Blissful Kiss

雪原歌乃

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Chapter.4 触れて、側にいて

Act.1-02

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 しばらくすると、鍋からコトコトと音が聴こえてきた。私は火を止め、筑前煮を大きめのタッパーに入れた。さすがに全部は入れられなかったから、残った分は家族で食べてもらう。
 そして、ふと気付いた。筑前煮だけというのは、さすがに味気ないのではないか、と。
 私は筑前煮の入ったタッパーを蓋を開けた状態で置いてから、冷蔵庫を開けてみた。
 卵にしゃぶしゃぶ用の豚肉、梅干しが真っ先に目に飛び込む。さらに野菜室も漁ってみると、にんじんといんげんを見付けた。
 ついでだから、お弁当を作ってしまおうと急に思い立った。幸い、昨晩のうちにセットしていた炊飯器の中のご飯も先ほど炊けた。これで梅干しのおにぎりが作れる。
 我ながら素早い行動だった。普段はそれほど行動力がある方じゃないのに、目的があるとこうも違うのか。いや、七緒や佳奈子と逢う時はここまで張りきることはない。やはり、高遠さんの存在はそれだけ偉大なのかもしれない。
 にんじんは細切りにして軽く下茹でする。それから広げた豚肉にいんげんと一緒に載せてから巻いて、フライパンで転がしながら焼いてゆく。これだけで見た目もずいぶんと良いおかずになるから、私はよく自分のお弁当用に作っている。高遠さんも気に入ってくれれば嬉しいのだけど。
 あとは定番とも言うべき玉子焼きも作ってみた。出し巻きに挑戦してみたのだけど、巻きは思ったように上手く出来なかった。味は悪くないから、見た目はそれでカバーするしかない。
 せっせと動き回っていたら、軽く汗ばんできた。ヒーターもよく効いているからなおさら。
 おにぎりを握り終え、おかずの粗熱も取れて蓋を閉めた頃、リビングのドアの開く音が聴こえてきた。
「――なんだ、姉ちゃんかよ……」
 眠気眼にボサボサの頭で現れたのは、弟の侑大ゆうただった。リビングから物音がしたから覗いてみた、といったところだろうか。
「『なんだ』とは何よあんた。いちゃ悪い?」
 つっけんどんな態度で返す私に、「んなこと言ってねえだろ……」と面倒臭そうに返された。
「ただちょっとビックリしただけじゃねえか。てっきり母さんがいるもんだと思っただけで……」
「ああ、そうゆうこと」
 確かに、侑大の言いたいことも分からなくはない。まさか、休日の早朝から私が早起きしているなんて想像もしていなかっただろう。それ以前に、侑大が起きてきたことにも私は驚いているのだけど。
「で、侑大は何しに来たの? あんたも早起きじゃない」
「別に早起きしたわけじゃねえよ。トイレに起きただけでまた寝るし」
「じゃあ早く戻ったら?」
「――俺は邪魔者扱いかよ……?」
「うーん、どうだろう……?」
「――おい。『違う』ぐらい言えねえのか……」
 しょうもない言い争いが始まりかけている。でも、私達はそれほど大掛かりな喧嘩にはならない。侑大は口は悪いけれど、思い遣りがある子だ。
「まあいいや。寝る」
 そう言ってリビングのドアを閉めかけたところで、「侑大」と呼び止めた。
 侑大は黙って私の方を振り返る。
「筑前煮、あとで食べなよ? 美味しく出来たから」
「――また筑前煮……」
 うんざりしたように口にし、けれどもすぐに、「あとでちゃんと食う」と返してくれた。
 ドアが閉まり、侑大の気配が遠ざかると、また室内が静まり返った。改めてリビングの壁時計を見上げると、七時を過ぎていた。
 私は風呂敷で弁当箱を包んでからキッチンの後片付けを始めた。作るのを最優先にしていたから、だいぶ散らかっている。
 作るよりも洗い物の方が大変だった。だからと言って、残しておくわけにもいかないから、面倒だと思いながらも黙々と作業した。
 洗い物も全て済ませ、今度はリビングのカーテンを開けた。空がうっすらと明るくなっている。今日も晴天に恵まれそうだ。
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