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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣

番外編《小話》今はまだ

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ムーンライトでゆく年くる年企画・第2弾~おいでませ2021年~として書いたものです。
※こちらも本編の時間軸とは全く関係ありません。ふわっとお読みください。






 夜会帰りの馬車の中、ジークヴァルトは先ほどからずっと難しい顔をしている。いや、今回に限ったことではない。ふたりきりになると大抵その眉間にしわが寄る。

「あの、ヴァルト様……」
「なんだ?」
「何かお悩みでもございますか?」

 乗せられた膝の上、見上げた瞳は不思議そうに見つめ返してきた。

「どうしてそんなことを聞く?」
「なんだか難しいお顔をなさっていますから」

 ぎゅっと寄せられた眉根に手を伸ばす。

「ほら、またこんなにおしわを寄せて」

 指でぐりぐりともみほぐすと、ジークヴァルトが慌てたようにつかみ取ってきた。

「これは元からだ」
「そんなはずありませんわ。おしわがないときだって、ちゃんとあるんですもの」
「とにかく悩みなどない」
「でしたら何かを我慢なさっていませんか?」

 じっと見つめると、ふいと顔をそらされる。

「やっぱり我慢なさっているのですね。ちゃんとおっしゃってくださいませ。言いたいことはきちんと言うって、ふたりで約束しましたでしょう?」
「我慢ならば……してはいる」

 そのままジークヴァルトは押し黙った。正直に言ったから、もういいだろうといった態度だ。

「ですから! 何を我慢なさっているというのです? わたくしに至らないことがあるなら、遠慮せず話してくださいませ」
「お前がどうという話ではない」
「ですがわたくしが無関係というわけでもないのでしょう? だってヴァルト様、ふたりきりのときだけ、うんと難しいお顔をなさいますもの」
「いや、これはオレの問題だ」
「どうしてもわたくしには教えてくださらないのですね……そんなにわたくしは頼りないですか?」

 ますます顔をそらそうとするジークヴァルトに、悲しくなってうつむいた。どんなことくらいかは、せめて話してほしいと思ってしまう。

「言ったら我慢できなくなるだろう……それに今聞いたら後悔するぞ」
「後悔だなんて……」

 切羽詰まったように言われ、リーゼロッテははっとなった。もしかしてジークヴァルトはトイレを我慢しているのではないのかと。

「も、申し訳ございません、わたくし不躾ぶしつけ詮索せんさくなどして……! 馬車を止めてもらいましょうか? 誰も来ないようにわたくしがちゃんと見張っておりますから! ああ、でもヴァルト様のお立場で外でするなんてできませんわよね!?」
「外でオレに何をさせるつもりだ」
「そ、そうですわよね、わたくしったらなんて恥ずかしいことをっ。あの、御者ぎょしゃの方! ジークヴァルト様が一大事なの! 悪いのだけれどできるだけ急いでお屋敷に戻ってもらえないかしら!?」

 いきなり御者に声をかけたリーゼロッテに、ジークヴァルトはぎょっとした顔をした。

「お前何を言って……」
「いいえ、わかっておりますから、ヴァルト様は何もおっしゃらないでくださいませ。ああ! お膝に乗っているのも圧迫しておつらいですわよね。わたくしったら気が回らずに……!」
「いや、待て」
「はっ! こういったことは考えると余計に我慢できなくなりますわよね。ああ、わたくし一体どうしてさしあげたらいいのかしら……!」

 おろおろとひとりでてんぱっているリーゼロッテを見やり、ジークヴァルトはふっと口元に魔王の笑みをのせた。

「問題ない。今はちゃんと我慢してやる」
「え……?」
「そのかわり、そのときは覚悟しておけよ」

 余裕の手つきで髪をき出したジークヴァルトに、リーゼロッテは再びおとなしく体を預けた。

(覚悟って……)

 狭い馬車で漏らされたりしたら確かに覚悟がりそうだ。そんなことを思ってリーゼロッテは神妙に頷いた。


 相変わらずかみ合わないまま、ふたりを乗せた馬車は街道を進んでいく。
 ジークヴァルトの我慢の正体にリーゼロッテが気づくのは、そう遠くない未来のお話。



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