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小夜曲

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 どうしてこうなった。





 父さん、母さん、あれから一ヶ月ほど経ちますが、お変わりはありませんでしょうか。僕は、死にそうです。

 ごめんなさい、故郷には戻れそうにありません。今、魔法闘技場にいます。そう、これから命がけの決闘をするのです。



 ここに来る前に「死んでも一切文句は言わない」的な誓約書を書かされました。

 戦う相手は学園で一番の使い手であるエンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルト君です。噛まずに言えたので褒めてください。

 彼は街5つ以上を簡単に吹き飛ばすほどの魔法を使えるようです。

 僕ですか? 魔法自体が使えません。アリ一匹殺せません。別に不殺生主義者ではありません。アリだけに。



 怖くて鼻水が出ています。

 耳からも謎の液体が出ています。





 ……本当に、どうしてこうなった。





 過呼吸によって口がパクパクと動き、汗はだくだくと滑り落ち、まるで滝のようだ。

 俺の下に来れば滝行が出来るかもしれない。

 足は目で追えないほどの速度でカクカク震えており、一体、これほどの速さをどのようなエネルギーによって生み出しているのかと不思議に思う。



 歯はガタガタと音をたて、心臓は太鼓のように打ち、腸がギュルギュル忙しそうに鳴り立てている。

 俺の身体だけでオーケストラが出来そうだ。ちょうど、魔法の杖も持っているので指揮棒にすればいい。

 こんなに聴衆もいる事だしな!



 闘技場をぐるりと取り囲む形で作られている観客席を見回すと、おびただしい数の生徒たちが集まっており、

「エンゲルベルト! その不届き者を殺すのだ!!」

「下劣な下着泥棒に死の制裁を!!」

 などの熱い声援を送ってくれている。相手に。



 そう、彼らの言う「不届き者」も「下着泥棒」も俺のことである。言っておくが一切見に覚えのない事である。



 では何故、入学して桃色のスクールライフに胸を膨らませていた俺が、こんな即落ち二にコマみたいな絶望的状況に立たされているのか。

 それは俺の学園生活をハイライトでご覧頂かなければならない。







 ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆







 以前にも話したように、俺は入学を心待ちにしていた。己が持っているとされる魔力で無双し、女生徒たちとのめくるめく青春の日々を送れる事を夢見ていた。



 しかし俺が思っていた理想と現実はかなり違っていた。例えるなら、チョコレートだと思って口に入れたら実はシャケだった。くらいに理想と現実にはギャップがあった。



 理由は幾つもある。

 まず障害となったのは俺が読み書きを出来なかった事だ。

 今までも、そしてこれからも農民として一生を過ごす予定だった俺は、一切読み書きの勉強をした事が無かった。



 15歳にもなって文字も書けずに学校へ通うという事は、今思えばかなり無謀で、泳げもしないのに大陸間を泳いで渡ろうとするくらい無謀だった。



 そんな状態で授業なんてまともに受けられるわけがない。

「では次の問題、クラウス君、解いてみなさい」

 なんて言われようものならそれは即ち死刑宣告である。

「(まず問題文の意味が)分かりません」

 と震える声で言うしかない。





 これは序の口である。

 クラスメイトにも一切溶け込む事が出来なかった。思い出して欲しい。この国では国民の95%以上が中二病なのである。魔法学園の生徒ともなると、その重症度は誰しもステージ4以上。

 その中に一人、俺のようなコミュ障で話し言葉の(相手から見て)おかしい農民の俺が紛れ込んだのだ。

「回せ……! 終末の書を……!」

「闇に落ちろ」

 試しにこの二つ、何と言っているか解読してほしい。

 ちなみに一つ目は「紙を後ろに回してください」二つ目は「今日はあなたが掃除当番です」である。

 分かるかぁ!!!



 まだある。

 俺は全く魔法を使えなかった。いくら魔法の素養があるからと言って、急に魔法が使えるようになるわけではない。

 ここで学ぶ生徒はみんな初等部、中等部を経て魔法の基礎、使い方を学んでくるのである。

 しかし俺は前述のように勉強自体っやった事がない男である。先生から



「もっと魔力を意識せよ」

 と怒られても

「まずお前誰だよ」状態である。



 一人一人が魔法の実技をする時、自分だけ魔法の杖から魔法が出ないのだ。

 何この魔法使いの中に一人だけパントマイマーがおる状態。

 失笑と嘲の声が聞こえる中、俺は必死に表情だけは「もう少しで出そう」な感じに作っていた。

 こうて次第に実技の先生も俺に口出ししなくなっていった。





 だがクラスメイトたちはスルーしてくれなかった。

 何回も言うが俺は非常に悪目立ちする存在だったのだ。廊下を歩けばヒソヒソ話が聞こえ、後ろ指を刺されているのが分かる。後ろ指を指されすぎて少し肩こりが改善したかもしれない。



 まあそんな人気者の俺だが、たった一つだけ、クラスメイトをドン引きさせた授業がある。「魔力測定」だ。



 魔力測定は生徒一人一人の魔力を測るもので、言わば身体検査と同じように行われている。

 方法は簡単だ。悪魔を模した、魔力を測る像の腹に手をかざすだけである。すると

「80……」

「124……」

「97……」

 と、点数評価がされていく。



 同期の中でも飛び抜けて点数の良い奴がいた。彼こそ、俺が今回決闘する事になったエンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルトである。彼は両親がギラ正規軍の闇魔道士という、生まれながらのサラブレッドだ。

 ちなみに正規軍には僅か300人しか魔道士がおらず、非常に希少で選ばれし存在。両親二人ともが正規の闇魔道士となれば、それはもうエリート中のエリート。人々からは憧れの眼差しを一点に受ける存在なのだ。



「1523……」



 エンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルトが手をかざした瞬間、悪魔の像が重々しく言った。

 クラス中がどよめく。さすがエンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルト。やはりエリートだ。と、もてはやしている。



「103……」

「95……」

 とエンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルトの後も測定が続く中、俺の番がやってきた。

 クラス中のひそひそ声を背中に受けながら人気者の俺は機械の前に立つ。

 ここで奇妙なことが起こった。俺が手をかざしても何故か反応しないのだ。あれ、まさかの魔力0? と思って俺は焦った。周りからも失笑と嘲りの声が聞こえる。その時だった。







「凄すぎてイッちゃううううう!!!!!!!」





 悪魔の像が甲高い声で喘いだ。

 直後、ズドン! と腹に来る破裂音と共に爆発四散した。

 クラス中に悲鳴と焦りの声が響く。

 ……ちなみに爆発を起こした張本人である俺は驚きのあまり動けなかった。

 色々と思うことはあるが、悪魔よ。辞世の句は本当にそれで良かったのかい?



 その場に居た全員が焦っていたが一番俺が焦っていた。像を弁償させられると思ったからだ。後で聞いた話だが、手をかざす者の魔力があまりに高すぎると、稀に像が凄すぎてイッちゃうらしい。

 これをつくった奴はどういう気持ちでこの機能を搭載したんだ!



 何はともあれ、俺はおとがめなしで済んだ。それは良かったのだが、一人だけ、授業が終わるまで俺をずっと睨んでいた奴がいる。

 そう、エンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルトである。

 全然関係ないけどこいつの名前を唱えていたら便通が良くなりそうだ。







 そしてあの事件が起こった。今思えば像のイっちゃった件と、この事件はつながっていたのだ。



 その日、水泳の授業が終わり、トイレに寄ってから教室に戻ると、かなりの騒ぎになっているではないか。しかも何故かみんな俺のことを避けている。まあそれだけならいつも通りであるが、今回はどうも敵意に満ちた目で睨まれている気がする。



 勇気を出して何が起こったのか聞いてみると、何とプール授業中に女子の水着が全て盗まれてしまったのだと言う。

「ど、どこの変態がそんな事を……」

「貴様だろう」



 とツッコミのような指摘が入った。

 エンゲルベルト・ヴォルガング・フォン・デュンヴァルトである。

 失礼な。俺は少しスケベかもしれないが、女子の下着が欲しいだなんて考えた事は3回くらいしかない。無論、取った事はない。



 俺は千切れるくらいに首を振って否定した。全く身に覚えがないからだ。しかし、いくら否定しても誰も信じてくれなかった。プールの授業を唯一休んだ俺しか犯行可能な人間がいないと言うのだ。



「深淵の扉を開け……」(訳:やってないと言うのならカバンの中身を見せなさい)

 とクラスメイトの一人が言った。

 もちろん、取っていないので下着が出てくるわけがない。これは冤罪を証明するチャンスだ、とばかりに俺は自分の頭に向けてカバンをひっくり返した。



 その時の光景を俺は一生忘れないだろう。目を閉じると、今でも色鮮やかになって蘇ってくる。



 俺の頭上からキラキラと輝きながら、何かが降ってきた。おびただしい数の、女子の下着である。

 それはまるで夏の夕立のように、生温くて、どこか幻想的で、俺の人生の終わりを告げていた。



 間も無く女子の悲鳴と、男子の怒声が同時に響いてきた。



「お、俺じゃない! 誰かにハメられたんだ!」



 俺は自分の頭にブラジャーが乗っかったまま弁明を試みた。しかしこうなっては誰も信じてくれない。

 クラス中から俺に対して罵詈雑言が飛んでくる。



「闇に潜みて姦淫を働くモノ!」

「女の生き血を啜る悪魔!」

「邪婬神!」



 など、国家総中二病の名に相応き独特な罵倒を受けまくった。

 それでも俺はやっていない。やっていないと否定していると



「そこまで言うなら仕方ない。貴様の言い分を信じてやっても良いだろう」

 と快便のエンゲルベルトが言ったのでクラス中がどよめいた。



「ただし」

 俺の顔が綻びかけた瞬間に釘が刺される。



「魔法決闘で俺に勝つことが出来たらな」



 そう、エンゲルベルトの狙いは、最初からこれだったのである。

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