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竜騎士の新人

第613話、新人竜騎士の苦悩③

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「わぅぅん。いい天気だね、お兄ちゃん」
「そうだね。暖かくて気持ちいいや」

 ある日、俺はライラちゃんと散歩していた。
 俺たちの前を歩くのは三匹の柴犬、そしてシロ。散歩中のライラちゃんに遭遇し、せっかくだからと俺も一緒に散歩をしているのだ。
 柴犬は、三匹並んで尻尾をフリフリしながら歩いている。
 オス一匹に、メス二匹だよな。ルミナが言うにはメス二匹とも妊娠してるとか。

「ね、ライラちゃん。この子たち、妊娠してるみたいだけど、歩かせていいの?」
「わぅぅ、ちょっとだけお散歩するくらいならいいって。全く動かないのも身体に悪いから」
『きゃんきゃん!』

 シロが「その通り」とでも言うように鳴いた。
 メスの柴犬も俺を見てウンウン首振るし……ま、まぁいいか。
 のんびり川べりを散歩していると……う、うーん、またか。

「わぅ? お兄ちゃん、あそこ」
「あ、ああ。あれは新人竜騎士のシメオンだったかな……」

 新人竜騎士のシメオン。
 白い髪をした可愛らしい男の子だ。十五歳の少年にしか見えないけど、実際は十八歳らしい。身体も小さいし、乗るドラゴンも小型とか聞いたぞ。
 シメオンは、青い顔をして俯いていた。

「うーん。この川沿い、困った竜騎士が集まる場所なのかな?」
「わぅぅ? お兄ちゃん?」
「あ、ああなんでもない。顔色悪いし、声掛けてみるか」
『きゃんきゃん!』『ワン』『ワン』『ワン』
 
 シロが吠え、柴犬が順番に吠えた……なんだこれ。
 とりあえず、シメオンに声をかけてみた。

「シメオン、どうしたんだ?」
「え、あ……アシュト様。その、ぼくの名前覚えてたんですね」
「ああ。自己紹介したろ?」
「……はい」
「顔色悪いけど、何かあったのか?」
「っ」

 シメオンは、ぶるりと震え───顔を歪め、泣きだしてしまった。

「お、おい……どうしたんだよ」
「ぼ、ぼく……ぼく、もうダメです。竜騎士失格です」
「落ち着け。何があったんだ?」
「…………」

 シメオンはボロボロ涙を流し、止まらない。
 心配になったのか、三匹の柴犬がシメオンに寄り添い身体を擦りつける。
 俺はシメオンの肩をポンポン叩き、川沿いにある東屋へ連れて行った。
 ライラちゃんは、持っていた水筒のお茶をシメオンへ。

「くぅん。お茶、飲んで」
「……ありがとうございます」

 俺とライラちゃんも座り、シメオンがお茶を飲むのを待ってから話かけてみた。

「シメオン、大丈夫か?」
「……はい。見苦しいお姿を見せて、申し訳ございません」
「いいよ。それより……何があったんだ?」
「…………」
「話せないことなのか?」
「……ぼく、竜騎士失格なんです」
「……詳しく」

 シメオンは、ようやく語ってくれた。

 ◇◇◇◇◇◇

「あれは、村を上空から巡回する仕事を、初めてやった時……だと思います」

 シメオンは、自分の胸をそっと押さえる。
 
「ぼく、初めての騎乗任務で、舞い上がっちゃって……少し速度を出し過ぎたんです」
「それが、なんで竜騎士失格に?」
「……地上に降りて、気付いたら……国王陛下より賜った、『竜騎士の紋章』が無くなっていることに気付きました。それがないと、ぼくは竜騎士ではありません……それに、国王陛下より頂いた物をなくすなんて、騎士の風上にも置けない、最低な男です……う、ぅぅ」

 竜騎士の紋章。
 竜騎士学校を卒業し、竜騎士見習いとして騎士団に入団。訓練課程を終え、ようやく竜騎士として任務に就くことを許された者が、ガーランド王からもらう竜騎士の証。
 シメオンは、それを胸に付けていた。
 だが……上空でなくしてしまったらしい。
 地上に落ちたのか、落ちて川に流されてしまったのか。

「うーん……再発行、ってのは?」
「あり得ません!! 陛下から賜った物を、再発行だなんて……」
「だ、だよな。じゃあ、やっぱり探すしか……心当たりは?」
「……上空で落とした、ってことしか」
「うーむ」

 心当たりがなさすぎる。
 参ったな。落ちた場所とかわかれば、人海戦術で。

「なくした、なんてことが騎士団に知られたら、ぼくはもうおしまいです……」

 人海戦術はダメだな。というか、俺に知られてるんだけど……いいのかな。
 まぁ、余計なことは言わない。

「わぅぅ……あの、匂いで探せるかも」
「「え」」
「わたし、探し物の匂いがあれば、この村の中なら探せるかも。みんなもいるし」
『わん』『わん』『わん!』『きゃんきゃん!』

 おお、柴犬たちとシロが「任せろ」と言わんばかりに尻尾を振っている。
 俺はシメオンに聞いてみた。

「な、紋章の匂いとか付いてる服とか、磨いた布とかあるか?」
「へ、部屋に紋章を磨いた布があります」
「じゃあ、それを持ってくるんだ」
「はい!!」

 シメオンは、ダッシュで自分の部屋に戻った。
 俺はライラちゃんと柴犬、シロを順番に撫でる。

「ありがとう、みんな」
「わぅぅ、大事な物なら、見つけてあげたいの」
「ライラちゃんは優しいね」
「えへへ……」

 本当にいい子に育ってるなぁ。俺は嬉しいよ。

 ◇◇◇◇◇◇

 シメオンが持ってきた布の匂いを、ライラちゃんと柴犬たち、シロが嗅いだ。

「くんくんくん……くんくんくん」
『『『わぅぅ……』』』
『きゅぅぅん』

 柴犬たちが地面をクンクン嗅ぎ、ゆっくり歩きだす。
 ライラちゃんは渋い顔をしていた。

「……似た匂い、いっぱいある」
「竜騎士の紋章は誇りですから。みんな毎日磨いてます……」
「んー……難しいかも」

 どうやら、魔犬族のライラちゃんの鼻でも、難しいようだ。
 でも、一生懸命クンクン嗅ぎながらフラフラ歩いている。
 柴犬、シロたちも迷っているようだ。みんな別方向に行こうとしている。

「シメオン、二手に別れよう。俺はライラちゃんと行くから、お前はシロたちと。柴犬たちが分かれるようなら、どこに行くかは任せる」
「は、はい!!」

 俺はライラちゃんと一緒に行く。
 ライラちゃんは、迷いながら歩く。
 途中、立ち止まっては別方向へ。村を巡回していた竜騎士の匂いをくんくん嗅いでは離れ、嗅いでは離れてを繰り返す……さすがに、竜騎士たちに聞くわけにはいかない。
 人海戦術も無理だし、俺たちだけで探さないと。
 
「わぅぅ……」
「ライラちゃん、大丈夫? 少し休憩する?」
「だいじょうぶ。がんばる」

 ライラちゃんは力強く微笑み、再びくんくんしながら歩きだす。
 本当に強くなったな。
 最近、製糸場で編み物や小物づくりに没頭して、俺のところにあまり来ない。村に来た当初は、ミュアちゃんと一緒に俺に甘えてきたんだけど……やっぱり、それがなくなると少し寂しいと思う俺がいる。
 ライラちゃんは、やりたいことを見つけて頑張っている。
 俺はそれを応援し、できることがあるなら手助けしたい。
 
「くんくんくん、くんくん……わぅ?」
「……あ」

 しまった。
 つい、ライラちゃんの頭を撫でてしまった。
 ふわふわした髪に、やわっこいイヌミミがなんとも気持ちいい。

「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや。ライラちゃんは頑張ってるなぁって」
「?」

 ライラちゃんに邪魔をしないようにしなきゃな。
 そして、村を回ること三十分。

「……こっち、かも」
「お、見つけた?」
「わかんない。でも、それっぽい匂いするー」

 向かったのは、村の入口だ。
 歩いていると、シメオンと柴犬たちも合流した。

「アシュト様!!」
「シメオン、お前たちもこっちに?」
「はい。犬たちがバラバラに歩いていたんですけど、途中で合流してこっちに」
「どうやら、近いようだな」

 ライラちゃん、柴犬三匹、シロはクンクン嗅ぎながら歩く。
 そして、村の入口で止まった。

「ここ、かも」
「村の入口? この辺にあるのか?」
「たぶん。このへん、いちばん匂いが強い……わぅぅ」

 すると、門番のフンババがのそりと立ち上がる。

『アシュト、アソビニキタ?』
「いや、そうじゃないんだ。なぁフンババ、この辺に……」

 そういや、竜騎士の紋章ってどんなやつだ?」
 シメオンは、俺の代わりに答えた。

「あの、ドラゴンの頭部がモチーフの、ブローチを見かけませんでしたか?」
『ブローチ……? オラ、シラナイ』
「そ、そうですか……」
「シメオン、この辺りを探せばきっとある。探すぞ」
「はい!!」
「わぅぅ、わたしも手伝う!」
『『『わん!』』』
『きゃんきゃん!!』
『オラモテツダウ!!』

 俺たちは分かれ、この辺りを探し始めた。
 ドラゴンの頭部をモチーフにしたブローチ。色は金色。ドラゴンストーンというドラゴンの祝福を受けた聖なる石がはめ込んである。
 大きさは、片手で包み込めるくらい。
 さっそく、手分けしてブローチを探し始めた。

 ◇◇◇◇◇◇

 探すこと三十分……なかなか見つからない。

「ないな……うーん」
「どこだ、どこだ……」
「わぅぅ、匂いはここだと思うのにー……」

 それっぽいのが見つからない。
 柴犬たちも探してくれているが、なかなか出てこない。
 
「アシュト様。ありがとうございます……あとはボクだけで探しますので」
「いや、ここまで来たら最後まで付き合うさ。困ってる人を置いて帰るなんてできない」
「……アシュト様」
「さ、もうひと踏ん張りだ」
「はい!!」

 そして、一時間後。
 やっぱり、見つからなかった。
 さすがに疲れたので少し休憩。フンババを日陰に、足下へ座った。

「わぅぅ……見つからない」
「ライラちゃん、疲れたなら屋敷に戻っても」
「わん! わたしも最後まで探す!」
「……ありがとうございます」

 シメオンは、ライラちゃんにお礼を言った。
 それにしても見つからない。

『アシュト、ツカレタ?』
「んー……少しな」
『ソッカ。オラ、マダマダガンバレル』
「あはは。ありがと、フンババ───……んん?」

 フンババを見上げた瞬間、太陽の光に反射して何かが光った。
 フンババの頭に生えている木───そこが、キラキラ光っている。

「───……ッ、まさか」
「アシュト様?」
「シロ、フンババの頭の上、頼む」
『きゃんきゃん!!』

 シロも察したのか、フンババの頭に飛び乗り、何かを咥えて降りてきた。
 シロが咥えていたのは、黄金のブローチ。

「───……あ!! こ、これ、これだ!! わぁぁぁぁっ!!」
「よかった……見つかった」
「え、え……お兄ちゃん、どこにあったの?」

 俺は、ライラちゃんの頭を撫でながら言う。

「フンババの頭の上さ。頭の木に、ブローチが引っかかってたんだ」
「そ、そんなところに」

 シメオンは、ブローチをしっかり付けて優しく撫でる。
 もう二度と外れないように、しっかりと押さえていた。

『オラ、キヅカナカッタ……ゴメン』
「フンババのせいじゃないよ。でも、見つかってよかった」
「アシュト様……ありがとうございます!!」
「うん。お礼は、ここにいるみんなに頼むよ」
「はい!! アシュト様、ライラさん、フンババさん。柴犬のみんな、シロさん……本当に、ありがとうございます!!」

 こうして、無くしたブローチ(竜騎士の紋章)探しは終わった。
 シメオンは、もう二度と無くさないように紋章の留め金を強化したようだ。
 失くしたことも、騎士団には内緒だ。俺とライラちゃん、シメオンだけの秘密である。
 それにしても……竜騎士の新人、いろいろ大変な奴が多いなぁ。
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