちる獣だ。そういう存在。
 息の根を止めれば、石を落としていく。魔獣の命の源である魔石だ。
 その魔石に込められた魔力を使って、魔力の宝玉などアイテムが作られる。例えば、ドライヤーだとか、冷蔵庫なんかもそうだ。だから、魔石はお金になる。
 魔獣を生み出す魔石は、影の中からある日生えてくるそうだ。夜のうちに生えては、魔獣を生み出す。その魔石は生み出すと消滅をしてしまう。その前に回収を試みても無駄。どんな武器でも、どんな魔法でも、消滅してしまうだけなのだ。

『二体、感知。殲滅する』

 岩陰に隠れていたもう一体がいる。
 右肩のエゼキエルが、羽ばたいた。バサバサと黒い羽根が撒き散らされる。エゼキエルの翼から飛び出す無数の羽根が、刃のように鋭利に艶めき、宙に整列した。
 私は杖の先端で、後ろに伸びる自分の影を叩く。

「“ーージャックザ・リッパー、召喚。ーー”」

 その名前を口にして、召喚をする。
 通常の召喚魔法は、もっと長い詠唱が必要だけれど、レベル10になればこれで十分。
 ぽつーん。
 水面のように、地面が波紋を広げていく。その円から、ヌッと現れたのは、背が高くスラッと細身の男性。目元を隠す仮面をつけていて、白金色の髪の持ち主。格好は、ボタンのところがジグザグとして洒落た黒の燕尾服。
 そして、特徴的な武器を所持している。両手に、刃が長めのナイフを三つずつ。まるで爪のように、指の間に挟んで持っていた。それが、白く鋭利に輝く。
 前では、エゼキエルが黒い刃を振るい、後ろでは、ジャックザが白い刃を振るう。
 エゼキエルの方は、ずっとそばにいて、私と戦ってくれていたから心配はしていない。援護ばかりだったけれど、問題ないだろう。
 だから、後ろだけ振り返って、召喚魔としての働きを見守る。
 後ろに回り込んでいたシルバーライオンの二体を、身を低くして素早く駆けたジャックザは一体ずつ、ザシュッと切り裂く。
 うん。こちらも問題はないようだ。無用な心配だった。

「雑魚じゃん」

 紫の血を垂らしたナイフを振り払って、一言。
 すこぶるつまらなそうに吐いた。

「久しぶりに喚ばれたからどんな強敵と戦ってるかと思えば、ただの雑魚って何?」

 身長は二メートルってところだろう。かなり高い。
 そんなジャックザに見下ろされて、いる、はず。
 仮面で視線がわからない。どうやって見ているのか、疑問である。

「久しぶりだからこそ、ちょっと肩慣らしに喚んだのよ。間が悪かったかしら?」
「……」

 じーっと見られて、いる、はず。
 背中を曲げて、ジャックザは顔を近付けてきた。
 キラキラしてしまいそうな白金の髪が、私にかかりそうなほど長く見える。陶器のような肌に、スッとした輪郭。仮面を外したら、美形そうなのに、なんで仮面をかけているのだろうか。
 なんていうんだっけ、顔を半分に隠していると美人に見えてしまう現象。名前があったかも思い出せないけれど、それかもしれない。
 実は仮面を外すと、不細工だったりするのだろうか。あえての平凡な顔立ちなんてどうだろう。
 じっと見上げていれば、ニッと三日月のように口角を上げた。牙が鮫のように尖っている。

「久しぶりに会えて嬉しい」

 サラリとそういうことを言う。

「久しぶり、ジャックザ」

 笑みを繕うことなく、挨拶をする。

「その戦いぶりからして、別に変わったこともなく、元気に過ごしていたのね」

 掌を出すと、エゼキエルがバタバタと羽ばたいて、手首に留まって拾ってくれた魔石を二つ。置いてくれた。

「それ、真昼間から喚び出した吸血鬼に言っちゃう?」

 ケラケラと笑うジャックザ。
 彼はこう見えて、吸血鬼なのだ。
 吸血鬼は魔物に分類され、それから上級と中級と下級と分かれている。下級の吸血鬼は陽射しを浴びるだけで火だるまになり、中級の吸血鬼は火傷程度、上級はチクチクする程度だという。ラクシスから聞いた。
 ジャックザは、上級の吸血鬼。だから仮面をつけているのかと尋ねた時もあったけれど、その時は笑って「違うー」と答えた。
 ジャックザとの出逢いは、偶然だ。
 学園の課題で、とある草の収集をしに国外れの森に入った。
 中々見付からず、気付けば夜になってしまった時に、霧とともに現れたのだ。
 肩にいたラクシスから吸血鬼だと聞いて、私はこう声をかけた。

 ーー召喚士のルルロッドですわ。私の従魔になりません?

 ジャックザはこう答えた。

 ーーいいよー。

 あっさりと契約成立したのだ。
 それから、魔獣が出てきた時に、二回ほど召喚して討伐してもらった。
 この半年は召喚していなかったのは、彼が結構な強さを持っているから。
 その辺の魔獣では、相手にならないのだ。
 どうせ私の従魔になったのも、気まぐれだろう。
 勇者パーティーのメンバーと会わせたら、どんな反応をするのか。
 正直言って、私は契約を結んでいる従魔や従獣に好かれていると自負している。私が無能と呼ばれた時の反応を、見てみたいものだ。
 従わせていることが出来ているのだから、私の力は認められている。

「半年の間、どうしてたん?」
「……そうね、近況報告でもしましょうか」

 シルバーライオンがいた岩の上に腰を下ろせば、もう二つの魔石をエゼキエルが拾ってくれた。

『エゼキエルと周りを見張っておくよ』

 ラクシスが、私の肩から飛び降りる。私から離れるなんて珍しい。
 そう思ったけれど、腰を下ろした岩から降りなかった。
 見張る時も、そばにいるのね。

「どこから話しましょうか……。最後に召喚した直後に、婚約が決まったわ」
「……は?」

 ミシッという音を立てて、ジャックザが踏み付けた小さな岩が崩れた。

「相手誰」
「公爵家よ。でも婚約破棄されたわ」
「……はぁ?」

 やけに棘のある声だと思いつつ、婚約破棄を打ち明けると、あんぐりと口を開く。

「その元婚約者を狙う令嬢と私の取り巻きが喧嘩しちゃって、責任を負わされて私は婚約破棄に学園退学処分になってしまったの」
「それ、ルルロッド悪くないじゃん」
「ええ、悪くないわ。でも責任を負ったの」

 杖を持った手で、指の爪先を気にする。
 お手入れしてないのよね。全てを終えたら、お手入れしてもらいたい。

「それが半年前ってこと?」
「そうよ。半年前」
「それまで何してたん?」
「お父様が王様と交渉して、勇者パーティーに入れてもらって打倒魔王を目指してたわ」
「打倒魔王だって!?」

 ジャックザは、至極愉快そうにお腹を抱えて笑った。

「あら? 何故そんなに笑うのかしら。失礼しちゃうわ。名誉挽回のために与えられたチャンスなのだけれど、肝心の勇者パーティーと上手くやれなくて……無能呼ばわりされて追放されたところよ」
「……はっ? 無能? 誰が?」

 ぴたっと笑いを止めたあと冷たい声を出す。

「勇者パーティーの成長のために一歩身を引いてラクシスの指示とエゼキエルの援護だけをしていた私よ」

 ふんっと鼻を鳴らして、結んだ髪を後ろに払い退ける。

「へぇ~……その勇者ってあれだろ? 異世界からわざわざ召喚したとか言う人間。オレのルルロッドが劣ってるなんて到底思えないんだけど」
『おい、サラッとオレの発言するな』
「オレの主であるルルロッドが、勇者より劣っている証拠はあるん?」

 エゼキエルに指摘されて言い直すジャックザ。

「ないわ。だって劣っていないもの」

 私は言い切った。

「勇者のステータスは、オールレベル07よ。私は召喚術以外はレベル08」
「オールレベル08? ヒュー。流石ぁ」

 私が組んだ手に顎を乗せて言えば、ジャックザはニヤリと口角を上げた。
 あら。私のステータスを教えるのは、初めてだったかしら。

「それで無能呼ばわりって、本当に見る目のない連中だったわけだ。いいじゃん。いない方が、打倒魔王がスムーズに行くかもしれないだろう」
『まっ。その通りだな』

 ラクシスが、うむっと頷いた。

「つまりは、名誉挽回のための打倒魔王の戦いに力を貸してくれるのかしら? 吸血鬼、ジャックザ・リッパー」
「うしししっ」

 またもや、にやんりとジャックザは口を開けて笑う。

「いいよー」

 初めて会った時のように、そう返事をくれた。


 
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