【R18】肉食令嬢は推しの王子を愛しすぎている

みっきー・るー

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 魔法石の精製は思いのほか気力を使う。そのため、精製の授業後は十日間の休暇に入る。
 人によっては体調を崩す者もいるからだ。
 日々せっせと木属性の原石を精製していた私だが、幸いにも、一度もその類の体調不良を感じることがなかった。
 あれほど連日勤しんでいたというのに、元気そのものだった。

 十日ぶりに学園に赴き、私は借りていた本を手にして返却と貸出のため図書室を目指して歩く。
 最近私好みの小説が増えていたのは、リッド殿下の好みのおかげだったようで、借りたい本が増えていた。
 鞄の中には先日貸本屋で借りたザマザの初版本が入っている。
 リッド殿下は早々に読み終えて、休みの間に何度か読み返したそうだ。彼はとても満足した様子だったので、早く帰宅して屋敷でじっくり読み込みたい。

 図書室に続く回廊を進み、すれ違う人たちを一瞥しながら私は小さく息をはいた。

「……いいなあ」

 つい願望が口から駄々洩れた。
 魔法石を加工した品を身に着けている生徒の姿があちらこちらに見える。
 今すれ違った男子生徒は、制服の胸ポケットに魔法石をあしらったピンを挟んでいた。
 その後方から歩いてくる女子生徒二人は、ネックレスに仕立てたようだ。ブラウスの上を彩る色が眩しい。

 自分で精製した魔法石を身に着けているのだろうか。
 友人や恋人、婚約者から贈られたのだろうか。
 色々想像するだけで楽しい。

 自分も何か身に着けて歩きたい。精製した魔法石はリッド殿下にあげてしまったし、自分が身につけることなど考えてもいなかった。

 魔法石精製は分岐となる重要な出来事で、ヒロインであるシェリナは己の魔法石に守って貰わないと大きな魔力を維持できない。
 いまだにシェリナが誰を選んだのかよく分からない。
 もしラーセ殿下だとしても、今までの流れだと好感度ポイントが足りない気がする。
 いや知らないところで仲を深めていたら知る由もないけれど。

 ごんっ

 駄目な思考に陥りそうで、私は廊下の壁に額を打ちつけた。
「痛い……」
 ラーセ殿下の精製した魔法石はどうなったのだろう。
 こんなにも気になるなら、素直に聞けばよかった。

 内緒で用意していた贈り物は完成した知らせが届いているが、まだ引き取りに行っていない。
 憂鬱だ。
 いっそのこと、渡さなくてもいいような気がして自分が信じられない。

 私は痛めた額を撫でながら目的地へと急ぐ。
 図書室の両開きの扉が見え、途中にラーセ殿下とシェリナの姿を捉えた。
 人の往来が多い回廊なので、彼らは壁際に寄っている。幸い私の姿はすれ違う人々に遮られているようだ。

 別に私が怯む必要はない。普通にしていればいい。私が何もしなければ、私は悪役にはならない。彼らの邪魔をしたりはしない。
 歩みを止めそうになったが、そのまま歩き進む。
 彼らの数歩手前に差し掛かり二人の声が耳に届いた。
「うん、似合っている」
「……ありがとうございます」
 シェリナはラーセ殿下の言葉に感極まったように笑み、頬を朱に染める。
 彼女の胸元で木属性の魔法石が輝いている。その形は私が精製していたハート形と同一だった。
 驚きに息を詰め、思わず立ち止まってしまう。

 私の気配を感じた二人はこちらを振り返り、シェリナはすぐに人好きのする笑顔を浮かべた。
「セチア様! お久しぶりです!」
 まるで子犬がしっぽを振るように、彼女は嬉しそうにこちらに歩み寄る。
「こんにちは、シェリナ様」
 なるべく胸元の魔法石を凝視しないように、さりげなく褒めてみよう。
「素敵な魔法石ですね」
「はい! ありがとうございます!」
「その形……なのですけど」
「幸運の葉の形ですよね?」
「え、ええ……」
 シェリナは何故か私を見つめている。見透かすような視線を感じて居心地が悪い。

「セチアが兄上に話して聞かせたんだろう。幸運の葉の形だと」
 ラーセ殿下が間を遮るように告げた。
 ずっと視界に入れないようにしていたのに、つい顔を持ち上げてしまい、そして後悔する。

 大好きな若草色の瞳が睨みつけるように鋭く怖い。
 ご機嫌斜めとかそんな軽いものではない。
 この場に現れてしまったことすら、いけないことのように思えてくる。
 無意識に私は一歩後ずさった。
 いつもはラーセ殿下が私の圧から避難するようにしていた行動だ。

「わ、私、急いでおりますので、失礼致します!」
 慌てて礼をすると、シェリナは戸惑い何かを告げようとした。
「…………セチア」
 ラーセ殿下の低い声が私の名を呼ぶ。
「し、失礼致します!」
 胸に抱いた本を固く握りしめ、私は脱兎のごとく逃げ図書室の中に滑り込む。
 彼が追って来ないことに安堵しつつ、私は意味もなくその後の時間を図書室で過ごした。


「しまった!」
 図書室で無為な時間を過ごしながら、不意に思い出したのはイオとの約束だ。
 今日は共に帰ろうと言われていた。先日からやたら心配され気にかけられている。
 図書室を出て足早に馬車を停める広場に向かい、侯爵家の馬車と弟の姿を見つけた。
「ああ、絶対に怒っているわ……」
 遠くから見ても立ち姿で分かる。怒りが滲み出ている。
 イオも私に気が付いたようだ。腰に手をあて、仁王立ちしている。
 駆け足になろうと一歩踏み出した瞬間、背で名を呼ばれた。

 鼓動が早くなるのを感じながらそっと振り返ると、穏やかな笑みを浮かべたラーセ殿下がこちらを見て立っている。
 もちろん作り笑顔だ。
「で、で、で、殿下?」
 動揺しすぎだ。私は脳内で己をぶつ。

「セチア。以前、僕は君に言ったよね? きちんと話をしようと」
「は、はい! もちろんですわ、殿下!」
「…………」
 何、この間。笑顔が怖すぎる。

「では一緒に帰ろう」
「は? い、いえ、あの、ほら! 今日は弟を待たせていますので!」
 ラーセ殿下の位置からは、イオと侯爵家の馬車がばっちり見えているはずなのに、分かっていてこの人は口にしている。

「ねえ、セチア」
 ラーセ殿下は身を傾けて、その綺麗な顔を私の耳元に寄せた。
「君はどうして僕の名前を呼ばなくなったのかな?」
「え…………?」
「殿下殿下殿下と、僕の名前は敬称ではないよ。何度も呼んでくれた名だから覚えているはずだよね?」
 ラーセ殿下の思いもよらない言葉に私は目を瞠る。
 彼は相変わらず甘く笑んでいるが、緑の瞳は全く笑っていない。

「僕とは話もしたくないと?」
「話したいです! とても!」
「ならば、セチアの予定を僕にくれるよね?」
 圧が怖い。
 普段の私もこうだったのだろうか。いや、少なくとも無理強いをしたことないはずだ。
 イオを一瞥すると、彼は動きを止め対応に苦慮しているようだ。

「……分かりました。行きましょう」
 ラーセ殿下に首肯を返すと、久しぶりにエスコートの手を差し出された。
 いつもならこの手を取るのがとても好きだった。
 王家の馬車に乗る前に弟へと視線を向ける。
 手で放っておくように合図をして、私は馬車に乗り込んだ。


 あれほど嘘くさい笑顔を浮かべていたラーセ殿下だったが、馬車に乗り込んだ途端、普段の無表情に一変してしまった。
 馬車の中の雰囲気は最悪だ。

 強引に王城に連れ込まれるのは何度目だろう。
 もはや、ご機嫌斜めの日には拉致される構図が成り立っている。
 確かに性欲を晴らせばすっきりして冷静になれるかもしれない。
 ラーセ殿下にそういう意図はないかもしれないが、無意識に行動しているのだとしたら、少々性質たちが悪い。
 私自身が性欲処理を優先していいと言葉にしているが、それらを自覚してしまうと複雑な気持ちになる。

 ちらりとラーセ殿下を見やると、窓の外に視線を向けている。
 静かな横顔は西日に照らされ眩しく、その光に飲み込まれて消えてしまいそうだ。
「ラーセ殿下」
 名を呼ぶと彼は視線だけをこちらに寄越す。
「私はそんなにも名を呼んでいませんでしたか?」
「セチアは気付いていないと思っていた。君は意図して出来る程、器用ではないだろう?」
「…………そうでしょうか」
 彼は苦笑を返し、再び視線を外に向けた。
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