摘んで、握って、枯れて。

朱雨

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枯花

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ある朝、起きたら、枕元には茶色がかった花弁が落ちていた。
その花弁は少しだけ濁った匂いがした。
そして全てを理解した。


「徹夜案件だね」


部屋には小さく南雲の声が咲いた。
雀の鳴き声が耳に響く感じが心地良い。

言葉通り、南雲は何日も徹夜をした。
辛かったり眠かったりして挫けそうになった時もあったが、自分の記憶を鮮明に思い出そうと努力した。


「朝倉君、ちょっと良い?」
「いいよー」


南雲は朝倉をいつもの階段の踊り場に呼び出す。
そして、5冊のノートを手渡す。


「何これ?」
「私がこれまで出会って知っている奇病についてまとめたノート」
「どうして急に……?」
「私の花吐き病の治療が上手くいったみたい」
「え、本当?! 良かったね、南雲さん!」


朝倉は南雲から受けとったノートを抱きしめる。


「ありがとう。だから、数ヶ月後にはいなくなるの」
「ぇ……?」


朝倉は強く後頭部を殴られたような感覚に陥る。
開いた目が閉じなくなるような気すらする。
腕の中にあったノートは無作為に床に散りばめられた。

校庭に生えている木々の葉先が少し枯れている。
もう秋は訪れていたのだ。


「私の手紙、見せたことないよね?」
「ない……けど……。ちょっと待ってよ……」
「お願い。しっかりして」


南雲は朝倉の頬に両手を添え、目を合わせる。


「私は今から朝倉君に罪悪感を植え付けることになると思う。それと、私の後継者になってもらいたい。分かった?」
「わ、分からないよ! 俺には無理だよ……。できない……」
「でもお願い。時間が無いの」


朝倉は何を言っても揺らがない南雲に折れる。
南雲も覚悟を決めたのだ。朝倉も覚悟を決める。


「……分かったよ」
「ありがとう。まず私への手紙を読んでくれる?」
「うん」


南雲は半ば強制的に朝倉に手紙を持たせた。
床にノートは散乱したままである。

《花の種類・・・カスミソウ
   病気になった原因・・・兄姉への劣等感
   唯一の治療法・・・酸っぱいものを食べ続けること
   花を吐く際の応急処置・・・誰かに愛を囁いてもらう


「ねぇ……。南雲さん……」


    治療の結果・・・完治せず数ヶ月後に死を迎える
    処置をしなかった場合・・・数週間後に涙石病を併発する》


「これ……どういうこと……?」
「簡単に言うと、私、死にたかったの。最初は自殺しようとも思ってた。そんな時、私は花を吐いた。中学2年生の時にね。初めて話した時にも言ったけど、私には出来の良い兄と姉がいるの。2人とは歳が5つも違くて、有名大学に進学して行った。比べられないわけもないよね。両親からも兄姉からも親戚からも、全員からの圧力に耐えられないんだ。だからこそ、普通のこの高校を選んだ。ピンときたんだよね」


南雲は笑顔を絶やさなかった。


「意味が分からないよ……。別に自殺してほしかったわけじゃないけど、花吐き病の治療のために長く生きていたメリットが無いように聞こえたよ、俺には」
「ああ、それは単純なことなんだよ。柚羽が傍にいてくれたから」


今日の南雲はとても饒舌だ。


「そんな……」
「人間って単純。私はそう思うんだ」
「何で……」
「何でってそれは……」
「違う! 俺が言いたいのは、南雲さんはたくさん人を助けてくれたんじゃないの。死にたかったってそんなの……」
「だから言ってるでしょ。『死にたかった』って」
「え?」


朝倉は目を丸くして南雲を見る。


「柚羽に頼まれたし、色んな人と関わるの楽しかったよ。辛い時もあったけど。でもね、生き甲斐って言ったら変なんだけど、話だけでも聞けて、知識もついてきて、いつか奇病の根源をどうにかできたらな、って思っててね」


南雲がただの死にたがりでは無かったとして、今日の南雲はとても饒舌である。

やっと床に散らばっていたノートを南雲は拾い上げる。
朝倉はそれを呆然と見ていた。
そして、そのノートを渡される。
今度は朝倉の意志でしっかり受け取る。


「お願いできる、朝倉君?」
「もう少し時間くれる……? 話は分かったけど、どうも俺1人じゃ背負えないよ、この案件」
「うん。でも、答えは遅くても1ヶ月で。私が消えちゃう前に」
「うん。任せて」
「ありがとう。戻ろっか」


南雲が先立って階段を降りていく。
その背中を見て、朝倉は大きな過ちを侵したことに気付く。


「な、南雲さんっ!」
「わっ。何よ、いきなり大声なんか出して」
「俺……、俺……っ」
「ふふ。さっきより泣きそうな顔してるよ。でも、朝倉君が気に病むことは無いよ。教えてなかったのは私だし。まさか、朝倉君に託すなんて思ってなかったし」
「でも……っ!」
「いいの。これ以上言ったら、消えた後も呪うよ?」
「それでも……っ!」
「じゃあ、後1回だけ言ってもいいよ。これっきりにして」
「分かった」


階段の踊り場に朝倉の深呼吸が響いた。


「ごめん」
「大丈夫だよ。はい。おしまい。私は普通に好きで食べてたけどね。美味しいから」


2人は各々の教室に戻った。
朝倉は受け取ったノートを鞄に仕舞い、机に頭を伏せる。

枯れた葉が擦れ合う音が耳に残るのが怖い。

朝倉はそう思っていた。
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