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前夜

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「いよいよ明日は魔王戦ですね。早いものです」

 夜空を彩る満点の星々とそんな空を飛翔するドラゴンの群れ。

「ごちそうさま。それじゃ僕は先に寝ます」

 うっすらと雪が積もり、近くの山脈から風が吹き木々を揺らす。

「おやすみなさい」

 魔王城近くの森に拠点を設けた私たちーー勇者パーティーは暖を取るために焚き火を囲みお茶を飲んでいた。

「おやすみなさい」

「おう。風邪ひくなよ」

 お茶を飲み終えたハンスが寝袋に入った。いつも通りの順番。ハンスが1番先に眠って、3時間交代で見張りを替わる。私とワタルはいつも通りハンスに挨拶してからお茶を啜った。

「……」

「……」

 静かな時間が流れる。ドラゴンの鳴き声、風に揺れ擦れ合う木の葉の音ーー静か。非常に心地いい……はずなのに、私の内側は違った。

『これがワタルと過ごす最後の夜』

 そう思ったら心臓がうるさく鳴り響いた。

(ど、)

 緊張で視野が狭まり何も考えられなくなった。

(どうしよう……)

 ワタルへの気持ちに気がついて半年、色んなワタルを見た。

"ギャッギャッ!!"

"お尻ぺんぺんだと……舐めんな!"

 ゴブリンに挑発されてムキになって敵の罠である落とし穴にハマったりとすぐに感情的になる所、

"大丈夫だ"

 だけど、親を魔族に殺されて悲しむ子供と一緒になって泣いたりもしていた。それに、

"サ、サン!お、お腹が……か、回復魔法をぉぉ"

 ちょっとでも冷やすとすぐにお腹を壊すくせに「汗をかきたくない」という理由で冬になっても半袖半ズボン姿のワタルがゾンビのような青白い顔でお腹を抑えて回復魔法を求めてきたこともあった。

「……」

 話したいことなんていくらでもあるはずなのに、思い出が巡るたびに、ワタルのことが愛おしくなって

『伝えたい』

 という想いが強くなっていって、

(ああ……ぅぅ……)

「言わない」と決めた覚悟と「伝えたい」という想いがぶつかって頭の中で激しい論争が展開した。その結果、

(もうどうにでもなれ!)

 訳がわからなくなり勢いに任せてしまうことにした。

「……わ、ワタ」

「サン!」

 勢いに任せてワタルの名前を呼んだ時、ほぼ同時にワタルが私の名前を呼んだ。

「見ろよ!」

 そして夜空を指差した。

「流星だ!」

 木々の間から水色に輝く星が東から西へ流れる空を見て、

「……明日は生きて帰れるかわからないって不安だったけど」

 笑顔を浮かべた。

「なんか少しだけ大丈夫かなって思えてきたわ」

 そんな笑顔のワタルと視線があった。

(何をやってるんだろう。私は……)

 魔族を束ね、人族国家へと侵攻し50年ーー大陸の3分の2を支配する魔王軍の長にして、歴史に名を刻む英傑たちを葬り去ってきた最強の存在である『魔王』

(不安にならないはずがないのに)
 
 そんな魔王を倒せるのは「勇者」のみだ。ワタルが死ねば私たち人族は滅びるしかない。

「……」
 
 私は一度、目を瞑った。

(今、大事なのは……)

 それからしばらく閉じていた目を開き、

「うん!大丈夫!私たちなら勝てる!」

 喉まで出かかった"想い"を飲み込んで笑った……でも、私は後になってこの時のことをものすごく後悔した。
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