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第三章 二人の会話

4.一番バッター

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 美佐ちゃんの予想は当たっていたようで、翌日から清瀬さんは毎朝現れるようになった。

「倉沢先輩、勝久先輩、宮崎先輩、おはようございます!」

 校門をくぐった辺りから声がして、彼女が現れる。玄関までは約二百メートル。込み入った話はしないけれど、挨拶してさわやかに去っていくには十分な距離。驚いたことに彼女は私にも可愛い笑顔を見せるようになっていた。とはいえちょっとしたときに見せる目つきはきついままだけれど。

「一番バッター、やるね」

 お昼休み、美佐ちゃんと二人でお弁当を食べていたら、彼女の話になった。

「初日の露骨な威嚇行為が、幻に思えるよね」
「彼女、考えているよ。さすがに他人に興味のない倉沢だって、毎朝あずさだけ敵対視する後輩がいたら不審に思うもん。このままさわやか路線突っ走って、一気に告白か」

 美佐ちゃんは相変わらずこの状況を面白がって観察している。ああもう、なんだかなぁ。

「いっそのこと、私の見ていないところでこっそり俊成君に接近してくれないかな」

 ため息混じりにつぶやいたら、美佐ちゃんがにやりと笑った。

「無理よ。ああいうのはね、一度気になると何していても気になるんだから。今更見てないところでこそこそやられる方が嫌だって。正面切って戦おうとするなんて、さすが体育会系。正々堂々とした敵でよかったじゃない、あずさ」
「あの、ちょっと待ってね、美佐ちゃん」

 なんだかかなり誤解されている気がして、私はお箸を持つ手を止めた。

「敵ってなに? 誰のこと?」
「ライバルよ。憧れの先輩の横に引っ付いている幼馴染の存在なんて、十分強敵でしょう」
「もういいよ、それ」

 ため息ついてお箸を置いた。最近本当にため息が増えた。なんでこんなに苛つくんだろう。ぼんやりと自分の世界に入り込みそうになった瞬間、美佐ちゃんの声がさらりと流れた。

「倉沢もいつまでもふらふらしていないで、さっさと覚悟決めてあずさのとこに行けばいいのにね」

 へ?

「み、美佐ちゃんっ。なにを?」

 ものすごい事を言われたような気がするけれど、言った本人があまりにも堂々としているため、どう切り返してよいのかわからない。えーっと、これじゃあまるで私と俊成君の間に何かあるみたいじゃないですか?

 言葉に出来ないまま、色んな疑問や反論が切れ切れのまま浮かんで消えて、私の瞳は揺れていた。反対に美佐ちゃんはゆるぎないまなざしでもって、私を真っ直ぐ見つめている。けれどその表情はふとゆるんで、話題が変わるのを教えるように窓の外を見た。

「まあでも、一番バッターの登場も来週からは減るんだし、いいんじゃない? 自宅学習期間だもんね、私達」
「あ、うん」

 いつのまに強張っていた体から力を抜き、私もつられて窓を見た。三年生の三学期は、受験が一番のテーマ。うちの学校は二月に入ると自由登校となり、指定された日以外は特に出席は取らないことになっていた。予備校に通っている子はそっちで最後の追い込みをするんだろうけれど、自宅学習派とか、あえて学校に来て勉強する派とか、千差万別だ。俊成君はどうするのかな。

「あず」

 ちょうどそんな事を考えていたせいか、頭上で俊成君の声がしてびくっとした。

「わっ。な、なに?」

 そのうろたえ振りに驚いたのか、俊成君がこちらをのぞきこんでくる。

「邪魔した?」
「あ、いや全然」

 焦る私を見て、美佐ちゃんが笑い出した。

「どうしたの。うちのクラスに来るなんて、珍しいじゃない」
「勝久探しにきたんだよ。あいつ今日、素直に帰るかな?」
「私と一緒に図書館でお勉強。残念でした」

 そう言ってきれいに微笑む美佐ちゃんに俊成君は肩をすくめてみせると、私を見つめた。

「じゃあ、あず。一緒に帰ろう」
「え、うん」

 一緒に帰るなんて、久しぶりだ。しかも俊成君がわざわざ誘うというのも滅多にないことだし。状況がうまく飲み込めず瞬きをしていたら、その間に俊成君は去っていた。うわ、素早い。

「というか、もしかして私がとろい?」

 つい疑問が口を突いたら、美佐ちゃんがお弁当を片付けながらつぶやいた。

「どっちもどっちじゃないの?」

 えーっと、何が? 美佐ちゃん。



◇◇◇◇◇◇◇



 放課後、俊成君が教室まで迎えに来てくれて一緒に帰った。なんてことは無いいつもの道のりだけれど、こうしてあらたまって帰ると変な感じだ。さっきの美佐ちゃんの言葉も、私の頭の中にしっかり残っているのも原因なんだけれど。

「本当は、勝久君に用があったんでしょ?」

 疑問を黙ったままにする気になれず、聞いてみた。

「放課後に部によるかな、と思ってさ」

 その言葉に、清瀬さんの笑顔を思い出す。

「毎朝、あの子に誘われているもんね」
「何回か顔出しているんだけどな。熱心だよな」

 素直な感想に、思わず顔が引きつってしまった。俊成君、それは下心というものだよ。気付いていないのは、当の本人の俊成君だけだからさ。
    
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