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アンダンテ・ノクターン②/血の過去
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ろくでもない生まれだったのは、間違いない。
夜の国ナハト。そこは、吸血鬼が支配する王国。
スヴァルトは、娼婦だった母親と、城下にお忍びで遊びに来た国王との間に生まれた子供だった。
娼婦、という仕事はナハト王国では珍しいものではない。
吸血鬼───ヴァンパイアには、性衝動がある。
吸血鬼はナハト王国の貴族だけなので、平民である人間が性の捌け口になり、大金を稼ぐというのも珍しい話ではない。
そして、吸血鬼の貴族と、平民の女性の間に子供が生まれるという話も。
たまたま貴族ではない、王族と娼婦の間に子供ができるのも、ありふれた話だった。
「いい? あなたは王様の子供なの。でも……そのことを、言っちゃダメよ」
スヴァルトの母は、いつもそんなことを言っていた。
スヴァルトが生まれてから、娼婦という仕事は辞めた。小さな宿屋で給仕をして働き、粗末な小屋でスヴァルトと二人で慎ましい生活を送っていた。
スヴァルトは五歳。力も、何もない。ただの子供だった。
母は、いつも言っていた。
「スヴァルト。あなたはヴァンパイアの血が入った子供。いつかきっと、衝動に抗えない時がきっとくる。女の子に手を出してしまう時がきっとくる。でもね、優しくありなさい。紳士でいなさい。どんなことがあっても、誰に対しても、あなたは立派な男でありなさい」
子供だったスヴァルトに、意味はよくわからなかった。
でも、スヴァルトの世界で母の言葉は絶対だった。
女性に優しく。スヴァルトは、母の言葉が大好きだった。
だが───ある日、スヴァルトと母の生活は、砕け散る。
「間違いありません。金色の瞳……ナハト王族の眼です。女、貴様……七年前に取った客の子で、間違いないな?」
「は、はい……す、スヴァルトは私の子供です」
「連れていけ」
「お、おかあさんっ!!」
「す、スヴァルト!!」
スヴァルトは、母親と引き剥がされた。
ナハト王城に連れて行かれたスヴァルトを待っていたのは、英才教育だった。
勉強、剣技、勉強、剣技……なぜ、こんなことをやらされるのか。
理解する暇もなく、あっという間に五年。
スヴァルトは十二歳になった。
そして、五年経って初めて、自分の父親と、父親の子供だという兄妹たちが二十人以上いることを知った。
子供たちが全員集められると、厳重な封印を施された『剣』が運ばれてきた。
その剣を見た瞬間、スヴァルトはゾッとした。
「すげえ!!」「あれが聖剣……」「かっこいい!!」
「おれが所持者になるんだ!!」「ふん、あたしよ!!」
兄弟たちは、なぜか興奮していた。
怯えていたのは、スヴァルトだけだった。
なぜ、あんな禍々しい『闇』を、兄弟たちは欲しがるのか。
触れるのも、見るのも嫌だった。が……聖剣の封印が解かれると、闇聖剣アンダンテは禍々しい『闇』を纏いながら、スヴァルトの前に現れた。
「ひっ……!? く、来るなッ!!」
『…………』
スヴァルトの拒絶を嘲笑うかのように、闇聖剣アンダンテはスヴァルトを選んだ。
こうして、スヴァルトは……『闇聖剣アンダンテ』の所有者となった。
◇◇◇◇◇◇
七聖剣士に選ばれたスヴァルトは、これまで以上に訓練に打ち込んだ。
一つ、頑張れる理由があった。
「おい、おふくろへの送金は?」
「はい。もちろん、今月もしっかり支払い済みです」
「フン、そうか」
七聖剣士として戦う代わりに、母親への支援を約束させた。
新しい家を用意し、毎月お金を送金する。
きっと、今頃はのんびり過ごしていることだろう。
話によると、国王である父親も、母に会いに向かったと聞いた。
「…………おふくろ」
会いたかった。が……母の面会は禁じられていた。
それに、スヴァルトも忙しかった。エルフリア王国や、オースト帝国へ向かう用事もある。
そこでは、同期となるロスヴァイセ、ララベルとの出会った。
スヴァルトが十五歳になると、聖剣レジェンディア学園への入学が決まった。
学園へ向かえば、しばらくは帰れない。
スヴァルトは王城を抜け出し……母親が住んでいる家へ向かった。
が……そこで、スヴァルトは見た。
「……ああ? 待てよ、なんでおふくろがいねぇ? ここじゃねぇのか……?」
スヴァルトが買ったはずの家には、知らない家族が住んでいた。
この時───妙に胸騒ぎがした。
スヴァルトは、嫌な予感がして、かつて住んでいたあばら家へ向かった。
そこで見たのは。
「……お、おふくろ」
「…………」
骨と皮のような姿で、粗末なベッドで寝ていた母親だった。
ようやく気付いた。
支援なんて全て噓。父である国王は会いにくるどころか存在すら忘れていた。
母親は、死にかけていた。
病に侵され、ろくに働けなくなり、残飯を食べて暮らしていたのだ。
「お、おふくろッ!!」
「……ぁ、あ、だれ、だい?」
「オレだ!! スヴァルト、スヴァルトだ!! あんたの息子だ!!」
「……ぁぁ、そうかい、立派に、なって」
肌も、髪艶もなく、死にかけの母親。
スヴァルトは涙が流れた。
新しい家でのんびり生活していると思っていた。もしかしたら新しい出会いがあるかもと、勝手に期待していた。母親のためなら頑張れた。五年間聖剣を振るっても『形状変化』すらできないと馬鹿にされても頑張れた。
だが、スヴァルトは裏切られた。
「いけませんな、王子……ここに来てはダメでしょう」
すると、小屋に誰かが入って来た。
スヴァルトの教育係の聖剣士が二人。
スヴァルトは、まだ一度もこの二人に勝ったことがない。
「……どうしてだ」
「はい?」
「どうして、おふくろがここにいる!!」
「それはもちろん、あなたやナハト王国に『必要ない』からですよ。七聖剣士であるあなたに大事なのは、ナハト王国のために剣を振るうこと。人間の母親など必要ないでしょう。母親が必要なら用意しますよ」
「……本気で、言ってんのか」
「ええ。さぁ、戻りますよ王子。明日から聖剣レジェンディア学園に向かうのですから」
「───……」
ぷつんと、何かがキレたような気がした。
気が付くと、『鋸剣』が手にあり、刃が激しく回転していた。
「王子……全く、聞き分けのない」
「…………」
「仕方ない。少し、痛い目にあってもらいます」
聖剣士二人が剣を抜き、スヴァルトに向かってきた。
◇◇◇◇◇◇
この日、ナハト王国に在籍する聖剣士の三割が半殺しにされた。
全く答えなかった《闇聖剣アンダンテ》は、戦闘開始から数時間で四つの形態を獲得。同時に、吸血鬼の性衝動、破壊衝動が全開となったスヴァルトは暴れに暴れ、当時のナハト王国最強の聖剣士の四肢を斬り落とし、顔面を鷲掴みにして玉座の間に乗り込み、王に向かって死にかけの聖剣士を投げつけた。
血に染まる玉座。
初めて見るスヴァルトの父親。
そんなことどうでもいいのか。怯える国王に対し殺気をばら撒くスヴァルトと、それに応えるように闇を放つアンダンテ。
スヴァルトは言う。
「おふくろを何とかしろ。じゃねぇと、オレがこの国を滅ぼしてやる!!」
こうして、スヴァルトはナハト王国から恐れられる存在となった。
母親は一命をとりとめたが……今になっても、目を覚ますことはない。
◇◇◇◇◇◇
スヴァルトは走っていた。
「クソクソクソクソクソ!! 収まれ、納まれ、治まれ、修まれ……消えろ、消えろ!!」
走りながら、胸をどんどん叩く。
吸血鬼の性衝動、破壊衝動が、身体の内側から登ってくる。
母親をないがしろにされた時、スヴァルトは一人でナハト王国の七聖剣士三割を壊滅させた。その時……男は斬り刻まれ、女は欲望のまま襲われたらしい。
もう、二度とあんな自分に戻りたくない。
だが、アンダンテが震えた。
『モット自分ヲ解放シロ』
と、答えたような気がしたのである。
走っていると、背後からアンジェリーナの気配が。
「『薔薇茨』」
「ッ!!」
スヴァルトの足に、茨が絡みつく。
両足が固定され動けなくなり、一瞬で接近したアンジェリーナの一閃を、スヴァルトはアンダンテで防御する。
「卑怯とは言わせんぞ!!」
「くっ……!?」
アンジェリーナの首筋、腕、胸、顔……それらが、スヴァルトを刺激する。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
スヴァルトは、自分の内側からあふれてくる《衝動》を、必死に押さえていた。
夜の国ナハト。そこは、吸血鬼が支配する王国。
スヴァルトは、娼婦だった母親と、城下にお忍びで遊びに来た国王との間に生まれた子供だった。
娼婦、という仕事はナハト王国では珍しいものではない。
吸血鬼───ヴァンパイアには、性衝動がある。
吸血鬼はナハト王国の貴族だけなので、平民である人間が性の捌け口になり、大金を稼ぐというのも珍しい話ではない。
そして、吸血鬼の貴族と、平民の女性の間に子供が生まれるという話も。
たまたま貴族ではない、王族と娼婦の間に子供ができるのも、ありふれた話だった。
「いい? あなたは王様の子供なの。でも……そのことを、言っちゃダメよ」
スヴァルトの母は、いつもそんなことを言っていた。
スヴァルトが生まれてから、娼婦という仕事は辞めた。小さな宿屋で給仕をして働き、粗末な小屋でスヴァルトと二人で慎ましい生活を送っていた。
スヴァルトは五歳。力も、何もない。ただの子供だった。
母は、いつも言っていた。
「スヴァルト。あなたはヴァンパイアの血が入った子供。いつかきっと、衝動に抗えない時がきっとくる。女の子に手を出してしまう時がきっとくる。でもね、優しくありなさい。紳士でいなさい。どんなことがあっても、誰に対しても、あなたは立派な男でありなさい」
子供だったスヴァルトに、意味はよくわからなかった。
でも、スヴァルトの世界で母の言葉は絶対だった。
女性に優しく。スヴァルトは、母の言葉が大好きだった。
だが───ある日、スヴァルトと母の生活は、砕け散る。
「間違いありません。金色の瞳……ナハト王族の眼です。女、貴様……七年前に取った客の子で、間違いないな?」
「は、はい……す、スヴァルトは私の子供です」
「連れていけ」
「お、おかあさんっ!!」
「す、スヴァルト!!」
スヴァルトは、母親と引き剥がされた。
ナハト王城に連れて行かれたスヴァルトを待っていたのは、英才教育だった。
勉強、剣技、勉強、剣技……なぜ、こんなことをやらされるのか。
理解する暇もなく、あっという間に五年。
スヴァルトは十二歳になった。
そして、五年経って初めて、自分の父親と、父親の子供だという兄妹たちが二十人以上いることを知った。
子供たちが全員集められると、厳重な封印を施された『剣』が運ばれてきた。
その剣を見た瞬間、スヴァルトはゾッとした。
「すげえ!!」「あれが聖剣……」「かっこいい!!」
「おれが所持者になるんだ!!」「ふん、あたしよ!!」
兄弟たちは、なぜか興奮していた。
怯えていたのは、スヴァルトだけだった。
なぜ、あんな禍々しい『闇』を、兄弟たちは欲しがるのか。
触れるのも、見るのも嫌だった。が……聖剣の封印が解かれると、闇聖剣アンダンテは禍々しい『闇』を纏いながら、スヴァルトの前に現れた。
「ひっ……!? く、来るなッ!!」
『…………』
スヴァルトの拒絶を嘲笑うかのように、闇聖剣アンダンテはスヴァルトを選んだ。
こうして、スヴァルトは……『闇聖剣アンダンテ』の所有者となった。
◇◇◇◇◇◇
七聖剣士に選ばれたスヴァルトは、これまで以上に訓練に打ち込んだ。
一つ、頑張れる理由があった。
「おい、おふくろへの送金は?」
「はい。もちろん、今月もしっかり支払い済みです」
「フン、そうか」
七聖剣士として戦う代わりに、母親への支援を約束させた。
新しい家を用意し、毎月お金を送金する。
きっと、今頃はのんびり過ごしていることだろう。
話によると、国王である父親も、母に会いに向かったと聞いた。
「…………おふくろ」
会いたかった。が……母の面会は禁じられていた。
それに、スヴァルトも忙しかった。エルフリア王国や、オースト帝国へ向かう用事もある。
そこでは、同期となるロスヴァイセ、ララベルとの出会った。
スヴァルトが十五歳になると、聖剣レジェンディア学園への入学が決まった。
学園へ向かえば、しばらくは帰れない。
スヴァルトは王城を抜け出し……母親が住んでいる家へ向かった。
が……そこで、スヴァルトは見た。
「……ああ? 待てよ、なんでおふくろがいねぇ? ここじゃねぇのか……?」
スヴァルトが買ったはずの家には、知らない家族が住んでいた。
この時───妙に胸騒ぎがした。
スヴァルトは、嫌な予感がして、かつて住んでいたあばら家へ向かった。
そこで見たのは。
「……お、おふくろ」
「…………」
骨と皮のような姿で、粗末なベッドで寝ていた母親だった。
ようやく気付いた。
支援なんて全て噓。父である国王は会いにくるどころか存在すら忘れていた。
母親は、死にかけていた。
病に侵され、ろくに働けなくなり、残飯を食べて暮らしていたのだ。
「お、おふくろッ!!」
「……ぁ、あ、だれ、だい?」
「オレだ!! スヴァルト、スヴァルトだ!! あんたの息子だ!!」
「……ぁぁ、そうかい、立派に、なって」
肌も、髪艶もなく、死にかけの母親。
スヴァルトは涙が流れた。
新しい家でのんびり生活していると思っていた。もしかしたら新しい出会いがあるかもと、勝手に期待していた。母親のためなら頑張れた。五年間聖剣を振るっても『形状変化』すらできないと馬鹿にされても頑張れた。
だが、スヴァルトは裏切られた。
「いけませんな、王子……ここに来てはダメでしょう」
すると、小屋に誰かが入って来た。
スヴァルトの教育係の聖剣士が二人。
スヴァルトは、まだ一度もこの二人に勝ったことがない。
「……どうしてだ」
「はい?」
「どうして、おふくろがここにいる!!」
「それはもちろん、あなたやナハト王国に『必要ない』からですよ。七聖剣士であるあなたに大事なのは、ナハト王国のために剣を振るうこと。人間の母親など必要ないでしょう。母親が必要なら用意しますよ」
「……本気で、言ってんのか」
「ええ。さぁ、戻りますよ王子。明日から聖剣レジェンディア学園に向かうのですから」
「───……」
ぷつんと、何かがキレたような気がした。
気が付くと、『鋸剣』が手にあり、刃が激しく回転していた。
「王子……全く、聞き分けのない」
「…………」
「仕方ない。少し、痛い目にあってもらいます」
聖剣士二人が剣を抜き、スヴァルトに向かってきた。
◇◇◇◇◇◇
この日、ナハト王国に在籍する聖剣士の三割が半殺しにされた。
全く答えなかった《闇聖剣アンダンテ》は、戦闘開始から数時間で四つの形態を獲得。同時に、吸血鬼の性衝動、破壊衝動が全開となったスヴァルトは暴れに暴れ、当時のナハト王国最強の聖剣士の四肢を斬り落とし、顔面を鷲掴みにして玉座の間に乗り込み、王に向かって死にかけの聖剣士を投げつけた。
血に染まる玉座。
初めて見るスヴァルトの父親。
そんなことどうでもいいのか。怯える国王に対し殺気をばら撒くスヴァルトと、それに応えるように闇を放つアンダンテ。
スヴァルトは言う。
「おふくろを何とかしろ。じゃねぇと、オレがこの国を滅ぼしてやる!!」
こうして、スヴァルトはナハト王国から恐れられる存在となった。
母親は一命をとりとめたが……今になっても、目を覚ますことはない。
◇◇◇◇◇◇
スヴァルトは走っていた。
「クソクソクソクソクソ!! 収まれ、納まれ、治まれ、修まれ……消えろ、消えろ!!」
走りながら、胸をどんどん叩く。
吸血鬼の性衝動、破壊衝動が、身体の内側から登ってくる。
母親をないがしろにされた時、スヴァルトは一人でナハト王国の七聖剣士三割を壊滅させた。その時……男は斬り刻まれ、女は欲望のまま襲われたらしい。
もう、二度とあんな自分に戻りたくない。
だが、アンダンテが震えた。
『モット自分ヲ解放シロ』
と、答えたような気がしたのである。
走っていると、背後からアンジェリーナの気配が。
「『薔薇茨』」
「ッ!!」
スヴァルトの足に、茨が絡みつく。
両足が固定され動けなくなり、一瞬で接近したアンジェリーナの一閃を、スヴァルトはアンダンテで防御する。
「卑怯とは言わせんぞ!!」
「くっ……!?」
アンジェリーナの首筋、腕、胸、顔……それらが、スヴァルトを刺激する。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
スヴァルトは、自分の内側からあふれてくる《衝動》を、必死に押さえていた。
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