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屋敷に着き、馬車の外から声をかけられても、私はしばらく動くことが出来なかった。
「……お嬢様、開けてもよろしいですか?」
「よろしくないので、もう少し待って」
このやりとりも八回目。
さすがに侍女の声が焦り始めている。御者と何か言葉を交わしている様子だが、よく聞こえない。
気合を入れて立ち上がらなくては。いつまでもこんな場所にいるわけにいかない。
鞄に伏せたままだった顔を持ち上げると、かろうじて止まっていた涙が再び頬を伝う。
ああ、きりがない。どうしよう。
「姉上。開けますよ」
声と同時に許可を待たず扉が開いた。
あ、と思った時には時すでに遅し、イオは私を見て動きを止めた。
「へ、返事くらい待ちなさいよ……」
彼は私の頭から足の先までついと見やり、渋面を作る。
そして何かに気が付き、馬車に乗り込んで私の手に触れた。
「これはどうしたのですか!」
「え?」
手首に強く握られたと分かる痣が残っている。イオは顔を顰め、ふと視線を座席に落とした。
無造作に捨てられた小瓶が転がっている。
「これは……」
「あ! 待って!」
咄嗟に手を伸ばしたが、弟の方が一足早く小瓶を手に取ってしまった。小瓶を見つめイオの眉間の皺がますます深くなっていく。
「ちょ、ちょっと、待った。あのね!」
彼は私の言葉を無視して、瓶を上着のポケットに仕舞い、馬車の外にいた侍女に声をかけた。
「姉上の部屋に侍医を呼べ! 早く!」
イオの強い口調に侍女は何事かと驚き、慌てて屋敷に駆けていく。
「ちょっと、大げさなことにしないで! 何もないから!」
そう弟の背に叫ぶが、彼は怒りを露わにして私を振り返った。
「まさか、いつもこんな無体を強いられていたのですか?」
「は……?」
イオは苦痛を堪えるような表情になり、上着を脱いで私の肩を覆うようにかけてくれる。
そこでようやく、自分の姿が人に心配される状況なのだと気づいた。
慌てていたせいで、ブラウスの釦は互い違いになり、スカートは皺が寄ってくしゃくしゃで、髪も乱れている。
何かありましたと言わんばかりの様相である。
「姉上が王城に通うようになり、何をしているのか想像は出来ていましたが……」
「いや、そこは知っていても黙っていて」
「姉上!」
ふざけているように感じたのか、イオは声を荒げる。
「ご、ごめん。でも、心配しているようなことはないわ。少し揉めただけだから」
「少し揉めただけで、こんな姿で泣いて帰って来るのですか? 今まで強引に関係を迫られていたわけではないと?」
イオは問い詰めるような眼差しで言い重ねていく。私は言葉に詰まり頷きだけを返すが、弟は益々眉を跳ね上げてしまう。
「姉上、失礼します」
またしてもイオは言葉と同時に行動を起こした。
私をお姫様抱っこで抱え上げ、ゆっくりと馬車を降りる。
「ちょ、ちょっと待った! 目立つ! 目立ってる!」
「姉上が大きな声を出さなければ目立ちません」
「そんなわけないでしょう!」
イオはつかつかと屋敷の扉を目指して歩き、さすがに周囲の使用人たちが何事かとこちらを見ている。
「どうして弟にお姫様抱っこされないといけないのよ……恥ずかしい」
恥ずかしすぎて両手で顔を覆うと、彼は訝しそうに問う。
「姉上は造語が多すぎませんか? 意味が分かりません」
説明する気も起きなくて、イオに運ばれるままに身を任せる。
意外にも快適に部屋に戻れたが、その後、騒ぎを聞きつけた両親が発狂し事態は悪化した。
前世で婦人科に行ったことはあるけれど、この世界で女医とはいえ股を開いて診察を受けたのは初めてだ。
裂傷に塗る薬を処方され、避妊薬は男性が服用していないと効果は五分五分だと聞かされ母は倒れた。
周りが騒げば騒ぐほど冷静になっていくというものだ。
次第に気持ちが落ち着いてきたが、その夜私は高熱を出し三日間起き上がる事が出来なくなった。
ようやく熱が下がり意識がはっきりとしてきた頃、事態は更に悪化していた。
「……お嬢様、開けてもよろしいですか?」
「よろしくないので、もう少し待って」
このやりとりも八回目。
さすがに侍女の声が焦り始めている。御者と何か言葉を交わしている様子だが、よく聞こえない。
気合を入れて立ち上がらなくては。いつまでもこんな場所にいるわけにいかない。
鞄に伏せたままだった顔を持ち上げると、かろうじて止まっていた涙が再び頬を伝う。
ああ、きりがない。どうしよう。
「姉上。開けますよ」
声と同時に許可を待たず扉が開いた。
あ、と思った時には時すでに遅し、イオは私を見て動きを止めた。
「へ、返事くらい待ちなさいよ……」
彼は私の頭から足の先までついと見やり、渋面を作る。
そして何かに気が付き、馬車に乗り込んで私の手に触れた。
「これはどうしたのですか!」
「え?」
手首に強く握られたと分かる痣が残っている。イオは顔を顰め、ふと視線を座席に落とした。
無造作に捨てられた小瓶が転がっている。
「これは……」
「あ! 待って!」
咄嗟に手を伸ばしたが、弟の方が一足早く小瓶を手に取ってしまった。小瓶を見つめイオの眉間の皺がますます深くなっていく。
「ちょ、ちょっと、待った。あのね!」
彼は私の言葉を無視して、瓶を上着のポケットに仕舞い、馬車の外にいた侍女に声をかけた。
「姉上の部屋に侍医を呼べ! 早く!」
イオの強い口調に侍女は何事かと驚き、慌てて屋敷に駆けていく。
「ちょっと、大げさなことにしないで! 何もないから!」
そう弟の背に叫ぶが、彼は怒りを露わにして私を振り返った。
「まさか、いつもこんな無体を強いられていたのですか?」
「は……?」
イオは苦痛を堪えるような表情になり、上着を脱いで私の肩を覆うようにかけてくれる。
そこでようやく、自分の姿が人に心配される状況なのだと気づいた。
慌てていたせいで、ブラウスの釦は互い違いになり、スカートは皺が寄ってくしゃくしゃで、髪も乱れている。
何かありましたと言わんばかりの様相である。
「姉上が王城に通うようになり、何をしているのか想像は出来ていましたが……」
「いや、そこは知っていても黙っていて」
「姉上!」
ふざけているように感じたのか、イオは声を荒げる。
「ご、ごめん。でも、心配しているようなことはないわ。少し揉めただけだから」
「少し揉めただけで、こんな姿で泣いて帰って来るのですか? 今まで強引に関係を迫られていたわけではないと?」
イオは問い詰めるような眼差しで言い重ねていく。私は言葉に詰まり頷きだけを返すが、弟は益々眉を跳ね上げてしまう。
「姉上、失礼します」
またしてもイオは言葉と同時に行動を起こした。
私をお姫様抱っこで抱え上げ、ゆっくりと馬車を降りる。
「ちょ、ちょっと待った! 目立つ! 目立ってる!」
「姉上が大きな声を出さなければ目立ちません」
「そんなわけないでしょう!」
イオはつかつかと屋敷の扉を目指して歩き、さすがに周囲の使用人たちが何事かとこちらを見ている。
「どうして弟にお姫様抱っこされないといけないのよ……恥ずかしい」
恥ずかしすぎて両手で顔を覆うと、彼は訝しそうに問う。
「姉上は造語が多すぎませんか? 意味が分かりません」
説明する気も起きなくて、イオに運ばれるままに身を任せる。
意外にも快適に部屋に戻れたが、その後、騒ぎを聞きつけた両親が発狂し事態は悪化した。
前世で婦人科に行ったことはあるけれど、この世界で女医とはいえ股を開いて診察を受けたのは初めてだ。
裂傷に塗る薬を処方され、避妊薬は男性が服用していないと効果は五分五分だと聞かされ母は倒れた。
周りが騒げば騒ぐほど冷静になっていくというものだ。
次第に気持ちが落ち着いてきたが、その夜私は高熱を出し三日間起き上がる事が出来なくなった。
ようやく熱が下がり意識がはっきりとしてきた頃、事態は更に悪化していた。
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