【R18】肉食令嬢は推しの王子を愛しすぎている

みっきー・るー

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 散々会話を楽しんだ後、私達は貸本屋を出て賑わう通りに戻ってきた。
 ここはリッド殿下とも歩いた通りだ。
 祭りの飾りに彩られてはいるが、見覚えのある店を何件か見てまわり、ふと一件の店で立ち止まる。
 味の想像がつかない、青いケーキが並ぶショーケース。
 最後にこれを見たのはラーセ殿下の部屋だ。脳裏をよぎる記憶に胸がざわりと冷えた。

「セチア……」

 小さな声が名を呼んだ。
 私の気配の変化を感じ取ったのかもしれない。彼を振り仰ぐと、緑の瞳は濡れたように潤み怯えが見て取れる。

「君がここで兄上と楽しそうに話しているのを見たんだ」

 そんな気がしていた。
 嫌味のように用意されたケーキを見た瞬間、後ろめたいことなどしていないのに、不貞を咎められているような心地になった。
 同時に、自分が誤解を招く行動をしていた事に気づかされたのだ。
 ラーセ殿下は身体を傾け、私の肩口に顔を寄せる。

「あの日、酷いことをしてすまなかった」

 かすれた声音が耳朶を刺激し、そして彼は顔を持ち上げた。

「セチア、僕を許さないでくれ」
「え……」
「君は僕の行動全てを許容してしまうから、それが心地良くてつい甘えてしまいたくなるけれど、逆に凄く不安になることがあるんだ」
「不安に?」

 ラーセ殿下は私の髪を撫でた。優しい手の動きが、私の気持ちを撫でつけていく。

「セチアが僕のことを一番大切だと言ってくれる度に、嬉しさと寂しさが混在する。僕は君自身を殺してまで僕を優先して欲しくない。僕に何かを求めることすら、期待されていないのだと落ち込む」

 ラーセ殿下の手が私の髪から離れた。閉口してしまう私を見やり、彼は困ったように笑う。

「僕はセチアが甘いものを好むことすら知らなかった。でも兄上は知っていたんだよね。君に接していた時間は僕の方が長いはずなのに、そのことが酷く胸に痛い」

「あ、あの、それは私がお教えしていなかったから……」

「うん。そう言ってたね。きっと君は君なりに、僕を楽しませようと必死なんだろう。その気持ちはとても嬉しい。でも時折、寂しくなるんだ」

 二人の間をふうわりと風が横切った。

「モミ様。あちらにあるパンケーキのお店に行きましょう」

 私は強引に話題を変えたくなり一件の店を指差した。ラーセ殿下は僅かに瞳を揺らしつつも、そちらを見やる。

「あの店は先日、モミ様のお兄様と一緒に行きました」
「ああ……うん」

 どうやらそれも知っているようだ。気まずいのか、彼は口を噤んでしまう。

「モミ様の好きそうなスイーツもありました。どうですか?」
「それじゃあ、あの店で休もう」
「はい」

 視線を重ねて微笑み合う。
 よかれと思いしてきた行為は、かえってラーセ殿下を戸惑わせていた。
 彼の笑顔を増やせたなんて自惚れていたけれど、打ちのめされた気持ちになってしまった。


 目的の店は祭りのため、以前よりも混雑していた。そんな中、ラーセ殿下は女性客の視線を集めている。
 前回はリッド殿下が注目されていたが、彼は全く気にもしていなかった。
 しかし、ラーセ殿下は違うようだ。
 
「…………視線が痛い」

「仕方がないですわ。モミ様は容姿端麗、眉目秀麗。歩く美の化身ですから」

「ねえ、どうしてそこまで恥ずかしい言葉を、すらすらと言えるんだ?」

 ラーセ殿下は赤面してしまい、片手で目元を隠した。その所作すら素敵なのだが一応黙っておこう。

 こうやってラーセ殿下と静かに会話をするのは初めてのような気がした。
 いつもつい食い気味に話しかけてしまっていた。もしかしたら、そんな会話の中でも、彼を不安に感じさせていたことがあったかもしれない。

 再び気分が落ち込みそうになるが、それを見計らったかのように注文の品が運ばれてきた。
 私はフルーツ山盛りのパンケーキ。ラーセ殿下は苦みの強いビターチョコのタルト。
 濃い目に煮出した紅茶が並び、美味しそうな香りにつられて鼻がすんすんと動いてしまう。

「アースは匂いを嗅ぐのが好きなんだね」
「え?」
「よく鼻が動いているから」
「み、見ないで下さいませ」

 そんなところを見られているとは思わなくて、咄嗟に鼻を隠すと、彼はくすくすと笑う。
 そう言われてみれば、私はラーセ殿下の匂いを嗅ぐのも好きだ。変質者感満載。

 頬に集まる熱を誤魔化しながら私はケーキを食べ進んだ。
 もぐもぐと無言で食べていると、またしても視線を感じラーセ殿下を見やる。
 彼は呆気にとられているようだ。

「どうしました?」
 口元を手で隠しながら、咀嚼していたものを飲み込む。
「君は存外、よく食べるんだね」
「そういうことは気が付いても黙っていて下さい」
「す、すまない」

 ラーセ殿下は視線を手元のタルトに移した。フォークで器用に切り口に運ぶ。
 彼の口角が小さく上がった。
(よかった……美味しいみたいね)
 表情の僅かな変化を見て幸せな気持ちになる。

「ん、アースも食べたい?」

 ラーセ殿下は、私がタルトに熱視線を送っていると思ったようだ。彼はタルトを一口サイズに切り、フォークに乗せて差し出した。
「え」
 私は驚いて身を固めてしまう。
「はい、あーん」
「え、えっ?」
 私は困惑しながら、差し出されたタルトを口に含む。口の中に広がる甘味と苦味のバランスが絶妙だ。
 味の感想と今起こった事態に、思考がぐるぐる回る。

「こ、こういうの、お嫌いなのでは……?」
「初めてしたけれど嫌いではないよ」
「でも、学園で」
「あそこは僕を知っている者ばかりだからね」
「……?」
「僕は堂々とした出自ではないから、何を囁かれているか気になってしまうんだ」
「も、申し訳ございません! 私、無神経でした!」
「謝らなくていい。僕も伝えていなかった」

「で、でも、モミ様の立場を考えれば気付けることだったのに、自分のことばかり優先してしまいました」

「君の場合、たまには僕より自分を優先した方がいいよ」

 そう言ってラーセ殿下は優しく笑った。
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