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愛の支配③/現れし時

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 アオイは、校舎内を隠れながら進んでいた。
 腰には『短刀』形態の雷聖剣イザナギがある。狭い場所で振るう、暗殺型の形態だ。
 いざという場合に、校舎内でも振りやすい大きさにした。
 そして、常に『雷命』を発動させ、周囲の気配を探る。
 生物なら『生体電流』が流れている。アオイは、半径数百メートル以内なら、どんな生物でも感知することが可能だった。
 現在、校舎内に人は数えるほどしかいない。

「不審者……クソ、どういうヤツが不審者なのだ?」

 アオイは焦っていた。
 ロイが七聖剣士と戦い、周囲の目を引いている間。アオイは学園内を探り、魔界貴族が動く瞬間を探る。デスゲイズ曰く、『間違いなく学園内に魔界貴族がいる。偽のロイと、それ以外に』というのだ。
 だが、わからない。

「偽のロイ殿……こいつを探る」

 これしかない。
 そう思った瞬間、アオイの方に向かって走る人間を感知した。
 アオイは近くの空き教室に飛び込む。すると、反対側からも三人、こちらに向かってきた。

「あ、サリオス!!」
「エレノア、ユノ!! ちょうどよかった、手を貸してくれ。中央に魔界貴族が現れた。先輩たちが戦っている!!」
「わかった。ユノ、行くよ!!」
「うん。『ロイ』は隠れてて」
「あ、ああ。気を付けろよ」

 アオイの口元が歪んだ。
 まさか……この場に、『ロイ』がいるとは。
 エレノアたち三人は、ロイが戦っている中央に向かって走り出す。
 『ロイ』は、小さく息を吐いた。

「さーて……」

 『ロイ』が動き出した。
 今のアオイは『気配』を奪われている。ここにいることは気付かれていない。
 さらに、アオイは聖剣士としての訓練で、『暗殺者』の訓練も受けている。呼吸数を減らし、周囲の物と同化するように、存在を希薄化させる。
 『ロイ』は言った。

「外で暴れてるみたいだけど、何考えてるのかなー」

 女の声だった。
 『ロイ』ではない。
 すると、別の声がした。

「タイガ、こっちこっち」
「あ、シェンフー」
「そろそろ次の段階に移るって、アンジェリーナが言ってるよ。ふふ、校内すっごいことになるよ? 不純異性交遊!! くふふっ」
「なに始まるの?」
「愛を解放するって。男は飢え、女は欲情する聖域。バビスチェ様、子供たちに『愛』を振りまきたいんだってさ」
「じゃあ、この姿は終わり?」
「うん。八咫烏、変わり者の聖剣士ってことでみんな納得したみたい」
「ふーん。こいつの聖剣、けっこうすごい能力みたいだけど。デスゲイズっていう聖剣みたい」
「デスゲイズ? 変な名前ー」
「使い道あるかもだし、姿だけは覚えておくね。じゃ、行こっか」
「うん」

 気配が移動を開始した。
 アオイは、『雷命』で二人をマークする。
 生体電流の流れは同じになることはない。だが、この二人は全く同じだった。

(反撃開始だ……!)

 アオイは、暗殺者の如く動き出した。

 ◇◇◇◇◇◇

 ロイは、七聖剣士三人を相手に互角以上に戦っていた。
 まず……全ての攻撃を回避、受け流している。

「こ、コイツ……避けるのめっちゃ上手いし!! ぜんっぜん当たんない!!」

 ララベルが双短剣を構え、肩で息をする。
 スヴァルトも、鎖鎌を振り回しつつも呼吸が荒い。

「間違いなく公爵級だ。だが、嘆きの魔王の次は『愛の魔王』の手番だろ? おかしい……愛の魔王の手下は全員、女だったはずだ」

 ロセは、大戦斧を手に首を傾げる。

「それに、妙ねぇ? この魔族……私たちの攻撃を全て躱すけど、攻撃の手が弱い。魔法も使わないし、決め手に欠ける攻撃ばかりねぇ?」
『…………』

 本気で攻撃したら、先輩たちが怪我するからですよ。
 ロイはそう言いたかったが、言えない。
 というか、ロセたちが強くて攻撃に回れない。いや、回れるが手加減ができないという。
 すると、さらに厄介な事態になった。

「『灼炎楼・一閃』!!」
「!!」

 ロイはエレノアの斬撃を跳躍して躱す。
 すると、背後にユノがいた。

「『水祝』」
「ッ!!」

 ユノが二人いる。
 背後にいたユノではなく、斜め後ろにいたユノだ。
 サリオスが『光』の屈折で、ユノの位置をずらしていたのだ。
 斜め後ろから水が迫る。
 ロイは水に矢を放ち、その全てを奪った。

「えっ」

 ロイの手にある小さな矢に、ユノの水が全て封じられている。

『敵にすると本当に面倒な連中だ。アオイがいないのが救いだな……ロイ、全員と敵対した場合の模擬訓練として戦ってみろ』
(無茶言うな……!!)

 エレノア、ユノ、サリオス。
 ロセ、ララベル、スヴァルト。
 アオイを除いた七聖剣士が、ロイを包囲する。

『ふふ、成長したな。こうして対峙するとわかる』
(んなこと言ってる場合か!! さすがに、これだけの数……)

 逃げるか、戦うか。
 ロイは決めた。
 ユノの『水』が入っている矢を上空に発射。すると、解放された水が雨のように降り注ぐ。
 一瞬だけ気を取られた六人。その隙に、ロイは本気でその場から離脱した。

「は、速い……ッ!?」
「見て、あそこ!!」

 ロイは物置小屋の屋根に。
 そして、そのまま建物の裏に消え、全速力で走り出した。

『どこへ行く?』
「とにかく逃げる!! アオイの気配を探しつつな!!」
『む、来たぞ。やはり熱を感知するエレノアは、お前の居場所を瞬時に見つけたようだ』
「くっそ、エレノアのやつ……俺が八咫烏だって気付けよ!!」
『認識を変えられている。む……見ろ、それだけじゃない』
「え?」

 ロイのすぐ後ろにいたエレノアが急停止し、胸を押さえた。
 そして、追いついたユノ、ロセ、ララベル、サリオス、スヴァルト。
 全員が、胸を押さえ呼吸が荒い。

(な、何だ……?)
「は、はっ、は、はっ……な、なに、これ……あ、アツイ」
「ぅ、ぅ……」

 エレノアとユノが、顔を真っ赤にして腰を抜かした。
 サリオスも、フラフラしながら膝をついてしまう。
 ロセは、フラフラしながらスヴァルトに寄り掛かり、ララベルもスヴァルトに寄り掛かる。

「ぅ、ぁ……」
「っぐ、お、お前ら……よ、寄るな、ヤバい」
「あ、ぅ……あ、す、スヴァルト……」

 明らかに、異常事態だ。
 ロイは思う。

「まさか、ネルガルのような『疫病』が……!?」
『……違う。これは』
「は、離れろ!! クソ、サリオス、来い!!」
「うぁっ」

 スヴァルトは、サリオスの襟を掴んでどこかへ消えた。
 そして、エレノアたちは、ぐったりしながら涙目でロイを見た。

「や、やだぁ……なに、これぇ」
「うぁぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……く、ぅ」
「ぁぁ~……」

 艶めかしい声、仕草、表情だった。
 思わずロイは顔をそむける。
 すると、デスゲイズが言う。

『発情している。メスの香りだ』
「……は?」
『なるほどな。第三の聖域は、女を発情させ、男を狂わせる聖域か……バビスチェめ、相変わらず最低な趣味だ。ロイ、早くこの聖域を解除しないと、こいつらはオスを求めて動き回るぞ』
「なっ」
『愛。それがバビスチェの存在意義……愛は全てを狂わせる。そうやって、バビスチェは人間の国をいくつも滅ぼしてきた』
「…………」
『認識を変えれば、愛する男以外の男を受け入れ、感情を増幅させれば本能に抗えない。どうする、ロイ』
「…………決まってるだろ」

 ロイは、矢を四本同時に発射。
 エレノアたちに刺さり、ロイの手元へ戻ってくる。
 すると、エレノアたちは呆然としたまま、フラフラ立ち上がった。

『感情を奪ったのか……』
「やりたくない。やりたくなんてない!! でも……こうするしかなかった。ちくしょう!!」

 そして、二撃目の矢で意識を奪い、近くの藪にエレノアたちを隠した。

「聖域を解除したら起こしに来る。それまで待っててくれ」

 ロイは、エレノアとユノの頭をそっと撫でる。
 そして、アオイがいる校舎に視線を向けた。

「アオイもヤバいかもしれない。デスゲイズ、急ぐぞ!!」
『ああ。バビスチェ……本当に厄介な相手だ』

 ロイは、全速力で走り出した。
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