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20 街並み
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村のおばさん2人に押し切られる形で、シエルは両腕いっぱいに野菜と果物を抱えて、憩いの森を出た。
カレーム先生に教わった布職人の家には、市場まで戻り、港へ向かう大通りを通らなければならい。予想以上に荷物が増え、更に上り坂となった帰り道は、進まない。疲れの抜けきらない身体が悲鳴をあげていた。
(足がもう上がらない。筋肉痛でぷるぷる震えている・・・・・・。これじゃあ間に合わないわ!)
どうにか大通りとの分岐路まで戻った時には、もう一歩も動きたくないし、動ける余力も残っていなかった。
シエルは悩んだものの、 荷馬車に相乗りさせてくれるよう頼むことにした。何度か断られたものの、野菜を分けることで、なんと馬車へ便乗させて貰えることになった。
口髭と顎髭が素敵な老紳士は、柄のない落ち着いたグレーのコートに、クラバットをきっちり結んでいた。華美なレースや装飾品を身につけてはいないものの、清潔感と柔らかで着心地の良さげなモスリン地からは、品の良さが溢れ出ていた。
「大変助かりました。ありがとうございます。私シエルと申します」
「いえいえ、困った時はお互い様でしょう」
帽子を軽くあげて応じてくれた。馬車に乗っている間、老紳士はこの街のことを教えて欲しいという。
「このバールゥクポートストリートを訪れるのは随分久しぶりでね、すっかり変わってしまっていて、何だか知らない街に来たみたいに心細く感じてしまってね・・・・・・」
手に持ったステッキをぎゅと握りしめる老紳士は、しみじみと語ってくれた。
「あの、この街は、ティラスポートではありませんでした?」
「あぁ、そうでしたな。もう50年以上前になりますが、このあたりはバールゥク職人で溢れていてね、そう呼ばれていたんです。ほら、ちょうど左手に木造の建物が何軒か見えるでしょう」
「えぇ、分かります!港へ近づくほど、石造りが減り、真っ白の建物が多くなっているのに、あそこだけどうして木造なのか気になっていたんです」
「そうか、そうか、若い人は興味なぞ無いと思っていたが・・・・・・。あそこは、元々端材を利用して作られた職人街だったんです。遠方から通うのは大変で、仮小屋として作った休憩所が始まりでね、余所者は嫌がられると思うだろう?ところが、飲み食いは豪快だが気前がよく、何でも頼めば作ってくれてね、すぐ馴染んでいったんです」
目を細めて思い出話に花を咲かせる老紳士は、とても生き生きとしてみえた。微かに残ったかつての面影を見つけては、宝物のように胸にしまっていく。シエルにはそんな風に感じられて、少し羨ましかった。
(私には、こんな風にいつか懐かしさを覚えるような思い出は無いわ・・・・・・)
「他にも、漆喰の壁に木骨の建物、屋根が赤レンガの建物がまだ何軒か残ってるだろう。あの辺は、今はもう無いブラウ二国の建築様式でね・・・・・・」
老紳士が指さした先は、広場の先だった。ちょうど布職人の家がある通りの目印だった。
「ブラウニ国?私は聞いたことがございません。ただ、ちょうどその辺りなんです、私の訪問先は」
「聞いたことがないと?!家庭教師から習わなかったのですか?君が訪ねる相手は、旧ブラウニ国の子孫かも知れぬ。時間が無いから、一つだけ覚えておいて欲しい」
「えぇ、なんでしょうか」
「残念じゃが、イートポーテル国民やラム教徒というだけで、恨みを持つ者も少なからずいる。特にラム教のお嬢に基づく行動は人前でしないよう気をつけて欲しい」
「分かりました。ありがとうございます!」
再度お礼を言って、シエルはゆっくりと停車した馬車から降りた。メモを頼りに布職人の家を探す。
シエルの頭の中は、「はて、ラム教の教えとは?」状態だった。修道院に通っていながら、最低限の祈りの作法しか知らなかったのだ。興味なかったのよ、と誰にともなく言い訳をする。片手に抱えた包みをぎゅと抱き寄せた。
(仕方ないわ、騒がれそうになったら果物を転がして逃げようかしらね)
カレーム先生に教わった布職人の家には、市場まで戻り、港へ向かう大通りを通らなければならい。予想以上に荷物が増え、更に上り坂となった帰り道は、進まない。疲れの抜けきらない身体が悲鳴をあげていた。
(足がもう上がらない。筋肉痛でぷるぷる震えている・・・・・・。これじゃあ間に合わないわ!)
どうにか大通りとの分岐路まで戻った時には、もう一歩も動きたくないし、動ける余力も残っていなかった。
シエルは悩んだものの、 荷馬車に相乗りさせてくれるよう頼むことにした。何度か断られたものの、野菜を分けることで、なんと馬車へ便乗させて貰えることになった。
口髭と顎髭が素敵な老紳士は、柄のない落ち着いたグレーのコートに、クラバットをきっちり結んでいた。華美なレースや装飾品を身につけてはいないものの、清潔感と柔らかで着心地の良さげなモスリン地からは、品の良さが溢れ出ていた。
「大変助かりました。ありがとうございます。私シエルと申します」
「いえいえ、困った時はお互い様でしょう」
帽子を軽くあげて応じてくれた。馬車に乗っている間、老紳士はこの街のことを教えて欲しいという。
「このバールゥクポートストリートを訪れるのは随分久しぶりでね、すっかり変わってしまっていて、何だか知らない街に来たみたいに心細く感じてしまってね・・・・・・」
手に持ったステッキをぎゅと握りしめる老紳士は、しみじみと語ってくれた。
「あの、この街は、ティラスポートではありませんでした?」
「あぁ、そうでしたな。もう50年以上前になりますが、このあたりはバールゥク職人で溢れていてね、そう呼ばれていたんです。ほら、ちょうど左手に木造の建物が何軒か見えるでしょう」
「えぇ、分かります!港へ近づくほど、石造りが減り、真っ白の建物が多くなっているのに、あそこだけどうして木造なのか気になっていたんです」
「そうか、そうか、若い人は興味なぞ無いと思っていたが・・・・・・。あそこは、元々端材を利用して作られた職人街だったんです。遠方から通うのは大変で、仮小屋として作った休憩所が始まりでね、余所者は嫌がられると思うだろう?ところが、飲み食いは豪快だが気前がよく、何でも頼めば作ってくれてね、すぐ馴染んでいったんです」
目を細めて思い出話に花を咲かせる老紳士は、とても生き生きとしてみえた。微かに残ったかつての面影を見つけては、宝物のように胸にしまっていく。シエルにはそんな風に感じられて、少し羨ましかった。
(私には、こんな風にいつか懐かしさを覚えるような思い出は無いわ・・・・・・)
「他にも、漆喰の壁に木骨の建物、屋根が赤レンガの建物がまだ何軒か残ってるだろう。あの辺は、今はもう無いブラウ二国の建築様式でね・・・・・・」
老紳士が指さした先は、広場の先だった。ちょうど布職人の家がある通りの目印だった。
「ブラウニ国?私は聞いたことがございません。ただ、ちょうどその辺りなんです、私の訪問先は」
「聞いたことがないと?!家庭教師から習わなかったのですか?君が訪ねる相手は、旧ブラウニ国の子孫かも知れぬ。時間が無いから、一つだけ覚えておいて欲しい」
「えぇ、なんでしょうか」
「残念じゃが、イートポーテル国民やラム教徒というだけで、恨みを持つ者も少なからずいる。特にラム教のお嬢に基づく行動は人前でしないよう気をつけて欲しい」
「分かりました。ありがとうございます!」
再度お礼を言って、シエルはゆっくりと停車した馬車から降りた。メモを頼りに布職人の家を探す。
シエルの頭の中は、「はて、ラム教の教えとは?」状態だった。修道院に通っていながら、最低限の祈りの作法しか知らなかったのだ。興味なかったのよ、と誰にともなく言い訳をする。片手に抱えた包みをぎゅと抱き寄せた。
(仕方ないわ、騒がれそうになったら果物を転がして逃げようかしらね)
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