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第5章
12 生きるために
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風に乗って運ばれてきた歌声は、波のように波紋を広げ神殿中に浸透していった。チドリやサリエ、ディル、宙を飛ぶナイトメアにまで伝わってきた。
とうとうきたか。
ナイトメアは木の枝に引っかかっていた国賓の証でもあるチョーカーを摘み上げた。ボロボロになってしまったが、王家の紋章が刻印されていた為に本物には違いなかった。
「さあ、準備は整った。我が元主様にお目通しを願おうか」
ナイトメアは不敵な笑みを浮かべ、城の方角に体を向けた。
黒々とした雷雲が空を覆い尽くしていた。時折見え隠れする雷をうっとりと眺めた。
「復讐にはうってつけの天気だ」
ナイトメアは半透明な指先を見た。握ると感覚がある。
じきに体も完全に出来上がるだろう。
「ふん。儂の願いを遂げたら迎えに行ってやろうかと思ったが、娘は逃げたか。やはり面白いやつだ。もし、もう一度出会えたなら、次は逃がしたりせんぞ」
拘束したはずの雪にいつのまにか逃げられていた。仲間の手引きがあったようだと空中に漂う術の残渣に鼻を鳴らした。
「まぁいいわ」
逃げたことで手に入れた恩恵だ。無駄にはせんぞ。とナイトメアはチョーカーをペロリと舐め、またすぐに会おうぞと言葉を残して消えた。
ナイトメアが消えた後に、もう一つ小さな浮遊体が現れた。赤毛猫のククルだ。
「まったくご主人は!…余所見ばかりしてると痛い目にあいますよ!」とキィキィ声を出した。
ニャーンニャーンと鳴きつつ、ぷりぷりと膨れっ面を浮かべた。
「ご主人、欲張りはいけませんよ。ご自分の体とわたしの復活と影付きの見受けなどと。両手を広げて受け止められてもその先を考えてますか?
両手がふさがっていたら何もできないじゃないですか?ヴァリウスは愚王でも頭は切れる方です。敵と見なされたら、背後からでもどこからでも斬りつけてきますよ。騎士道なんてものは糞食らえですよ」
ククルは雪が消えた辺りをじっと見つめ続けた。
「あの影付きも待っている者がいる。上手いこと影だけ抜いて生きながらえないものか…」
影は、元の世界で過去の記憶で生きる。現在の記憶はヴァリウスにくれてやる。本体には未来の記憶がある。生き続けるということは記憶の上書きが可能ということだ。毎日書き換えができる。それは受け入れられないと怒るだろうけど、もうそれしか方法がない。影付きは望んでいないことに従う気はないと言うけれど、こんな状況だもの。リスクも無しに物事は運べない。
ククルは意を決し、雪の思念を辿りながら空中を駆けて行った。
*
誰にでも生きる意義がある。
運命を受け入れるのも、逆らうのも自由意思であるから強制ではない。自由に決めていいと前置きされていても、例に反した選択はあまり好まれない。
かの勇者も冒険者も運命という単語にどれだけ振り回されたことだろう。自己犠牲を良しとして、生き汚く生きることを悪とする。どうかその考えを撤廃してほしい。誰にでも自由に生きる意義があるからだ。
生きる意味がある。
誰にでも。影付きでもだ。
ただ奪われるだけは嫌だ。誰に何を強制されるわけではなく自由に生きたい。この世界にいることが悪ならば、どうか元の世界に戻してほしい。家族との不和も新しい職場も自分でなんとかするから!時間がかかることなどハナから承知だ。こじれた人間関係の修復など、きれいに元に戻せるわけがない。いっそのこと全部やり直して最初から始めた方がいい。それには私でなければダメだ。私以外の泉原雪ではなくダメなのだ。
未練は有り余るほどある。誰かになり変わってもきっと、同じことの繰り返しだ。私の未練は私が片付けなければならない。
その場の流れに乗るとかできない。やはり、私は私のままがいい。
繋いだ手は決して離してはならない。
雪は、風に運ばれたままでいた体をキュッと止めた。ふわふわ浮いていた時とは違い、空気を切るように両腕でかいた。
どれだけ悩んでも悔やんでも、自分ひとり楽な道は選べない。ポイっと投げ出すのは簡単だけれど、その投げ出した厄は必ず誰かに降りかかる。私はそれを見過ごすことは出来ない。
それも自己犠牲かな?
カッコつけているわけじゃない。できないことをできると言ってるわけじゃない。ただ、やりもせずに投げ出すような無責任なことをしたくないだけだ。
それが分別のある大人だ。
雪は浮遊している体を地面に着けようと試みた。泳ぐように腕を回し、足をばたつかせた。
地上までは遠かった。何度空気をかいても、力が入らない。地上に降りるどころか、どんどん風に流されていた。
「難しいな」空中でもがくのも大変だ。
自分の意思とは正反対に流されてしまう。こんな時にふと考えてしまう。楽を取るか苦を取るか。ついさっきまで無責任なことはしたくないとか言っていたくせにすぐこれだ。嘘ではないけれど本音とも言い難い。あやふやだ。カッコつけているわけじゃないけれど、逃げ道は必要だとか思ってしまう。退路を断つほどの覚悟はない。
「弱いな」ぶれぶれだ。私の心。情けない。まだ道が出来ていなかった。私が進むべき道。
雪の心の声を察知したかのように、雪の目の前にポンっとククルが現れた。フサフサの毛箒みたいな尻尾を揺らし、雪の鼻先にずいっと顔を近づけた。
「そう呑気にことを構えているわけにはいきませんよ」
ククルは先程とはうって変わり、声音を低くして雪に話しかけた。
「ククル」
突如現れた猫を雪は慌てて抱き抱えた。
大丈夫。落ちませんよと雪の腕からすり抜けた。
「浮いてる」
眼前に浮遊している猫を雪はじぃっと眺めた。先程は横になった状態でしか見てなかったが、真正面から見る姿に感嘆の声を上げた。赤毛の長毛種。艶が見事だ。
「ふさふ」
「時間がありません」
ククルは雪の発言に割り込んできた。
「このまま風に乗っていけば巫女がいる場所まで運んでくれます」
「巫女はマリーのことね?」
「皮肉な話ですね。巫女の目覚めが影付きの処刑だなんて。あなたにも懐いていましたよね?あの少女は」
「…だね」
「あなたの犠牲で誕生する巫女はどう思うのでしょうか」
「できれば知らずにいてほしいな。マリーには幸せになってもらいたい」
「幸せの定義など人それぞれですよ」
「そりゃそうよ。価値も評価も人それぞれよ」
子どもに強制などしたくない。思ったことをそのまま受け入れてほしい。特にマリーは失っていた時間が長すぎるから、取り戻してほしい。何もかもを。
「あなたはいつも人のことばかりですね」
自分の意思も貫けない弱さ。そのくせ人の心配ばかりだ。
「自分が出来ないから、人に託しているのかもね」
あなたならどうすると。考え方の違いは仕方ない。皆が皆、同じ方向を見てなくてもいい。あらゆる方向性から物事を考えてほしい。
「マリーには時間がいっぱいあるから、色々なことを経験してほしいわ」
「あなたは何も望まないのですか?」
「私の望みは、私でいることだよ」
焦りも不安もあるはずなのに、雪は端的に答えた。迷いも消えない。出口のない迷路を延々とさまよっているみたいだった。
「それは無理ですよ…」
言い飽きたセリフ。もう何度となく繰り返した。繰り返す度に雪を傷付ける。
「私のままでいることがそんなに難しい?」
「あなたの意思を通せば、必ず綻びが出てくる。綻びを直すためには、少しぐらい協力してください」
「何をしたらいいの?」
「あなたの記憶を三分割します。元の世界にいた記憶、こちらの世界に来た記憶、そして未来を生きるための記憶」
「過去、現在、未来ってこと?」
「そうです。国家が影付きを手に入れれば、こんな小競り合いはチャラです」
「小競り合いって何よ。そんな簡単に言わないでよ」
「天環さえ出ればあとはなんとかなります」
「てん、かん?」
「天界からの贈り物とでも言いましょうか。光の輪です。100年間その国の治安は守られます。王の名声は上がり、王としての特質的な力を得る。その間は王の老いはストップされます」
「歳をとらない?」
「はい。ただし、王である職務を放置したり、王位を退いたりすると、止まっていた時間が進み出します」
「ヴァリウスみたいな人でも優遇されるのね」
「王と見なされたらその決議はくつがえたりはしないものです」
「…そう」
雪はまた表情を暗くした。
「さて、過去、現在、未来。あなたはどれなら捨てられますか?」
「…どれも捨てられないよ」
雪は怪訝な顔でククルを見た。
「融通きかない人ですね!それで命が助かるなら選べるでしょう!」
「言い方ってもんがあるでしょう?上から言うな!」
がなる雪をククルは引き気味で見つめた。本当に扱いづらい人だ!
「わたしなら過去ですね。生きてさえいれば記憶など何度でも書き直しがききますからね。
過去には戻れないですよ。
過去の記憶があっても元に戻せないなら捨ててもいいでしょう。ああ、捨てるという言い方はあなたにはよくないですね。忘れる…というのも違うか。なら預けましょう。記憶の空きスペースが必要なんですよ。ヴァリウスの目から逃げるために誤魔化すんです。天環が出ないとヴァリウスもあなたを諦めないでしょう。多少なりとも記憶を無くしてヴァリウスの目を眩ましましょう」
我ながらよく出来た案だ。ククルは満足気に笑った。
「預けるってどこに?ちゃんと元に戻る確証はあるの?」
「…まあ、いずれは(と言っておかないと面倒だなぁ)」
…この人必死過ぎて本心なのかどうか怪しいものだ。
良い子の線を引いてはしないかい?
ククルは不安がよぎった。
「独りよがりの正義は自分にしか向かないんですよ。
あなたの正義で巫女を助けたいと願っていても、助けられた巫女はあなたの犠牲の上で生きていくことになる。その事実を知って、それを喜ばしい事だと思いますか?」
「そうしなきゃマリーは助からない。一生子どものままでいさせるわけにはいかない」
「それはあなたなが背負わなきゃいけないものですか?
思い込みですよ。第一に、あの巫女の禁呪は解けている。ご主人も言っていたでしょう?無駄死にこそ無駄なんですよ!
あなたは自分が犠牲になることで、また良い子の一線を引いてませんか?誰も望んでないことに命をかける必要なんてないんですよ!
それがあなたの正義だなんて言わないでくださいね!!」
風に乗って運ばれてきた歌声は、波のように波紋を広げ神殿中に浸透していった。チドリやサリエ、ディル、宙を飛ぶナイトメアにまで伝わってきた。
とうとうきたか。
ナイトメアは木の枝に引っかかっていた国賓の証でもあるチョーカーを摘み上げた。ボロボロになってしまったが、王家の紋章が刻印されていた為に本物には違いなかった。
「さあ、準備は整った。我が元主様にお目通しを願おうか」
ナイトメアは不敵な笑みを浮かべ、城の方角に体を向けた。
黒々とした雷雲が空を覆い尽くしていた。時折見え隠れする雷をうっとりと眺めた。
「復讐にはうってつけの天気だ」
ナイトメアは半透明な指先を見た。握ると感覚がある。
じきに体も完全に出来上がるだろう。
「ふん。儂の願いを遂げたら迎えに行ってやろうかと思ったが、娘は逃げたか。やはり面白いやつだ。もし、もう一度出会えたなら、次は逃がしたりせんぞ」
拘束したはずの雪にいつのまにか逃げられていた。仲間の手引きがあったようだと空中に漂う術の残渣に鼻を鳴らした。
「まぁいいわ」
逃げたことで手に入れた恩恵だ。無駄にはせんぞ。とナイトメアはチョーカーをペロリと舐め、またすぐに会おうぞと言葉を残して消えた。
ナイトメアが消えた後に、もう一つ小さな浮遊体が現れた。赤毛猫のククルだ。
「まったくご主人は!…余所見ばかりしてると痛い目にあいますよ!」とキィキィ声を出した。
ニャーンニャーンと鳴きつつ、ぷりぷりと膨れっ面を浮かべた。
「ご主人、欲張りはいけませんよ。ご自分の体とわたしの復活と影付きの見受けなどと。両手を広げて受け止められてもその先を考えてますか?
両手がふさがっていたら何もできないじゃないですか?ヴァリウスは愚王でも頭は切れる方です。敵と見なされたら、背後からでもどこからでも斬りつけてきますよ。騎士道なんてものは糞食らえですよ」
ククルは雪が消えた辺りをじっと見つめ続けた。
「あの影付きも待っている者がいる。上手いこと影だけ抜いて生きながらえないものか…」
影は、元の世界で過去の記憶で生きる。現在の記憶はヴァリウスにくれてやる。本体には未来の記憶がある。生き続けるということは記憶の上書きが可能ということだ。毎日書き換えができる。それは受け入れられないと怒るだろうけど、もうそれしか方法がない。影付きは望んでいないことに従う気はないと言うけれど、こんな状況だもの。リスクも無しに物事は運べない。
ククルは意を決し、雪の思念を辿りながら空中を駆けて行った。
*
誰にでも生きる意義がある。
運命を受け入れるのも、逆らうのも自由意思であるから強制ではない。自由に決めていいと前置きされていても、例に反した選択はあまり好まれない。
かの勇者も冒険者も運命という単語にどれだけ振り回されたことだろう。自己犠牲を良しとして、生き汚く生きることを悪とする。どうかその考えを撤廃してほしい。誰にでも自由に生きる意義があるからだ。
生きる意味がある。
誰にでも。影付きでもだ。
ただ奪われるだけは嫌だ。誰に何を強制されるわけではなく自由に生きたい。この世界にいることが悪ならば、どうか元の世界に戻してほしい。家族との不和も新しい職場も自分でなんとかするから!時間がかかることなどハナから承知だ。こじれた人間関係の修復など、きれいに元に戻せるわけがない。いっそのこと全部やり直して最初から始めた方がいい。それには私でなければダメだ。私以外の泉原雪ではなくダメなのだ。
未練は有り余るほどある。誰かになり変わってもきっと、同じことの繰り返しだ。私の未練は私が片付けなければならない。
その場の流れに乗るとかできない。やはり、私は私のままがいい。
繋いだ手は決して離してはならない。
雪は、風に運ばれたままでいた体をキュッと止めた。ふわふわ浮いていた時とは違い、空気を切るように両腕でかいた。
どれだけ悩んでも悔やんでも、自分ひとり楽な道は選べない。ポイっと投げ出すのは簡単だけれど、その投げ出した厄は必ず誰かに降りかかる。私はそれを見過ごすことは出来ない。
それも自己犠牲かな?
カッコつけているわけじゃない。できないことをできると言ってるわけじゃない。ただ、やりもせずに投げ出すような無責任なことをしたくないだけだ。
それが分別のある大人だ。
雪は浮遊している体を地面に着けようと試みた。泳ぐように腕を回し、足をばたつかせた。
地上までは遠かった。何度空気をかいても、力が入らない。地上に降りるどころか、どんどん風に流されていた。
「難しいな」空中でもがくのも大変だ。
自分の意思とは正反対に流されてしまう。こんな時にふと考えてしまう。楽を取るか苦を取るか。ついさっきまで無責任なことはしたくないとか言っていたくせにすぐこれだ。嘘ではないけれど本音とも言い難い。あやふやだ。カッコつけているわけじゃないけれど、逃げ道は必要だとか思ってしまう。退路を断つほどの覚悟はない。
「弱いな」ぶれぶれだ。私の心。情けない。まだ道が出来ていなかった。私が進むべき道。
雪の心の声を察知したかのように、雪の目の前にポンっとククルが現れた。フサフサの毛箒みたいな尻尾を揺らし、雪の鼻先にずいっと顔を近づけた。
「そう呑気にことを構えているわけにはいきませんよ」
ククルは先程とはうって変わり、声音を低くして雪に話しかけた。
「ククル」
突如現れた猫を雪は慌てて抱き抱えた。
大丈夫。落ちませんよと雪の腕からすり抜けた。
「浮いてる」
眼前に浮遊している猫を雪はじぃっと眺めた。先程は横になった状態でしか見てなかったが、真正面から見る姿に感嘆の声を上げた。赤毛の長毛種。艶が見事だ。
「ふさふ」
「時間がありません」
ククルは雪の発言に割り込んできた。
「このまま風に乗っていけば巫女がいる場所まで運んでくれます」
「巫女はマリーのことね?」
「皮肉な話ですね。巫女の目覚めが影付きの処刑だなんて。あなたにも懐いていましたよね?あの少女は」
「…だね」
「あなたの犠牲で誕生する巫女はどう思うのでしょうか」
「できれば知らずにいてほしいな。マリーには幸せになってもらいたい」
「幸せの定義など人それぞれですよ」
「そりゃそうよ。価値も評価も人それぞれよ」
子どもに強制などしたくない。思ったことをそのまま受け入れてほしい。特にマリーは失っていた時間が長すぎるから、取り戻してほしい。何もかもを。
「あなたはいつも人のことばかりですね」
自分の意思も貫けない弱さ。そのくせ人の心配ばかりだ。
「自分が出来ないから、人に託しているのかもね」
あなたならどうすると。考え方の違いは仕方ない。皆が皆、同じ方向を見てなくてもいい。あらゆる方向性から物事を考えてほしい。
「マリーには時間がいっぱいあるから、色々なことを経験してほしいわ」
「あなたは何も望まないのですか?」
「私の望みは、私でいることだよ」
焦りも不安もあるはずなのに、雪は端的に答えた。迷いも消えない。出口のない迷路を延々とさまよっているみたいだった。
「それは無理ですよ…」
言い飽きたセリフ。もう何度となく繰り返した。繰り返す度に雪を傷付ける。
「私のままでいることがそんなに難しい?」
「あなたの意思を通せば、必ず綻びが出てくる。綻びを直すためには、少しぐらい協力してください」
「何をしたらいいの?」
「あなたの記憶を三分割します。元の世界にいた記憶、こちらの世界に来た記憶、そして未来を生きるための記憶」
「過去、現在、未来ってこと?」
「そうです。国家が影付きを手に入れれば、こんな小競り合いはチャラです」
「小競り合いって何よ。そんな簡単に言わないでよ」
「天環さえ出ればあとはなんとかなります」
「てん、かん?」
「天界からの贈り物とでも言いましょうか。光の輪です。100年間その国の治安は守られます。王の名声は上がり、王としての特質的な力を得る。その間は王の老いはストップされます」
「歳をとらない?」
「はい。ただし、王である職務を放置したり、王位を退いたりすると、止まっていた時間が進み出します」
「ヴァリウスみたいな人でも優遇されるのね」
「王と見なされたらその決議はくつがえたりはしないものです」
「…そう」
雪はまた表情を暗くした。
「さて、過去、現在、未来。あなたはどれなら捨てられますか?」
「…どれも捨てられないよ」
雪は怪訝な顔でククルを見た。
「融通きかない人ですね!それで命が助かるなら選べるでしょう!」
「言い方ってもんがあるでしょう?上から言うな!」
がなる雪をククルは引き気味で見つめた。本当に扱いづらい人だ!
「わたしなら過去ですね。生きてさえいれば記憶など何度でも書き直しがききますからね。
過去には戻れないですよ。
過去の記憶があっても元に戻せないなら捨ててもいいでしょう。ああ、捨てるという言い方はあなたにはよくないですね。忘れる…というのも違うか。なら預けましょう。記憶の空きスペースが必要なんですよ。ヴァリウスの目から逃げるために誤魔化すんです。天環が出ないとヴァリウスもあなたを諦めないでしょう。多少なりとも記憶を無くしてヴァリウスの目を眩ましましょう」
我ながらよく出来た案だ。ククルは満足気に笑った。
「預けるってどこに?ちゃんと元に戻る確証はあるの?」
「…まあ、いずれは(と言っておかないと面倒だなぁ)」
…この人必死過ぎて本心なのかどうか怪しいものだ。
良い子の線を引いてはしないかい?
ククルは不安がよぎった。
「独りよがりの正義は自分にしか向かないんですよ。
あなたの正義で巫女を助けたいと願っていても、助けられた巫女はあなたの犠牲の上で生きていくことになる。その事実を知って、それを喜ばしい事だと思いますか?」
「そうしなきゃマリーは助からない。一生子どものままでいさせるわけにはいかない」
「それはあなたなが背負わなきゃいけないものですか?
思い込みですよ。第一に、あの巫女の禁呪は解けている。ご主人も言っていたでしょう?無駄死にこそ無駄なんですよ!
あなたは自分が犠牲になることで、また良い子の一線を引いてませんか?誰も望んでないことに命をかける必要なんてないんですよ!
それがあなたの正義だなんて言わないでくださいね!!」
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