【R18】肉食令嬢は推しの王子を愛しすぎている

みっきー・るー

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27 ラーセ視点

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「……はあ」
 国王の執務室。
 整然と整えられた机に片肘をつき、額をぐりぐりと抑えながら、この国の王は重い溜息をついた。 

「お前さ、もう少し上手くやれよ……」
「申し訳ありません」
 雑な言葉遣いの父を見つめながら、僕は感情のこもらない謝罪を口にする。
 父は不快そうに眉を寄せた。

「どうせ今日も門前払いされたんだろう」

 ここ毎日バース侯爵家へ謝罪に訪れているが、侯爵家当主は頑として何も聞いてくれない。加えて、熱を出しているセチアの容態も知ってほしくない様子だ。
 父は机の上に置かれた書類を指で叩きながら、暫し思案に耽る。

 この人の容姿や声も全て嫌いだ。
 父に似ている面立ちは褒められても嬉しくない。自分では分からないが、声も似ているらしいので、なるべく喋りたくない。
 久しぶりに対面した国王である父は、バース侯爵家から届いた婚約破棄を求める書状をどうするか考えあぐねている。

「別に俺は婚約者に手を出したことは責めていない。上手くやればいいものを、あんな目立つことをして」

 あっさりとクソな考えを述べてから、父はこちらをじろりと睨む。
 あの日セチアが酷い有様で城を駆けていく姿を多くの者に見られていた。
 誰がどうしようとして、そうなったのか明らかだった。

「申し訳ありません」
「……お前さ、セチア嬢はどう見てもお前に心酔していたのに、どうしたらこんな事態になるんだよ」
「申し訳ありません」

 父は息子の態度に苛立ったようだが、堪えるように再度溜息をついた。
「俺はバース侯爵に嫌われているんだ」
「はあ……」
 唐突な告白の意味が分からない。父は至極真面目な表情で告げた。

「バース侯爵は俺の学園時代の後輩にあたるんだが、彼の婚約者に手を出して散々揉めたことがある」
「…………」
 知りたくもない父のクソなエピソードを、また一つ知ってしまい吐きそうだ。

「その婚約者は第二妃のことだが、まあ、それはどうでもいいんだが」

 心底どうでもいい。

「でも、あいつは側近としては優秀だ。絶対に失いたくない。機嫌も損ねたくない」
「…………」 
「セチア嬢はお前に惚れこんでいるのだから、どうにかして許してもらい、侯爵を絆してもらえ」
「セチアは許してくれないかもしれません」
「そんなことないだろう。彼女はお前が甘い顔でも見せておけば、すぐに許してくれるさ」

 父の言葉に苛立ちを隠せず、表情筋が僅かに動いてしまった。彼は目ざとくそれに気づき笑みを浮かべる。

「お前は自分の武器も使えないようでは、宝の持ち腐れだな」

 クソが。
 何度、この男を口内で罵ったことか。

「とにかくだ。婚約破棄にはセチア嬢も同意しているとのことだ。必ず話をする場を設けて、何とか説得を試みろ。無理なら俺も対処を考える。あ、もちろん謝罪は誠心誠意しろよ」
「え……?」
「なんだよ、珍しい反応しやがって」
「セチアは同意しているのですか?」
「ああ、そうらしいが……ってお前」

 みるみる表情を取り繕えなくなり、ぐっと堪えるように奥歯を噛むと、嫌悪の対象である男は揶揄うように笑う。

「なんだ、お前の方が彼女に入れ込んでいるのか」
「……そういう言い方はやめてください」

 苛立ちを隠さずに告げると、ますます父は笑みを深めてしまう。
 これ以上の話は無意味だと思われたようで彼は早々に退室を命じる。
 型通りの礼をして部屋を出ると、鼓動が早鐘を打ち始めた。

 態度に出さないよう気をつけながら、急ぎ部屋へ向かうと、兄のリッドが廊下の飾り柱にもたれて立っている。

 兄もこちらに気が付いたようだ。目視で場所を指示され、人気のない場所に移動していく。
 先を歩く兄の後姿を見ながら、この背ばかりを追っていた頃を思い出した。
 振り返った兄はあの日の形容しがたい表情と同じ色を浮かべていた。
 胸が痛い。

「ラーセ。何を言われるのか分かるだろうが、セチア嬢に無体を強いて婚約破棄を求められているというのは事実か?」

「……はい、兄上」

 目を合わせられず視線を少し落とすと、彼は父と同じように深く嘆息してしまう。

「どうしてそんなことを……」
「申し訳ありません」
「謝るのは俺じゃない。その後、セチア嬢には会えたのか?」
「バース侯爵の許可が出ません」
「手紙は?」
「受け付けてもらえません」
「そうか……」

 兄は額を抑え、何か言いづらそうにしている。その姿が先程の父と重なった。
 自分の姿が父に似ているのは不快だが、兄が父の要素を受け継いでいるのは単純にいいと思う。
 容姿を褒め讃えるならば兄が相応しい。

「お前もしかして、俺とセチア嬢を誤解したんじゃないか?」
「…………」

 言葉を返せずにいると、兄はそれを肯定と受け取ったようだ。
 がしがしと花の色の髪をかき、金の瞳でこちらを見やる。

「すまない。誤解を招くような行動をとったのは軽率だった。久しぶりに会って……浮かれた」

 兄は正直すぎる。
 何と答えるべきか分からず、僕は言葉を探す。

「確かに俺はセチア嬢といるのは楽しい。慕ってもいる。ただその感情をどうにかしたいなんて思っていない。そもそも、あいつはお前にしか興味がないんだ。分かるだろう?」

「…………セチアは僕に運命の人が現れると思っています」
「は?」
「いつかその女性が現れたら身を引くと言っています。僕は信用されていません」
「またその話かよ……」
「また?」
「セチア嬢も同じようなことを言っていた。セチア嬢の思い込みも、お前の思い込みも相当だな。お前らを見ていると苛々する」

 兄は金の瞳を鋭く細め苛立ちを露わにしている。珍しい姿だ。

「申し訳ありません……」

「だからなんで俺に謝るんだ。ラーセ。この際だから言っておくが、お前がセチア嬢に対して未練を感じるのは何故だ? ようやく得られた味方に対する執着か?」

 ぐさりと胸に突き刺さる辛辣な言葉。
 そういう言葉を向けられることには慣れているのに、どうしてか兄に告げられると痛みを感じる。

「それなら、代わりの女性はいくらでも見つかる。セチア嬢に固執する必要はない。彼女が言うように、誰かがお前の運命の相手になってくれるさ。セチア嬢が去った後は勿論辛い時間が続くだろうが、時が経てば記憶は薄れる。それはお前がよく知っているだろう?」

 思わず顔を持ち上げて兄を見返してしまった。
 わざとらしく告げられた言葉に、薄れた記憶の中にいる母の姿を見た。
 兄は眉を下げて、困ったように笑む。

「そうやって、自分は信用されていないと諦められるならそうしたらいい。どうせセチア嬢も似たようなものだ」

 兄は言い捨てるように告げて、その場を去って行った。
 彼の背から憤りとは違う別の感情が伝わり居た堪れない。

 わざと僕の急所をつくような言葉を口にして、たきつけてくる。
 優しく伝えるのではなく、僕が気に病まないように、あえて嫌味な言い方をする。
 
 兄には嫌われたくない。セチアを慕う兄の想いを邪魔したくない。
 そんな感情が幼い頃からずっと燻っているのに、セチアの泣き顔が眼裏にこびりついて消えてくれなかった。
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