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ラーセ殿下の部屋に通されると、彼は長椅子に腰かけるよう促した。
いつもとは違う動きだと思いつつ素直に従う。
長椅子に腰かけると、眼前のローテーブルに紅茶の用意が並べられていく。
「セチアの為に用意したんだ」
執事はクローシュを持ち上げて中身を露わにした。見覚えのあるケーキが幾つも並び、体がこわばってしまう。
「これは……」
リッド殿下と貸本屋を捜して街を巡っていた時に見つけた青いケーキだ。あまりにも謎な色だったため、私たちは足を止めて暫しショーケースを覗き込んでいた。
どうしてという気持ちと、なるほどという気持ちが混ざり合い胸が締め付けられる。
ラーセ殿下は執事が退室したのを確認して口を開いた。
「以前セチアは僕に運命の人が現れたら身を引くと言っていたけれど、あれはどういう意味?」
「そのままの意味です……」
どうしよう。心臓が苦しい位に脈打ち始めた。言葉が上手く出てこない。
ラーセ殿下は背もたれに上体を預け長い足を組む。
その所作一つ一つが目を惹き私を虜にしていたはずなのに、今は視線を向けることが出来ない。
「セチアは僕を信用していないんだね」
「とんでもないです!」
弾けるように顔を持ち上げると、大好きな若草色の瞳は私を映し、揺らいでいる。
「僕には婚約者の君がいるのに、どうして他の女性に目を向けると思うんだ? どうして君は身を引くなんて考えるんだ?」
「し、しかし、世界は広いですし私たちは政略結婚ですから、今後、心から惹かれ合う相手に出会う可能性はあります」
「それはセチアも同じだよね? セチアは僕が君以外の女性を選んでもいいのか?」
「ラーセ殿下が幸せになれる選択でしたら受け入れます」
「そう……」
短い沈黙の後、ラーセ殿下は重い溜息をついた。そしてすくと立ち上がる。
「僕の幸せを君の価値観で勝手に決めつけるな……!」
ラーセ殿下の緊張した声は明らかな憤りをのせて、叫びのように放たれる。
また私は何かを失敗したのかもしれない。
「僕に運命の相手がいるとして、どうして君はその相手が自分だとは思わない?」
ラーセ殿下は私の腕を乱暴に掴み立ち上がらせた。
「……っ!」
突然の痛みに顔を顰めてしまうが、彼は表情一つ変えず私を見つめている。
「わ、私は」
ラーセ殿下が好きだ。
それは確かなことで疑いようのないこと。
けれど、ここが私の知ってる乙女ゲームの世界である以上、彼に相応しい女性がいることも間違い無い。
ヒロインがラーセ殿下を選ばないとしても、彼が選ばれるかもしれない可能性の邪魔をしたくない。
モブであり悪役になってしまう自分の立ち位置に、過剰な期待をしたくない。
「そうやって僕を他の誰かに押し付けたいなら、素直にそう言えばいいだろう! 僕に興味がなくなったと! 僕の幸せをなんて見え透いた言い訳をしなくてもいい!」
「そんなつもりで言ったわけではありません! 私は本心から殿下の幸せを祈っています。お慕いしているから、幸せになって欲しいんです!」
ラーセ殿下は表情を歪めて、苦々しく告げた。
「セチアは僕を信用していないから、そうやって僕を手放していいと思えるんだ。君は兄上と一緒にいる時はとても楽しそうだ。君はいつも僕のやりたいようにすればいいと言うけれど、僕を尊重しているようで、僕を信用していない!」
私は言葉を発せなくなり瞬きを忘れてラーセ殿下を凝視する。こんなにも辛そうに声を荒げて、感情を表に出すなんて。
胸奥がきりきりと痛み、喉が塞がったように息苦しい。
「そんな……つもりは、ありません。私は殿下を信じております」
途切れ途切れに発した声が、小さく消えていく。
ラーセ殿下は眉間の皺を深くしてしまう。
「僕を他の誰かに押しつけて兄上を選ぶなら、そうしたらいい」
「誤解です! リッド殿下のことは仲の良い友人の一人だと思っています! 愛しているのも、慕っているのもラーセ殿下だけです!」
ラーセ殿下に突き放すように告げられて、咄嗟に縋りつくように反論してしまう。
本当は彼から身を引かなくてはいけないのに。真逆の行動をしてしまっている。
「でもラーセ殿下は私を愛しているのではなく、無垢な雛鳥がくどいくらいに好きだと言われ、自分もそうだと刷り込まれている状態なんです。だから私などに囚われず運命の人に出会ったら……」
「どうして、そんなふうに考え…………ああ、そうか。僕が虐げられて育ってきたから、そういった感情に疎いと思っているんだ?」
「ち、違います! そうではなくて!」
「僕の君への気持ちを、君は錯覚にしたいんだろ?」
ああ、全く噛み合わない。
違う。私の行動が招いた結果だ。
ラーセ殿下は既に運命の人に出逢っている。
前世で幸せそうに笑うスチルを見ていたから、その邪魔をしたくない。ただそう思っただけなのに。
気が付くと、私の頬を涙が伝っていた。
ラーセ殿下はゆったりと身を傾け、顔を寄せてきた。触れるだけの口づけがおりる。
綺麗な顔が離れ、緑の瞳と視線が合う。ラーセ殿下はぐっと堪えるように下唇を噛んだ。
「セチア。僕は君を抱きたい。いいよね?」
その聞き方はずるい。
いつもラーセ殿下には、私に許可をとるようなことをしなくていいと伝えてきた。
だって彼の行動に異を唱えたいことなど一つもなかったから。
それなのに、今、物凄く逃げ出したい。
いつもとは違う動きだと思いつつ素直に従う。
長椅子に腰かけると、眼前のローテーブルに紅茶の用意が並べられていく。
「セチアの為に用意したんだ」
執事はクローシュを持ち上げて中身を露わにした。見覚えのあるケーキが幾つも並び、体がこわばってしまう。
「これは……」
リッド殿下と貸本屋を捜して街を巡っていた時に見つけた青いケーキだ。あまりにも謎な色だったため、私たちは足を止めて暫しショーケースを覗き込んでいた。
どうしてという気持ちと、なるほどという気持ちが混ざり合い胸が締め付けられる。
ラーセ殿下は執事が退室したのを確認して口を開いた。
「以前セチアは僕に運命の人が現れたら身を引くと言っていたけれど、あれはどういう意味?」
「そのままの意味です……」
どうしよう。心臓が苦しい位に脈打ち始めた。言葉が上手く出てこない。
ラーセ殿下は背もたれに上体を預け長い足を組む。
その所作一つ一つが目を惹き私を虜にしていたはずなのに、今は視線を向けることが出来ない。
「セチアは僕を信用していないんだね」
「とんでもないです!」
弾けるように顔を持ち上げると、大好きな若草色の瞳は私を映し、揺らいでいる。
「僕には婚約者の君がいるのに、どうして他の女性に目を向けると思うんだ? どうして君は身を引くなんて考えるんだ?」
「し、しかし、世界は広いですし私たちは政略結婚ですから、今後、心から惹かれ合う相手に出会う可能性はあります」
「それはセチアも同じだよね? セチアは僕が君以外の女性を選んでもいいのか?」
「ラーセ殿下が幸せになれる選択でしたら受け入れます」
「そう……」
短い沈黙の後、ラーセ殿下は重い溜息をついた。そしてすくと立ち上がる。
「僕の幸せを君の価値観で勝手に決めつけるな……!」
ラーセ殿下の緊張した声は明らかな憤りをのせて、叫びのように放たれる。
また私は何かを失敗したのかもしれない。
「僕に運命の相手がいるとして、どうして君はその相手が自分だとは思わない?」
ラーセ殿下は私の腕を乱暴に掴み立ち上がらせた。
「……っ!」
突然の痛みに顔を顰めてしまうが、彼は表情一つ変えず私を見つめている。
「わ、私は」
ラーセ殿下が好きだ。
それは確かなことで疑いようのないこと。
けれど、ここが私の知ってる乙女ゲームの世界である以上、彼に相応しい女性がいることも間違い無い。
ヒロインがラーセ殿下を選ばないとしても、彼が選ばれるかもしれない可能性の邪魔をしたくない。
モブであり悪役になってしまう自分の立ち位置に、過剰な期待をしたくない。
「そうやって僕を他の誰かに押し付けたいなら、素直にそう言えばいいだろう! 僕に興味がなくなったと! 僕の幸せをなんて見え透いた言い訳をしなくてもいい!」
「そんなつもりで言ったわけではありません! 私は本心から殿下の幸せを祈っています。お慕いしているから、幸せになって欲しいんです!」
ラーセ殿下は表情を歪めて、苦々しく告げた。
「セチアは僕を信用していないから、そうやって僕を手放していいと思えるんだ。君は兄上と一緒にいる時はとても楽しそうだ。君はいつも僕のやりたいようにすればいいと言うけれど、僕を尊重しているようで、僕を信用していない!」
私は言葉を発せなくなり瞬きを忘れてラーセ殿下を凝視する。こんなにも辛そうに声を荒げて、感情を表に出すなんて。
胸奥がきりきりと痛み、喉が塞がったように息苦しい。
「そんな……つもりは、ありません。私は殿下を信じております」
途切れ途切れに発した声が、小さく消えていく。
ラーセ殿下は眉間の皺を深くしてしまう。
「僕を他の誰かに押しつけて兄上を選ぶなら、そうしたらいい」
「誤解です! リッド殿下のことは仲の良い友人の一人だと思っています! 愛しているのも、慕っているのもラーセ殿下だけです!」
ラーセ殿下に突き放すように告げられて、咄嗟に縋りつくように反論してしまう。
本当は彼から身を引かなくてはいけないのに。真逆の行動をしてしまっている。
「でもラーセ殿下は私を愛しているのではなく、無垢な雛鳥がくどいくらいに好きだと言われ、自分もそうだと刷り込まれている状態なんです。だから私などに囚われず運命の人に出会ったら……」
「どうして、そんなふうに考え…………ああ、そうか。僕が虐げられて育ってきたから、そういった感情に疎いと思っているんだ?」
「ち、違います! そうではなくて!」
「僕の君への気持ちを、君は錯覚にしたいんだろ?」
ああ、全く噛み合わない。
違う。私の行動が招いた結果だ。
ラーセ殿下は既に運命の人に出逢っている。
前世で幸せそうに笑うスチルを見ていたから、その邪魔をしたくない。ただそう思っただけなのに。
気が付くと、私の頬を涙が伝っていた。
ラーセ殿下はゆったりと身を傾け、顔を寄せてきた。触れるだけの口づけがおりる。
綺麗な顔が離れ、緑の瞳と視線が合う。ラーセ殿下はぐっと堪えるように下唇を噛んだ。
「セチア。僕は君を抱きたい。いいよね?」
その聞き方はずるい。
いつもラーセ殿下には、私に許可をとるようなことをしなくていいと伝えてきた。
だって彼の行動に異を唱えたいことなど一つもなかったから。
それなのに、今、物凄く逃げ出したい。
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