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35 サバラン視点

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サバランはこめかみを押さえ、もう一度書類に目を通す。黒い花が最初に目撃されて半月が経ち、情報はどんどん集まるようになった。あちこちで黒い花が咲いているにも関わらず、父上も周囲の役人達も全く意に介さず、「黒い花が咲き誇っているなんて珍しい!これは宴を催してぜひ鑑賞せねば」と浮き足立っている。黒い花を祭りか何かと勘違いしている分には構わないが、こちらにしわ寄せが来るのは腹立たしい。


「少し休まれたらどうです?貧乏揺すりされているようですから、よほど苛立つことでも?」


いつの間にか目の前に来ていたらしいジルバがにやりと笑って直立していた。身にまとった深紫のコートには、擦ったような傷と葉がついている。コートの下には鎧を着ているのが目にとまった。サバランは書類へ顔を戻しながらそんざいに答える。


「ふんっ、面白そうに聞くな。意見書を読まれた形跡もなく返却され、母はこんな時期なのに弟のお披露目の儀を延期を拒否し、隣国から客人を呼んで大々的にやるそうだ。財政難だと、私の時は自国の貴族達もろくに呼ばなかったというのに」
「それは散々な結果ですね。心苦しいですが、悪い報告が2つと、比較的良い報告が1つありますが、どちらから聞かれます?」
「急ぎの要件から話せ」


ジルバは仰せのままに、と軽くお辞儀して報告をはじめた。


「まず、悪い報告から。シエルお嬢様ですが、2週間ほど前から牢屋に入れられていることが分かりました。罪状は、母親への殺害未遂、使用人への傷害罪だそうです。情報を隠蔽しているらしく、詳しいことはまだ分かっていません。次に」
「ちょっと待て、はぁ。このくそ忙しい時にあいつは何やっているんだ!手間が増えるだろうが。それで、認めていないんだろう?裁判はまともに開催されるとは思えんが、いつだ?」
「否認しているようですが、裁判はまだ開催されていないようですが、日程までは・・・・・・。助けるおつもりでーー」
「助ける訳では無いが、仕事させるために必要だ。森に同行したマシュー」
「えぇ、そう仰ると思ってマシューをもう忍び込ませてあります」


目を輝かせて誇らしげにするジルバから目を逸らして続きを促す。先に手を打ってくれる優秀さは有難いと思っているが、感情丸出しで接せられると反応に困るのだった。


「はい、悪い報告の2つ目は、不吉な予兆が確認されていることです。最近、森に魔獣が出ないと報告が数件寄せられていました。担当官は気にも止めておらず、調査も何もしていませんでした。が、町人や村人からの話では、黒い花が咲いた頃から魔獣の数が減っているそうです。呪術師が凶事を伝えたことや、カラスが大量に東へ移動していたり、死骸が幾つも発見したりしたことから、武器の調達や村の周りに堀や柵を巡らせるなど対策を進めている村々もあるようです」
「カラスか。担当官には調査や最悪の事態を想定した対策をさせているのか?」
「いえ、サバラン様の命令でも聞かないとのことだったので、別の者にやらせてます。担当官は王妃の分家にあたるらしく・・・・・・」
「もういい、分かった。それで、比較的良い報告は何だ」


うんざりだったが、聞かない訳にもいかない。脚を組みかえ、ジルバがいれたばかりの珈琲を飲む。


「良い報告は、ドレーン伯爵家のナハルお嬢様との婚約の両家顔合わせの日程を延期にしたいという申し出がありました。どうやらナハルお嬢様が、ハニーニ王国の王家筋の男と恋仲になったからだそうです。ただ、伯爵としては、隣国とも我が国とも血縁関係を持ちたいらしく、シエルお嬢様を身代わりにしようとしていたようです。今はゴタゴタでそれ所じゃないでしょうが」
「それは確かに良い知らせだ。俺はシエルとの婚約の方が好都合だし、あいつにとってもそうだろう。で、ハニーニ王国の男は誰か調べはついているのか?」


マルティン・ドレーン伯爵がシエルを嫁がせようと考えていたのなら、殺人未遂の罪で彼女を嵌めるだろうか。計算高い彼が、情報が漏れ結婚に不利になるような真似は絶対しないはずだ。つまり、目的は他にあるか、ドレーン伯爵以外の者の仕業か。


「ハニーニ王国の王家筋の男は誰かまでは特定出来ていませんが、ドレーン伯爵家と旧知の仲であるスモーツ侯爵は王家御用達の家業を営んでいるようです。が、ハニーニ王国は王位継承権を持つ男性が非常に多いものですから、特定までは少し時間がかかりそうです」
「そうか・・・・・・。最近我が国を訪れた者で、年齢は15より上で20未満、背が高く剣術に長けた者、これで絞りこめないか」
「分かりました。悟られないように調べてみます」
「あぁ、頼む。それで、ジルバ。森でまだあの修行をしているのか?いつまでやるつもりだ」


正面からじっと目を見つめて問うと、目があってすぐに視線を逸らされた。サバランは責めているつもりは一切無いが、こういった直接的な聞き方しか出来ないのだ。どう切り出して、どう伝えるべきか悩んでいだが、回りくどく配慮ある言い回しは苦手だから仕方がないと諦めた。長い付き合いだから分かってくれるだろうという甘えはもちろんあるが。


「えぇ。少しでも戦力にと思いまして・・・・・・」
「なぁ、俺が、そうだな、他国の貴族女性をナンパするとか、パーティを主催して婦人方を饗すと言ったらどう思う?」
「へっ!?そ、それは全力で止めます!サバラン様は女性への接し方が、あまりにも、その、理性的でして、」
「つまり、女の扱いが下手だと言いたいのだろう?自分でも分かっておる。だから、女性を喜ばせることが得意なに任せろと続けるつもりだっただろう?」


苦笑いしながら、頷くジルバ。次に何を言われるのか察したのだろう。ならば、とサバランはジルバを煽る。


「それで、主君の俺が苦手なことをやるのは、自分のことは棚に上げて止めるのに、自分は苦手で適性もないと分かっていることにいつまでも時間を割いているというのか?お前はそんなに馬鹿だったか」
「ばか・・・・・・」


にやりと唇を歪ませる。絶句したジルバに更に畳み掛ける。


「あぁ、馬鹿だ。主君の俺も、お前も望んでいないことに努力を注いで心身共に消耗させている。これを馬鹿と言わずして何という?」
「そ、それはあんまりではありませんか!少しでもお役に」
「もう十分役に立っている。お前が気にしているのは、家か?家族か?それとも自分のプライドか?俺はお前が魔法使いかなんてどうでもいい。魔法使いの能力が欲しければ探して雇えばいいだけだしな。俺は、お前だから護衛騎士に選んだ。無駄な事をして疲れるな。ただでさえ人手不足なんだっ」


驚いたような、呆れたような、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべたジルバは、眉をくわっと吊り上げて噛み付いてきた。


「そう思っていることを、どうしてもっと早く伝えて下さらなかったんですか?!俺がどれだけ悩んでいたと思うんです!それをもう1年近く経った今言うなんて、有り得ない!もしかして、今までずっと何て言おうか悩んでいたなんて言うんじゃありませんよね!?」
「・・・・・・だったらなんだ!」


図星をつかれて顔が火照るのが分かった。こうなったら開き直るしかない。頬杖をついて、下からジルバを睨みつける。ジルバは爆笑していた。腹を抱えて苦しそうにしているのが癪に触った。


「笑うな、苦手なんだよ、仕方ないだろう!?お前こそ、くだらんことでウダウダと悩んでいただろうが!さっさと仕事へ戻れ」
「はーい、承知致しました!」


軽い足取りで扉へ向かう。その背中にふと、伝えたくなった。


「ーーーージルバ、嫌だったらいつでも紫のコート突き返してこい」


  グレーのコートの方が似合うと。お揃いのグレーのコートでも身につけるかとまではさすがにくさくて言えなかったが。


そういえば、ジルバが魔法使いの名門一族だと知ったら、シエルはどうするだろうか。きっと大喜びで魔法について聞くのだろう。


(あぁ、早くそんな日常に戻って欲しい。)


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