【R18】私の下僕

みっきー・るー

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 ◇ ◇ ◇ 

 あれから二ヶ月が過ぎた。
 カレンの手元には、内々に多くの釣書が集められている。
 婚約者はそんなカレンの動きをどこかで耳にしたようだ。気が緩んだのか、『カレン』の物語の通り、ヒロインの実家が所有する領地へとお忍びの旅行へ出かけた。
 現地で何をしていたのか、想像もしたくない。
 マシューは移動だけで半日はかかる道のりを、夜通し馬車を走らせ急ぎ帰路につこうとした。
 旅行の計画を、公務の合間に強引にねじ込んだからだ。
 彼女と共にいる時間を長くとるため、他の行程を弾丸でこなそうとしたのだろう。
 しかし、それがよくなかった。
 その日は朝からよく晴れた一日だったが、夜半から大雨が降った。
 視界を乱す風雨の闇に紛れ、賊が馬車を襲ったのだ。
 土地勘のない護衛たち。足元はぬかるみ覚束ない。彼らは本来の力を発揮できなかったのだろう。
 馬車は転倒し、仲睦まじい時間を過ごした二人は怪我を負う。
 普段から貴族にはいい感情のない者たちの集まりだ。二人だけ明らかに身なりが異なっていたせいなのか、賊たちは金品と共に彼女を攫った。
 そして第一王子は両足の腱を切られ、挙げ句、戦利品代わりなのか、豪奢な腕輪を嵌めた左手首を切り落とされ奪われた。
 翌日、命からがら人里に助けを求めた騎士の報告で、王都から救援が向かった。
 近くの村に暮らす医師による、最低限の応急処置と止血はされていたが、危険な状態であることに変わりはない。
 そして周辺を捜索したところ、賊たちに犯されて意識を失った状態の令嬢も発見された。

 カレンはその報告を、婚約者が王城に運ばれた直後に受けた。
 当然、王家としてはカレンを疑っただろう。そして、それからの数カ月秘密裏に調べられていたようだ。
 両親は憤慨していたが、カレンに後ろめたい事なんてない。そもそも、賊をけしかけられるような知り合いもいないのだ。
 カレンが直接動かなくても、意を汲んだ者の仕業かもしれないと、ケネスも調査された。

 ――正直、私も疑っているのよね。

 ケネスはカレンに従順だ。
 そういう目で見てしまう者がいるのは仕方がない。
 しかし、彼は毎日カレンのそばにいて、それ以外の時間は、屋敷の使用人たちと接していることがほとんどだった。
 数カ月ほど遡って調べてみても、ケネスが一人で屋敷を出たのは片手ほど。
 それらもカレンの我儘で、お使いに赴いていただけなので、己の意思で外出できていたわけではない。
 どこかで企みを実行していたとは考えられず、結局、王家やカレンも彼は無関係だと結論づけた。

 ◇ ◇ ◇

 あれから半年。カレンは予定どおり、マシュー第一王子と結婚することになった。
 彼は左手首を失い、足の腱を切られた後遺症で杖なしでは歩けない。
 不貞を犯していたのだから自業自得だと責める世間の声は多い。
 貴族はカレンの苛烈さを知っているが、民は関わりが少ないせいで婚約者のカレンに同情的だった。
 カレン自身も敵意さえ向けられなければ態度は柔和である。
 特に既婚女性の厳しい目が王家に向けられ、王子を寝取った女という汚名を背負った令嬢は、屋敷から出ることもできず、被害の大きさから心を壊しているらしい。
 そこにカレンの両親は追い打ちをかけた。
 新聞社に『王家には再三、第一王子の不貞を訴えていたのに聞く耳を持たれず、娘は悲しんでいた』というようなネタを持ち込んだ。
 王家としても婚姻を成立させることが、一番の火消しになると思い至ったのだろう
 我が家も色々と疑われて迷惑をしている。そんな都合のいい婚姻を受け入れられないと、逆に婚約破棄を申し入れたが、そこへ必死に食いついてきたのは王家だ。

「馬鹿ねぇ……」

 カレンは口元を歪めて笑う。
 自室には婚礼の衣装と床に正座をするケネス。
 異様な光景だけれど、これが二人の日常だ。

「お嬢様を虐げたのですから、なるべくしてなった結果です」
「先日のマシュー殿下の顔を覚えている? あの感じでは、いまだに私を疑っているようね」
「往生際の悪い方です」
「きっと陛下たちに、必ずこの婚姻を成立させろと言われたのよ。杖をついて私に頭を下げる姿は滑稽だったわ」
「お嬢様が楽しそうで嬉しいです」

 ケネスは穏やかに微笑む。カレンの笑顔は禍々しいのに、彼の笑顔は美しく曇りのない天使のようである。
 全肯定しないとカレンの機嫌を損ねて折檻を受けるかもしれない。
 だから、大概の者はカレンに対しておべっかを使う。けれど彼は本心から喜んでいた。
 カレンはケネスの気持ちが伝わってきて笑う。

 ――この男が犯人だわ。

 どういう方法をとったのかは分からないが、間違いない。理由を問い質したところで、この男は絶対に認めたりしないだろう。
 婚礼を急ぎたい王家の意向で、異常な早さで用意された豪奢な婚礼着。
 カレンが婚約者に糾弾される日はとうに過ぎた。そして、数日後には渋々承諾した婚礼の日だ。

「いっさい笑わないつもりなのよ」
「沿道のパレードは中止にならなかったのですね」
「ええ。一応馬車の窓は開けないで警備も厳重になるみたいだけど、私のふてくされた顔くらいは、民からも見えるでしょう?」
「もちろん祝う者が大半でしょうが、野次も飛ぶでしょうね」
「それがお父様の意向だもの」

 婚姻を承諾するにあたって、怒りの収まらないカレンの父は、不貞を犯した王子が好奇の目に晒されることを望んだ。

「ああ、当日が楽しみだわ」
「僕も楽しみです」

 ケネスは蜂蜜色の瞳を細めて、柔らかく微笑む。

 ――この男だけが、本当の意味で私の感情を察することができるのね。

 カレンは前世の話をケネスにしかしていない。
 誰かに言わないと頭がおかしくなりそうだった。でも、この男なら否定などしないという妙な確信があった。
 
 ――知らないふりをしていればいい。知らなければ、今の関係のままでいられるのだから。

 カレンは何の感慨も湧かない婚礼衣装を見やり、膝をつくケネスの髪を撫でた。

 ◇ ◇ ◇

 滞りなく過ぎた婚礼の儀。
 概ね事前に想定していた通りに事は運び、危惧していた沿道パレードは警備も厳重で危険なことは何も起こらなかった。
 たまに上がる口汚い野次に表情を引き攣らせるマシューの横顔を見るたび、カレンは笑いを堪えるのに必死だった。
 今日のカレンは不貞を犯され、望まぬ結婚を強いられた令嬢である。
 ぎこちない笑みを民に向けた時の、同情するような眼差しが忘れられない。きっと涙に濡れた可哀想な女に見えただろう。

 ――やつれた雰囲気を作りたくて、減量に励んできて正解だったわ。

 はからずも婚礼のドレスが緩くなってしまい、そんな姿は参列した貴族の目を引いたようだ。
『あの強気の令嬢も、あからさまな不貞を働かれ、此度の出来事で民にも公になり、心労が重なっているのだろう』
 そんな会話を披露宴会場で耳にしてしまった。
 内心、高笑いをしたい気分だったが、それは心の奥に秘めておいた。

    
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