19 / 36
19
しおりを挟む
魔法石精製の授業を受けてから二日後。
私は自室の机に向かいながら、歓喜の万歳三唱をしていた。ようやく目標だった木属性の魔法石を四つ精製することに成功した。
机の上に転がる透き通った緑の宝石。
ラーセ殿下の瞳のように綺麗だ。
「ふわわ……とんでもないものを生み出してしまった!」
うろうろと部屋の中を歩き回っていると、扉を開け後ろ手にノックをする弟の姿があった。
「え、どうして扉が開いているの!」
「何度も声をかけましたが、姉上が奇行を繰り返し気付かれなかったのです」
「奇行って……」
なんて言い草だろう。
イオはつかつかとこちらに歩み寄り机の上を見た。
「……凄い失敗の数々ですね」
彼は机の端に盛られた失敗作を見つめ、表情をこわばらせている。
「こちらの成功作を見なさい!」
「成功してよかったですね」
祝われている顔ではない。
「もう、態度が悪いわね」
私はクッション付きの小箱に四つの魔法石を収めた。失くしてしまっては大変だ。
イオはその様子を見つめながら口を開く。
「で、それをどうされるのですか? どうせラーセ殿下への贈り物なのでしょう?」
「ラーセ殿下は好みが分かりづらいから悩んでいるの。ブローチやカフスも素敵よね……ああ、でもカフスは数が足りないわ」
「姉上。加工店の予約はされましたか?」
魔法石をアクセサリ等の日用品に加工する店は随所に存在する。
この時期は学園での魔法石精製の授業が行われるため、多くの店が忙しくなり予約で埋まってしまう。
もちろん私もその点は知っていたので、イオに頷きを返した。
「精製に夢中のご様子だったので、忘れているかと思いました」
中々辛辣な弟だ。
「姉上が授業で精製された魔法石はどうするのですか? そんな全く授業に関係ない属性の魔法石を持ち込むだけですか?」
「あなた、話し方がお父様に似てきたわね……」
「それは光栄です」
バース侯爵家当主である父は、尊敬に値する人格者で仕事も出来る立派な人だ。
私もイオも敬い慕っている。が、弟は些か父の意を汲み取りすぎだ。
ラーセ殿下に好意的ではない父と弟。あからさまに悪く言われるわけではないが、態度に出し過ぎである。
「私が作った魔法石はリッド殿下に差し上げたのよ」
「リッド殿下に?」
「何でも土色の魔法石を加工の際に使いたいとかなんとか」
「それを了承されたのですか?」
「まあ私は使わないし、必要としている人の役に立つならいいわ」
それに散々失敗してようやく成功した魔法石だ。仕上がりも、よく見れば微妙だったかもしれない。
そんな話をイオにしてしまったら、間違いなく呆れられるので黙っておこう。
何故だか既に今、弟の眉間の皺が深くなっているのだ。
「最近学園で姉上の奇行を見ておりません」
「だから奇行って言い方おやめなさい」
「最近学園で姉上がラーセ殿下を追い回しているのを見ておりません」
「言い直しても辛辣だわ……」
「喧嘩をされたのかと思っておりました」
イオはそう告げて私の手元に視線を向ける。
木属性の原石を熱心に精製し、ようやく完成したことを喜ぶ姿から、喧嘩とは違うのかもしれないと思ったようだ。
「心配性ねぇ」
私が苦笑すると、イオの表情が揺れた。
「喧嘩なんてするわけないじゃない。あんなにも優しい方なのに」
「男は優しいだけでは駄目です」
それもそうだが、ラーセ殿下よりも年下の弟がそれを説く姿が何だか面白い。
「どちらかというと、殿下を不快にさせていたかもしれないのは私よね」
「ようやく、そこに思い至ったのですね」
「…………もう少し言葉を選んで欲しいわ」
イオのきつい物言いに嘆息していると、彼は珍しく視線を泳がせている。
「姉上の元気がないと心配になります」
「え?」
「姉上はラーセ殿下のこととなると、少々短慮になりますし、その、とにかく心配になります」
イオの真っ直ぐな眼差しは嘘を言っているようには見えず、本当に心配されているようだ。
「私、元気がないように見えて?」
「はい」
「……気のせいよ。大丈夫。心配をかけてごめんなさいね」
つい子供にするように弟の頭を撫でると、彼はむっとした表情で眉根を寄せる。
イオは私の言葉に納得はしていないだろうが、小さく息を吐いて頷いた。
「分かりました。姉上の言葉を信じます」
渋々といった様子で弟は部屋を出て行った。
そんなにも元気がないように見えたのだろうか。
私は鏡台に向かい、鏡に己の姿を映してみた。何度も練習した令嬢スマイルを浮かべてみる。
普段通りの姿がそこにはあった。
私は自室の机に向かいながら、歓喜の万歳三唱をしていた。ようやく目標だった木属性の魔法石を四つ精製することに成功した。
机の上に転がる透き通った緑の宝石。
ラーセ殿下の瞳のように綺麗だ。
「ふわわ……とんでもないものを生み出してしまった!」
うろうろと部屋の中を歩き回っていると、扉を開け後ろ手にノックをする弟の姿があった。
「え、どうして扉が開いているの!」
「何度も声をかけましたが、姉上が奇行を繰り返し気付かれなかったのです」
「奇行って……」
なんて言い草だろう。
イオはつかつかとこちらに歩み寄り机の上を見た。
「……凄い失敗の数々ですね」
彼は机の端に盛られた失敗作を見つめ、表情をこわばらせている。
「こちらの成功作を見なさい!」
「成功してよかったですね」
祝われている顔ではない。
「もう、態度が悪いわね」
私はクッション付きの小箱に四つの魔法石を収めた。失くしてしまっては大変だ。
イオはその様子を見つめながら口を開く。
「で、それをどうされるのですか? どうせラーセ殿下への贈り物なのでしょう?」
「ラーセ殿下は好みが分かりづらいから悩んでいるの。ブローチやカフスも素敵よね……ああ、でもカフスは数が足りないわ」
「姉上。加工店の予約はされましたか?」
魔法石をアクセサリ等の日用品に加工する店は随所に存在する。
この時期は学園での魔法石精製の授業が行われるため、多くの店が忙しくなり予約で埋まってしまう。
もちろん私もその点は知っていたので、イオに頷きを返した。
「精製に夢中のご様子だったので、忘れているかと思いました」
中々辛辣な弟だ。
「姉上が授業で精製された魔法石はどうするのですか? そんな全く授業に関係ない属性の魔法石を持ち込むだけですか?」
「あなた、話し方がお父様に似てきたわね……」
「それは光栄です」
バース侯爵家当主である父は、尊敬に値する人格者で仕事も出来る立派な人だ。
私もイオも敬い慕っている。が、弟は些か父の意を汲み取りすぎだ。
ラーセ殿下に好意的ではない父と弟。あからさまに悪く言われるわけではないが、態度に出し過ぎである。
「私が作った魔法石はリッド殿下に差し上げたのよ」
「リッド殿下に?」
「何でも土色の魔法石を加工の際に使いたいとかなんとか」
「それを了承されたのですか?」
「まあ私は使わないし、必要としている人の役に立つならいいわ」
それに散々失敗してようやく成功した魔法石だ。仕上がりも、よく見れば微妙だったかもしれない。
そんな話をイオにしてしまったら、間違いなく呆れられるので黙っておこう。
何故だか既に今、弟の眉間の皺が深くなっているのだ。
「最近学園で姉上の奇行を見ておりません」
「だから奇行って言い方おやめなさい」
「最近学園で姉上がラーセ殿下を追い回しているのを見ておりません」
「言い直しても辛辣だわ……」
「喧嘩をされたのかと思っておりました」
イオはそう告げて私の手元に視線を向ける。
木属性の原石を熱心に精製し、ようやく完成したことを喜ぶ姿から、喧嘩とは違うのかもしれないと思ったようだ。
「心配性ねぇ」
私が苦笑すると、イオの表情が揺れた。
「喧嘩なんてするわけないじゃない。あんなにも優しい方なのに」
「男は優しいだけでは駄目です」
それもそうだが、ラーセ殿下よりも年下の弟がそれを説く姿が何だか面白い。
「どちらかというと、殿下を不快にさせていたかもしれないのは私よね」
「ようやく、そこに思い至ったのですね」
「…………もう少し言葉を選んで欲しいわ」
イオのきつい物言いに嘆息していると、彼は珍しく視線を泳がせている。
「姉上の元気がないと心配になります」
「え?」
「姉上はラーセ殿下のこととなると、少々短慮になりますし、その、とにかく心配になります」
イオの真っ直ぐな眼差しは嘘を言っているようには見えず、本当に心配されているようだ。
「私、元気がないように見えて?」
「はい」
「……気のせいよ。大丈夫。心配をかけてごめんなさいね」
つい子供にするように弟の頭を撫でると、彼はむっとした表情で眉根を寄せる。
イオは私の言葉に納得はしていないだろうが、小さく息を吐いて頷いた。
「分かりました。姉上の言葉を信じます」
渋々といった様子で弟は部屋を出て行った。
そんなにも元気がないように見えたのだろうか。
私は鏡台に向かい、鏡に己の姿を映してみた。何度も練習した令嬢スマイルを浮かべてみる。
普段通りの姿がそこにはあった。
11
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる