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炎の迷宮『業火灰燼』⑤/魔界貴族侯爵『断鋏』のシェリンプ

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 まずい。
 デスゲイズは、今のロイでは『侯爵級』と真正面から対峙するのは早い。そう考えていた。
 『時空矢アイオーン』を使えたのには驚いた。だが、ロイの弓矢の本領はあくまで『狙撃』であり、真正面からの戦闘には向いていない。
 いつだって、ロイは数キロ先からの狙撃で、格上の魔獣も倒してきた。
 だが───このシェリンプは、侯爵級の中でも、バリバリの戦闘タイプ。

「『シュプリンガー』……さぁ、遊びましょうか」

 シェリンプの手に、両手持ちの巨大な『ハサミ』が現れる。
 銀色の、薔薇の装飾が施されたハサミだ。大きさはシェリンプと同じくらいで、160㎝はある。

『この大馬鹿が……いくらエレノアに危機が迫っているからと、自分の身を危険に晒してどうする!! まずい。我輩の存在に気付かれはしていないが……それも時間の問題。仕方ない……ロイ、逃げることだけを考えろ。この際、我輩の正た「黙ってろ」……は?』

 ロイは、狩人のままだった。 
 ロイの眼が冷酷な光を帯びている。ベルーガがエレノアを傷つけた時と同じ眼だ。
 そして、矢筒に手を伸ばし、五本の矢を抜いて、それぞれの矢を指で挟む。

『ま、まさか……狩るつもりか!? バカな、こいつはベルーガとは違う、正真正銘の強敵だ。何度も言うが、魔界貴族を舐めるな!! 今のお前では「うるさい」……なっ』

 ロイは、矢の一本を番えシェリンプに向ける。

「あらぁ? あなた、聖剣士じゃないの? 弓矢って……あのね? 魔族は聖剣じゃないと、傷なんて」

 音が消えた。
 無音で飛んだ矢は、シェリンプの右腕を肘から吹き飛ばした。

「───……ッッッ!?」
『に、二発目の『暴食グラトニー』……しかも、音を喰らう『音無矢セイレーン』を……」

 ロイの手には、四発の『音無矢セイレーン』が握られていた。
 ベルーガと戦った時は、一発しか撃てなかった『暴食グラトニー』……今は、完全に使いこなしている。

『こいつ……』
「いきなりの不意打ち、酷いわね……お姉さんとお喋りしたくないのかしら?」

 シェリンプは腕を押さえるが、十秒もしないうちに新しい腕が生えてきた。
 ロイは、無言だった。
 それもそうだ。狩りをするのに、獲物である魔獣と仲良く喋る狩人がどこにいる?
 ロイは再び矢を番えるが。

「もういいわ。侵入者さん───真っ二つにしてあげる!!」

 魔力操作。
 恐ろしい形相をしたシェリンプが、ハサミを大きく開いてロイに迫る。
 卓越した魔力操作だ。そもそも、人間が『魔』を司る魔族に、魔力操作で勝てるはずがない。
 
「分かれナァ!!」

 上半身と下半身を挟んで真っ二つにするシェリンプ。
 シェリンプが好きな技。胴体からこぼれ落ちる内臓と、下半身から噴き出す鮮血を見るのが何よりも好きなシェリンプ。圧倒的な身体能力と魔力操作からの身体強化。人間にどうこうできる相手ではない───はず、なのだが。

「っごぱ!?」

 胴体がハサミに挟まれる瞬間、ロイは高速でしゃがみ回避。さらに、番えた矢が放たれ、シェリンプの顎から脳天にかけて突き刺さった。
 魔族の弱点は心臓。頭を潰されても死にはしない……が、さすがに脳を破壊されると、一時的に思考能力は落ちる。ほんの、数秒だが。
 その瞬間、ロイは消えた。
 驚くほど精密、緻密な魔力操作により、ドアを開けこの場から離脱したのだ。

「く、ぁ……な」

 なぜ、とどめを刺さない。
 そう思った瞬間、音もなく飛んできた矢が、シェリンプの両手首を貫通した。
 手首が落ち、ハサミがガランと落ちる。

「───…………」

 舐められて、いる。
 聖剣士でもない人間が、魔界貴族を、侯爵級を、『断鋏』のシェリンプを。
 ブチブチブチ、と、シェリンプの中で何かが切れた。

「く、ははは……はぁぁぁっっはっはっはっはぁぁぁ……こ、殺す……食い殺す!!」

 ベキベキべキと、シェリンプの身体が膨張する。
 ツノが生え、胴体が伸び、足が消失し鱗に包まれ、まるで蛇のような尾に。
 上半身は、変貌したシェリンプのままだ。だが、腕が八本も生えている。全ての手に、巨大なハサミが握られていた。

『出て来い、このクソ人間がァァァァァァァァァァァァァァァ───ッ!!』

 ◇◇◇◇◇

「なんだあれ……」
『…………』

 ロイは、シェリンプのいる制御室前から、ほんの十メートルも離れていない通路の影にいた。
 
『お前、どうしてとどめを刺さなかった』
「以前、熊を狩った時……脳天に矢が突き刺さって間違いなく殺したと思って近づいたら、起き上がって爪で引き裂かれそうになった。だから、どんな獲物でも、仕留める時は遠距離からにしている」
『なるほど。用心深い……』
「で、あれは?」

 シェリンプは、異形化した姿で木箱を破壊している。
 怒りで視野が狭くなり、ロイとデスゲイズが小声でしている会話も聞こえていない。

『あれは、『魔性化アドベンド』……魔族の切り札だ」
「切り札?」
『魔界貴族だけが使える、魔力による肉体の変貌だ。本来の姿とも言える』
「なるほど……まぁ」
『弱点は心臓ということに変わりない』
「だな」

 淡々としたロイに、デスゲイズは思わず聞いた。

『お前、恐怖はないのか? 聖剣士なら誰もが恐れる魔界貴族、魔族だぞ? それに、その魔力操作……お前、本当にどこで覚えた?』
「別に怖くないわけじゃない。狩りって、、安全圏からの狙撃って思ってるだろ? でも……一匹を狙っている間は、完全に無防備なんだ。以前、二キロ先のシカを仕留めようと集中しすぎて、足元にいた毒蛇に噛まれたことあるしな。怖いけど、それを出さないだけだ。それと、魔力操作は……よくわからん。狩りをしようと集中するようになったら、できるようになった」
『…………』
「じゃ、とどめを刺す」

 ロイは、矢筒から『魔喰矢グロトネリア』を抜いた。
 暴れ回るシェリンプに向け、静かに矢を番え、構える。
 
『本当に、お前は……』

 静かで、美しい魔力操作による身体強化だ。
 デスゲイズは、この魔力操作の精密さをようやく解読した。
 一般的な魔力操作は、全身に魔力を行き渡らせ、身体能力を向上させる技。
 だが、ロイの場合は違う。
 ロイは、血管、神経、筋繊維、一本一本に魔力を通し、《人間を構成する繊維》そのものを強化している。人間の身体を知り尽くした者による魔力操作。
 身体を知れば、どこに魔力を流せば、どこを強化できるかを知れる。
 魔力操作の桁が違う。
 ロイの素振りが下手くそな理由……それは、剣を真っ直ぐ振ろうと、無意識に魔力操作を使って身体強化をして、《真っ直ぐ》に振ろうと、素振りの最中に絶妙な指、腕、手首の操作で振りを矯正しようとして、素振りがブレてしまうのが原因だった。
 まっすぐ振る。それを無理やり直そうと、抜群の視力で素振りを見て、自分の素振りを直そうとした結果……普通の人間には、ブレブレの素振りに見えていたのだ。
 なぜ、こんなことができるのか。
 過酷な訓練。独特の生い立ち。何かのきっかけで覚醒。
 そんな、都合のいいものではない。

「───」

 ロイの矢が放たれた。
 矢は、暴れ回るシェリンプの背中を食い破り、心臓を喰らい貫通。

『ッカ───っぁ、この、私が……ぁ、あ、あ……あぁぁぁぁっ……ぱ、パレットアイズ、さま……ァァァァァァァァァァァァァァァ───ッ!!』
 
 シェリンプは、青い炎に包まれて完全消滅した。

「……ふぅ、終わり。って……やばいな、俺が倒しちゃったよ。こういうの、エレノアたち七聖剣士の役目だよな……どうしよう。誤魔化せるかな」
『…………』

 ロイが、こんなことをできる理由。
 卓越した弓の腕、身体強化、戦闘技術、魔力操作。
 
 ただの『才能』───……ただ、それだけだった。
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