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Chapter.6 好きだから
Act.2
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約束の日、私は待ち合わせの三十分前に家を出た。本当はもう少し早く出るつもりだったのに、そんな日に限ってうっかり寝過ごしてしまった。
とりあえず、時間には間に合う。でも、やはり何があるか分からないから余裕を持ちたかった。
高遠さんとは家の最寄り駅で落ち合うことにしている。これももちろん、高遠さんからの指定だ。本当は家まで迎えに来たそうだったけれど、そこはさすがに私も強く断った。家族に見られるのは恥ずかしいから、と。
駅まではゆっくり歩くとギリギリで着く。だから、少し速足で向かった。
◆◇◆◇
息を切らしながら駅に着くと、高遠さんはすでに中で待っていた。手には飲み終えたと思われる缶コーヒーが握られている。
「ごめんなさい!」
自分でも大袈裟に思えるほど頭を下げると、高遠さんは、「大丈夫だよ」と微苦笑を浮かべた。
「まだ時間前だし。むしろ、俺が先に到着していて良かった」
「でも、私の方が近いのに……」
「そういうもんじゃないだろ? さ、行こうか?」
高遠さんは手近なゴミ箱に缶を投げ入れ、ごく自然に私の手を取った。
私は思わず周りを見てしまった。人はいるけれど、幸い、誰も私達のことを全く気にしていない。見知った顔も全くなかった。
「まずは買い出しかな?」
駐車場に向かいながら高遠さんが訊ねてきたので、私は、「そうですね」と頷く。
「一応、買い物リストは作ってきたので。でも、もしあるものがあるならそれは省きます」
「そっか。でも、ウチはあんまりものがないからね。醤油とか油ぐらいならあるけど。あ、ダシの素もあったかな?」
「分かりました」
駐車場に着き、私は高遠さんに促されるままに車に乗った。さすがにまだ、自分から勝手に乗り込む度胸はない。
シートベルトを装着すると、高遠さんはエンジンをかけて車を発進させる。周りを気にしながら駐車場を出ると、そのまま目的のスーパーへ向かった。
スーパーに着いてから、高遠さんが買い物カゴを持ってくれた。悪いと思い、私が手を出そうとすると、高遠さんに軽く叱られてしまった。
「俺は荷物持ち係。それに、女の子に重いものを持たせるわけにはいかないだろ?」
予想通りと言えば予想通りの言い分だった。周りの目を気にしている、というより、純粋に私に負担をかけたくないという高遠さんの優しさなのだ。
「で、まずはどこに行きます?」
わざとらしく敬語で訊ねてくる高遠さんに、私は思わず微苦笑を浮かべてしまった。
「じゃあ、野菜のトコから」
「了解」
野菜を指定したのは、入ってすぐに野菜コーナーが目に付いたからだった。
まずは野菜を選び、肉のコーナーへ行って肉を選ぶ。そして、調味料のコーナーに向かい、高遠さんの所にないものを次々とカゴに入れていった。
気付けばカゴがいっぱいになっていた。選ぶのが楽しかったとはいえ、ちょっと買い過ぎだったかもしれない。
「思ったより多くなりました……」
気まずい思いで言うと、高遠さんは、「別にいいんじゃない?」とあっけらかんとして返してきた
「余ったならウチに置いとけばいいんだし。で、また絢に来てもらって何か作ってもらえれば俺も助かるし嬉しい」
「また、ですか……?」
「イヤなの?」
「いえ、イヤじゃないですけど……」
不思議そうに私を見つめる高遠さんに、私はおずおずと続けた。
「――私、押しかけ女房みたいになりません……?」
高遠さんは少しばかりポカンとし、それからすぐに、「あはは」と声を上げて笑った。
「押しかけ女房いいじゃないか! てか、むしろ大歓迎。いつでも来ていいよ」
「――いや、いつでも行くのは無理がありますよ……?」
「じゃあ、お互いの都合がいい日でいいじゃない。なんなら、俺んトコの合鍵でも渡しとく?」
「それこそダメですって!」
「どうして?」
「――私達、そこまでの関係では……」
「ん? そこまで、って?」
訊き方がわざとらしい。この人、実は結構意地悪なのでは? と少しばかり疑念を抱いてしまう。
「とにかく、合鍵はダメです!」
強い口調でさらに否定した。言いきってしまってから、拙かったか、と思ったのだけど、高遠さんはニコニコしている。
「じゃあ、〈そこまでの関係〉になったら渡そう」
含みのある言い回しに、私は全身が熱くなるのを感じた。
「お会計済ませましょう」
私はほとんど無意識に高遠さんの左手首を掴み、レジまで進んだ。
とりあえず、時間には間に合う。でも、やはり何があるか分からないから余裕を持ちたかった。
高遠さんとは家の最寄り駅で落ち合うことにしている。これももちろん、高遠さんからの指定だ。本当は家まで迎えに来たそうだったけれど、そこはさすがに私も強く断った。家族に見られるのは恥ずかしいから、と。
駅まではゆっくり歩くとギリギリで着く。だから、少し速足で向かった。
◆◇◆◇
息を切らしながら駅に着くと、高遠さんはすでに中で待っていた。手には飲み終えたと思われる缶コーヒーが握られている。
「ごめんなさい!」
自分でも大袈裟に思えるほど頭を下げると、高遠さんは、「大丈夫だよ」と微苦笑を浮かべた。
「まだ時間前だし。むしろ、俺が先に到着していて良かった」
「でも、私の方が近いのに……」
「そういうもんじゃないだろ? さ、行こうか?」
高遠さんは手近なゴミ箱に缶を投げ入れ、ごく自然に私の手を取った。
私は思わず周りを見てしまった。人はいるけれど、幸い、誰も私達のことを全く気にしていない。見知った顔も全くなかった。
「まずは買い出しかな?」
駐車場に向かいながら高遠さんが訊ねてきたので、私は、「そうですね」と頷く。
「一応、買い物リストは作ってきたので。でも、もしあるものがあるならそれは省きます」
「そっか。でも、ウチはあんまりものがないからね。醤油とか油ぐらいならあるけど。あ、ダシの素もあったかな?」
「分かりました」
駐車場に着き、私は高遠さんに促されるままに車に乗った。さすがにまだ、自分から勝手に乗り込む度胸はない。
シートベルトを装着すると、高遠さんはエンジンをかけて車を発進させる。周りを気にしながら駐車場を出ると、そのまま目的のスーパーへ向かった。
スーパーに着いてから、高遠さんが買い物カゴを持ってくれた。悪いと思い、私が手を出そうとすると、高遠さんに軽く叱られてしまった。
「俺は荷物持ち係。それに、女の子に重いものを持たせるわけにはいかないだろ?」
予想通りと言えば予想通りの言い分だった。周りの目を気にしている、というより、純粋に私に負担をかけたくないという高遠さんの優しさなのだ。
「で、まずはどこに行きます?」
わざとらしく敬語で訊ねてくる高遠さんに、私は思わず微苦笑を浮かべてしまった。
「じゃあ、野菜のトコから」
「了解」
野菜を指定したのは、入ってすぐに野菜コーナーが目に付いたからだった。
まずは野菜を選び、肉のコーナーへ行って肉を選ぶ。そして、調味料のコーナーに向かい、高遠さんの所にないものを次々とカゴに入れていった。
気付けばカゴがいっぱいになっていた。選ぶのが楽しかったとはいえ、ちょっと買い過ぎだったかもしれない。
「思ったより多くなりました……」
気まずい思いで言うと、高遠さんは、「別にいいんじゃない?」とあっけらかんとして返してきた
「余ったならウチに置いとけばいいんだし。で、また絢に来てもらって何か作ってもらえれば俺も助かるし嬉しい」
「また、ですか……?」
「イヤなの?」
「いえ、イヤじゃないですけど……」
不思議そうに私を見つめる高遠さんに、私はおずおずと続けた。
「――私、押しかけ女房みたいになりません……?」
高遠さんは少しばかりポカンとし、それからすぐに、「あはは」と声を上げて笑った。
「押しかけ女房いいじゃないか! てか、むしろ大歓迎。いつでも来ていいよ」
「――いや、いつでも行くのは無理がありますよ……?」
「じゃあ、お互いの都合がいい日でいいじゃない。なんなら、俺んトコの合鍵でも渡しとく?」
「それこそダメですって!」
「どうして?」
「――私達、そこまでの関係では……」
「ん? そこまで、って?」
訊き方がわざとらしい。この人、実は結構意地悪なのでは? と少しばかり疑念を抱いてしまう。
「とにかく、合鍵はダメです!」
強い口調でさらに否定した。言いきってしまってから、拙かったか、と思ったのだけど、高遠さんはニコニコしている。
「じゃあ、〈そこまでの関係〉になったら渡そう」
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