底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

奪還の奴隷⑤

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 フラフラと数歩歩いた後、『雷鳴』の首から下は地面に倒れる。

ーーバタッーー

 そんな『雷鳴』の身体を無表情のまま見下ろした後、リン先生は俺の方を心配そうな目で見る。

「エディさん、お怪我はありませんか?」

 リン先生の声に、俺は一瞬反応が遅れる。

「は、はい。俺は大丈夫です。リン先生は?」

「私も大丈夫です」

 そう言って微笑むリン先生を、俺はまじまじと見る。
 今の戦いでも、敵を殺したのは全てリン先生だ。

 恐らくリン先生は、意図して俺に人を殺させないようにしている。
 自分だけが手を汚すようにしている。

 二つ名持ちという、王国でもトップレベルの相手に、そんな配慮をしながら勝つなんて、並大抵のことではない。

 だが、リン先生はそれを成し遂げるだけの実力を持っている。

 非道な貴族に捕まり、心身ともにぼろぼろになっているはずのリン先生。
 そんな状態であるにも関わらず、俺に対して配慮まで見せる。

 人間的にも、戦闘能力的にも、間違いなく尊敬すべき人だ。
 この人が俺の先生で本当に良かった。

「先生、本当にありがとうございます」

 俺は心の底から頭を下げた。
 本当に尊敬する相手には自然と頭が下がるというが、その通りだった。

 そんな俺に対して、リン先生は困ったような笑顔を見せる。

「お礼を言うのは全て終わってからにしてください。まだ剣聖も十二貴族も残っています。今の戦闘で、間違いなく警戒されているはず。これからが本番です」

 リン先生が言うことはもっともだ。
 それでも俺は、今お礼を言いたかった。

 伝えたいことは、伝えたいと思った時に伝えておかなければ、伝えられないまま終わってしまうかもしれない。
 この世界では特にそうだ。
 これから数分後、自分やリン先生が生きている保証はない。

 ……そんな不吉なこと、口にはしないが。

 俺はリン先生の言葉に頷く。
 想いは伝えたのだから、これ以上の言葉はいらない。

「そうですね。恐らく次の間に控えるのが剣聖でしょう」

 俺の言葉にリン先生が首を傾げる。

「分かるんですか?」

 俺は頷く。

「はい。魔力も殺気も感じませんが、剣気とでも呼べばいいのでしょうか。研ぎ澄まされた刃のような鋭い気配を二つ感じます。剣聖とその弟子か何かだろうと思います」

 リン先生は感心したように頷いた。

「さすがはダインさんの弟子ですね。強い魔力を持った人が先にいるのは私も感じましたが、それが剣士かどうかは分かりませんでした。私は純粋な剣士との戦闘経験が少ないので、エディさんにも負担をかけてしまうかもしれません。決して無理はしないでくださいね」

 リン先生は申し訳なさそうにそう告げる。

 ここまではリン先生におんぶに抱っこだった。
 そろそろ俺も役に立たなければならない。

「任せてください。リン先生には指一本触れさせません」

 俺の答えにリン先生は苦笑する。

「無理をしないでとお話ししたつもりでしたが……エディさんの気持ちが嬉しいので、頼りにしちゃうことにします。よろしくお願いしますね」

 リン先生が嬉しそうな笑顔を見せる。
 自分を信用してくれる可愛らしい笑顔。
 俺は絶対にこの笑顔を守らなければならない。

 俺は先頭に立ち、次の間へと続く扉を開く。

 その奥には、推測通り二人の剣士が立っていた。

 堂々と立つ二人の剣士からは、思わず退いてしまいたくなるほどの鋭い気配が発せられていた。

「ここに来たということは、『雷鳴』と『迅雷』を倒して来たということか……」

 より鋭い気配を発している男がそう呟く。

 がっしりとした体躯。
 隙のない気配。

 ダイン師匠とはタイプは異なるが、そのオーラはとてもよく似ていた。

 本物の剣士。

 恐らくこの男が剣聖だろう。

 男は何気なく剣の柄に手を触れる。

ーーブワッーー

 その瞬間、部屋の中の空気が一変する。
 リン先生と俺は反射的に体へ魔力を流し、攻撃に備えた。

「なるほど。子供が二つ名持ちを二人も相手に戦えるわけがないと思ったが、今の反応と魔力量ならあり得なくもないか」

 つい反射的に反応してしまった俺は、その失態を悔いる。
 だが、リン先生には動揺するそぶりはなかった。

ーージワッーー

 お返しとばかりに、更に高濃度の魔力を発する。
 リン先生の魔力に、剣聖ではないと思われる方の男が、体に魔力を流し、身構える。

「……何だこの化け物みたいな魔力は?」

 剣聖と思われる男も、動揺はしないものの驚いたそぶりを見せる。

「退いて下さるんでしたら何もしません。道を開けてください」

 リン先生の言葉に、剣聖と思われる男は笑う。

「子供の割に面白い冗談を言うな。退くのはお前らだ。いくら広い屋敷だとはいえ、部屋の広さに制約はある。どれだけ魔力が高くても、この場では魔道士のお前は全力を出せない」

 剣聖と思われる男の言葉はもっともだ。
 この屋敷の中では、炎の魔法は火事や爆発の可能性があるから使いづらいし、最上級魔法『火雷(ほのいかずち)』も使えないだろう。

 それでもリン先生は余裕を崩さない。

「だから何でしょう? 全力なんか出せなくても、私が勝ちます」

 リン先生の言葉に、剣聖ではないと思われる方の男がカチンと来たようだ。

「剣聖様を前に馬鹿なことを。お前らごとき、私が刀の錆にしてくれる」

 剣聖の仲間の剣士の言葉に、俺は内心、笑ってしまいそうになるのをこらえる。

 戦力の分散は望むところだ。
 この男の実力は、見たところ二つ名持ちレベルだと思われる。
 剣聖と二人で連携されれば戦いづらくなる可能性が高いが、この男が単独で戦うなら、リン先生と俺で瞬殺だ。

 俺がさらにこの男を煽るような言葉を考えていると、先に剣聖が口を開いた。

「お前じゃこいつらには勝てない。特にそっちのお嬢さんは、確かに本気を出せなくても、お前相手なら余裕で勝てるだろう」

「なっ……」

 剣聖の言葉に反論しようとした男は、剣聖の真剣な顔を見て、下を向く。

 剣聖はそんな男から目を離し、俺たちの方へ目を向けた。

「本来ならお前らをここで殺さないといけないところだが……」

 そう言いかけた剣聖は視線を俺に集中させる。

「お前は何を目指す?」

「……えっ?」

 剣聖からの突然の問いかけに、俺は思わず声を漏らす。

「お前の剣の腕が立つのは見れば分かる。俺が目指すのは最強の剣士だ。お前は何を目指す?」

 剣聖の質問の意図が分からない。
 でも、適当な答えを返してはダメなのだけは分かる。

「俺は最強の剣士などに興味はない」

 俺の言葉を聞いた剣聖の表情に落胆の色が浮かぶ。

「でも……」

 剣聖の反応は気にせず、俺はリン先生をじっと見て、そして言葉を繋ぐ。

「大切な人を守るために最強になる必要があるのなら最強を目指す。剣士としての最強ではなく、本当の最強を」

 そんな俺に対し、剣聖は質問する。

「その先にいるのが、アレスや四魔貴族、そして魔王だとしてもか?」

 俺は即答する。

「相手が魔王でも、だ」

 俺の返事を聞いた剣聖はなぜか嬉しそうに笑い出す。

「クククッ」

 笑いながら鞘から剣を抜き、体に魔力を込める。
 膨大な魔力が剣気と混じり、その空間を支配する。

「その覚悟、俺が試してやろう」

 俺も刀の柄に手をかけ、体に魔力を流す。

 リン先生と剣聖の連れの男も、同様に魔力を込めようとする。
 だが……

「お前らは手を出すな」

 剣聖の言葉に対し、リン先生が真っ先に反論する。

「嫌です。貴方はエディさんと二人で倒させてもらいます」

 リン先生の反論は真っ当だ。
 二人で戦った方がこちらに有利になる。

「お嬢ちゃんが手を出すなら、俺も本気を出す。仮にお前らが勝ったとしても、消耗した状態でこの先の十二貴族を相手にできるのか?」

「それは……」

 剣聖の言葉に対し、リン先生は返事に詰まる。

「俺はこいつの覚悟が見たいだけだ。殺しはしないと約束しよう。こいつの覚悟が本物なら進ませてやる。紛い物ならこの先に進んでも殺されるだけだから、ここで止めてやるが」

 俺は考える。
 剣聖の言葉が本物なら、俺たちにとっては願っても無い話だ。

 覚悟というのが何か分からないが、剣聖に認められさえすれば、たとえ俺が消耗しても、リン先生を温存したまま、先へ進める。
 仮に剣聖の言葉が一対一で戦うための方便だったとしても、俺がやられなければいいだけだ。

「リン先生。俺はこの提案受けたいと思います」

 俺の言葉に、リン先生は不安な顔を見せる。

「剣聖の言葉は本当か分かりません。そんな状態で、エディさんを危険に晒すわけにはいきません」

 俺はそんなリン先生に微笑みかける。

「大丈夫です。仮に相手の目的が一対一で戦うことで、俺を殺すのが目的だったとしても、俺は負けませんから」

「エディさん……」

 それでもなお心配そうな目をするリン先生。
 心配を拭う方法は一つ。
 俺がみっともない戦いをしなければいいだけだ。

 俺は視線をリン先生から剣聖に戻し、刀の柄に手をやり、魔力を込める。

「望み通り、俺の覚悟を見せてやる」

 そんな俺の言葉を聞いた剣聖はニヤッと笑う。

「そう来なくちゃな」

 剣聖を取り巻く剣気とも呼ぶべき気配が、より鋭さを増す。

「……行くぞ」

 そして俺と剣聖の戦いが始まった。
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