5 / 41
僕は傷つかないから
5
しおりを挟む
それからコウちゃんは忙しそうになって、家に来てくれない日はヨコさんの練習用モデルをしている。
今日は9時までには行くってメールが来た。明日の撮影で会えるのに来てくれるなんて、ヤバイ、嬉しい。
こんなに遅い時間に来るのは初めてで『残業 夜食』で検索する。
9時ギリギリに来たコウちゃんの表情は暗い。疲れてるのかな?
「ごめん、あんま来れなくて」
「大丈夫だよ。忙しいんでしょ?
ささ身のサラダとフルーツヨーグルト、どっちがいい?」
「え?ああ、じゃあ、ヨーグルト」
座っているコウちゃんにヨーグルトを置く。
「あんまないよね、このシチュエーションっ」
コウちゃんはヨーグルトじゃなく僕の顔を見る。
「元気だな」
コウちゃんが来てくれたから。なんて言ったら重いかな。遠回しに責めてるみたいかな。
「今日はいいことあったからかな」
「いや、最近明るくなったよ。ヨコと会うようになってから。ヨコとなんかあった?」
「特にないけど?
僕より辛い環境だったのに僕より明るいから見習おうとは思ってる」
「そうか。
ならもう、一人でも撮影行けるか?」
え
そうだよね。こんなに忙しいのに、元々の仕事じゃないのに。『うん、平気』って言わなきゃ。
言わなきゃ。『うん、平気!』って元気に頷いて。『今までごめんね、ありがとう。もう大丈夫だよ』って、言わなきゃ。
見つめ合っていたコウちゃんが吹き出した。
「お前っ、この前の犬と同じ顔してるぞ」
それはもしかして面白くて見せたあの動画のこと?
散歩だと思ってはしゃいでたのにお留守番だったあの犬のこと?
コメントで「雷落ちた?」とか「フリーズ(笑)」とか言われてたあの犬のこと?
「してないよ!」
『だから平気』って言わなきゃ。
「いいよ、行くよ。
今の顔めちゃくちゃツボ」
コウちゃんは「いただきます」と手を合わせてからヨーグルトを食べ始めた。
結局大丈夫って言えなくて今は撮影中なんだけど、もしかして今日来たくなかったのってカニちゃんと何かあったから?なんか微妙な距離感。
お互い気を遣いつつ避けてるみたいな。
ヨコさんも感じてるみたいで、近くに来て小道具を動かすふりをする。
「何か知ってます?」
ヨコさんが首を振る。
「喧嘩して仲直りした直後みたいな空気だけど、元々けんかするような仲でも性格でもないでしょ?」
喧嘩して仲直り。それって告白してきた子に『これからも友達で』って言った直後に似てない?
僕とクラスの女子がそうなった時に『喧嘩した?』って言われたもん。
コウちゃん振られた?
送ってもらう車の中で、僕は自分の気持ちが分からずに俯いていた。
昨日ちゃんと断ればよかった。コウちゃん可哀そう。これって僕にはチャンスじゃない?
グルグルしてわけ分かんない。
「どうした?黙って」
「わがまま言ってごめんなさい」
「どうした?急に」
「今日は何時に終わるの?僕が呼んだ分遅くなるんだよね?」
「……次の土日はゆっくりできるよ。どっか行きたい所ある?」
「家にいたい」
「遠慮すんなよ」
「ううん。最近『お菓子の人』って声を掛けられることが増えたから。二人で家にいよう?」
「……わかった」
誘惑ってどうすればいいの?
参考にしようと色っぽい写真を撮ってほしいってお願いしたら、ヨコさんは戸惑った。どうしても次の週末に間に合わせたいって頼み込んだら、条件付きで引き受けてくれた。
条件は僕の家、ポラロイド、服は脱がない。
全部僕を守るためのものだった。
金曜日の夜。撮影はゆっくりと始まった。普通の撮影。
「これ色っぽい?」
「こういうのは徐々に徐々にだから」
「じゃあ脱がなくていいから、ボタンを外す仕草をして。ためらいがちに、恥ずかしそうに」
四枚目でやっとそれっぽくなってきた。
次には結局全部のボタンを外した。でも写真は撮らない。
「ボタン全部外してるのが分かる感じで背中向けて」
ここでやっと五枚目。
本当に徐々にそれっぽくなっていく。
額と少し髪にも霧吹きを掛けられた。
「通せんぼする感じで壁ドンして」
そのタイミングでチャイムがなった。ちょうど見えるインターホンに映っているのは大好きな人。
「コウちゃんだ!」
なんで?明日まで会えないと思ってた。
「コウちゃん!?」
コウちゃんの顔も嬉しそうだったのにサッと色が変わった。
「お前、どうした?」
あ、服はだけてるし汗ばんでるみたいになってる。
靴を見て中にいる人が分かったみたい。
「ヨコか」
言いながら僕を押しのけて中に入る。
ほぼ真後ろをついて行ったつもりなのに、部屋に入ったらコウちゃんがヨコさんの胸倉を掴んでいた。
「お前なにやってんだよ!」
「撮影ですよ」
「撮影?」
コウちゃんは少し落ち着いたけどまだ怒ってる。
「本当にそれだけで済ますつもりだったのかよ?
玄樹はこんな見た目でもまだ子供なんだよ。変なことに利用するつもりなら」
「やめてよ!コウちゃんひどい!」
「は?俺?」
僕にタックルされてやっと落ち着いたみたい。
今日は9時までには行くってメールが来た。明日の撮影で会えるのに来てくれるなんて、ヤバイ、嬉しい。
こんなに遅い時間に来るのは初めてで『残業 夜食』で検索する。
9時ギリギリに来たコウちゃんの表情は暗い。疲れてるのかな?
「ごめん、あんま来れなくて」
「大丈夫だよ。忙しいんでしょ?
ささ身のサラダとフルーツヨーグルト、どっちがいい?」
「え?ああ、じゃあ、ヨーグルト」
座っているコウちゃんにヨーグルトを置く。
「あんまないよね、このシチュエーションっ」
コウちゃんはヨーグルトじゃなく僕の顔を見る。
「元気だな」
コウちゃんが来てくれたから。なんて言ったら重いかな。遠回しに責めてるみたいかな。
「今日はいいことあったからかな」
「いや、最近明るくなったよ。ヨコと会うようになってから。ヨコとなんかあった?」
「特にないけど?
僕より辛い環境だったのに僕より明るいから見習おうとは思ってる」
「そうか。
ならもう、一人でも撮影行けるか?」
え
そうだよね。こんなに忙しいのに、元々の仕事じゃないのに。『うん、平気』って言わなきゃ。
言わなきゃ。『うん、平気!』って元気に頷いて。『今までごめんね、ありがとう。もう大丈夫だよ』って、言わなきゃ。
見つめ合っていたコウちゃんが吹き出した。
「お前っ、この前の犬と同じ顔してるぞ」
それはもしかして面白くて見せたあの動画のこと?
散歩だと思ってはしゃいでたのにお留守番だったあの犬のこと?
コメントで「雷落ちた?」とか「フリーズ(笑)」とか言われてたあの犬のこと?
「してないよ!」
『だから平気』って言わなきゃ。
「いいよ、行くよ。
今の顔めちゃくちゃツボ」
コウちゃんは「いただきます」と手を合わせてからヨーグルトを食べ始めた。
結局大丈夫って言えなくて今は撮影中なんだけど、もしかして今日来たくなかったのってカニちゃんと何かあったから?なんか微妙な距離感。
お互い気を遣いつつ避けてるみたいな。
ヨコさんも感じてるみたいで、近くに来て小道具を動かすふりをする。
「何か知ってます?」
ヨコさんが首を振る。
「喧嘩して仲直りした直後みたいな空気だけど、元々けんかするような仲でも性格でもないでしょ?」
喧嘩して仲直り。それって告白してきた子に『これからも友達で』って言った直後に似てない?
僕とクラスの女子がそうなった時に『喧嘩した?』って言われたもん。
コウちゃん振られた?
送ってもらう車の中で、僕は自分の気持ちが分からずに俯いていた。
昨日ちゃんと断ればよかった。コウちゃん可哀そう。これって僕にはチャンスじゃない?
グルグルしてわけ分かんない。
「どうした?黙って」
「わがまま言ってごめんなさい」
「どうした?急に」
「今日は何時に終わるの?僕が呼んだ分遅くなるんだよね?」
「……次の土日はゆっくりできるよ。どっか行きたい所ある?」
「家にいたい」
「遠慮すんなよ」
「ううん。最近『お菓子の人』って声を掛けられることが増えたから。二人で家にいよう?」
「……わかった」
誘惑ってどうすればいいの?
参考にしようと色っぽい写真を撮ってほしいってお願いしたら、ヨコさんは戸惑った。どうしても次の週末に間に合わせたいって頼み込んだら、条件付きで引き受けてくれた。
条件は僕の家、ポラロイド、服は脱がない。
全部僕を守るためのものだった。
金曜日の夜。撮影はゆっくりと始まった。普通の撮影。
「これ色っぽい?」
「こういうのは徐々に徐々にだから」
「じゃあ脱がなくていいから、ボタンを外す仕草をして。ためらいがちに、恥ずかしそうに」
四枚目でやっとそれっぽくなってきた。
次には結局全部のボタンを外した。でも写真は撮らない。
「ボタン全部外してるのが分かる感じで背中向けて」
ここでやっと五枚目。
本当に徐々にそれっぽくなっていく。
額と少し髪にも霧吹きを掛けられた。
「通せんぼする感じで壁ドンして」
そのタイミングでチャイムがなった。ちょうど見えるインターホンに映っているのは大好きな人。
「コウちゃんだ!」
なんで?明日まで会えないと思ってた。
「コウちゃん!?」
コウちゃんの顔も嬉しそうだったのにサッと色が変わった。
「お前、どうした?」
あ、服はだけてるし汗ばんでるみたいになってる。
靴を見て中にいる人が分かったみたい。
「ヨコか」
言いながら僕を押しのけて中に入る。
ほぼ真後ろをついて行ったつもりなのに、部屋に入ったらコウちゃんがヨコさんの胸倉を掴んでいた。
「お前なにやってんだよ!」
「撮影ですよ」
「撮影?」
コウちゃんは少し落ち着いたけどまだ怒ってる。
「本当にそれだけで済ますつもりだったのかよ?
玄樹はこんな見た目でもまだ子供なんだよ。変なことに利用するつもりなら」
「やめてよ!コウちゃんひどい!」
「は?俺?」
僕にタックルされてやっと落ち着いたみたい。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる