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第三章 二人の会話
18.友達
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食器を片付けてお風呂に入って、ようやく一息ついた気分で部屋に戻る。床に放り出したまま転がっているカバンを見つけ、そこではじめて昨日自分がどんな状態で家に帰り着いたのかを、冷静に思い出すことが出来た。
「あーっ、美佐ちゃん!」
そういえば、昨日はカラオケの約束が入っていた。それすっぽ抜かしてなおかつ、美佐ちゃんに連絡の一つもしていなかった。慌ててカバンから携帯機器を取り出すと、着信履歴を調べる。画面いっぱいに美佐ちゃんと、それにアクセントを付ける感じでたまに勝久君の名前が並んでいた。
うっわー、まずい。
焦りながらボタンを押すと、一回目のコールの途中で美佐ちゃんが出る。
「あずさ?」
「ごめんっ、美佐ちゃん!」
突っ込みの厳しい美佐ちゃんのことだから、かなりきつい言葉が返ってくるだろう。美佐ちゃん的にはいつものノリでも、今の私にそれを受け止めるだけの余裕は無い。
お腹を見せて降参のポーズを取るコロみたいな気分で、とにかく第一声で謝った。でもそんな私の予想は外れて、電話の向こう、美佐ちゃんの楽しそうな笑い声が響く。
「いいよ。どうせ倉沢と一緒だったんでしょ?」
「は?」
一体何の話ですか?
予想していなかった返答に、言葉が出なくなる。けれど美佐ちゃんはそんな私の反応に誤解をしたようで、明るい口調で話を続けた。
「いくら待ってもあずさはお店に来ないし、最初はちょっと心配していたんだ。でも、倉沢も連絡付かなかったから。結局、バスケ部の打ち上げにも来なかったって言うから、これはもう二人でいるなって思って。どう? どうだったの? 聞かせて」
「俊成君、打ち上げ行かなかったんだ……」
思わずつぶやいてから、黙ってしまった。
「あずさ?」
私の口調に、何か感じたらしい。美佐ちゃんの口調も一転して、そっとたずねる様に聞いてくる。
「告白は? 成功したの?」
「その手前で、挫折した。大学、受かったら新幹線で三時間のところに行くって言われて」
「えっ、なにそれ? それで?」
「それで」
言いよどんで間が空いてしまった。おばあちゃんと俊成君の約束は、臨終に立ち会った倉沢家の人たちなら知っている。でもそれに今更ながら意味を見出しているのは、私だけだ。あの約束を説明するのは、たとえ相手が美佐ちゃんでも今はしたく無かった。
「馬鹿って、怒鳴って帰ってきちゃった」
仕方が無いので、最後の部分だけを説明する。けれどこれは逆効果だった。美佐ちゃんの「はぁ?」という声が電話の向こうから聞こえ、次にいつもながらの突込みが入った。
「この期に及んで、なんでケンカしてるのっ。告白するんじゃなかったの?」
「だって……」
確かに美佐ちゃんの言う通りなので、反論したくてもしようがない。仕方が無いのでうじうじと言い訳をひねり出そうとしていたら、先に美佐ちゃんに切れられた。
「あー、もういいっ、今からあずさの家に行くからっ!」
「えっ? 今から?」
精一杯に焦って、聞き返す。だって美佐ちゃんがうちに来るってことは、つまり、
「もしかして、俊成君の家にも行くってことは?」
「当たり前。新幹線で三時間って、なによそれ? ケンカしちゃったあずさもあずさだけど、それに輪をかけて悪いのは倉沢でしょ。なんでそういう大事なこと秘密にしておくんだかなぁ。行って直接問い正すから」
「でも、勝久君は知っていたような気がするよ」
でなければ私が二人の進路を聞いたとき、あんな反応はしなかったと思うんだよね。いつかの出来事を思い出し、ついそう言ったら、美佐ちゃんの低いうなり声が響いた。
「勝久ー! あいつはっ!」
勝久君、ごめん!
美佐ちゃんの迫力に、思わず心の中で謝ってしまった。でも結局のところ、勝久君は美佐ちゃんの事をうまくなだめてしまうんだと思う。美佐ちゃんは言うだけ言っちゃうとあとに残さないタイプだし、勝久君はそれを知ってうまくかわす術を心得ているタイプだし。
過去に何度か繰り返された二人のいさかいの場面とその後を思い出し、つい小さな笑いがこぼれてしまった。
「あずさ、もしかして今笑ってる?」
私の笑い声に気が付いたようで、美佐ちゃんが聞いてきた。
「うん。なんかさ、いいなーと思って」
正直言って、今の自分の状態でそんな二人の親密さを感じるのはちょっときついけれど、でもやっぱりいいなって思う。
「どこが。良くないよ」
さらに文句を言いたそうな口調だ。でも決して本気で嫌になっている訳ではなくって、言葉の端々に優しさがうかがえる。まるで二人の仲の良さを見せ付けられているようだった。
「あーっ、美佐ちゃん!」
そういえば、昨日はカラオケの約束が入っていた。それすっぽ抜かしてなおかつ、美佐ちゃんに連絡の一つもしていなかった。慌ててカバンから携帯機器を取り出すと、着信履歴を調べる。画面いっぱいに美佐ちゃんと、それにアクセントを付ける感じでたまに勝久君の名前が並んでいた。
うっわー、まずい。
焦りながらボタンを押すと、一回目のコールの途中で美佐ちゃんが出る。
「あずさ?」
「ごめんっ、美佐ちゃん!」
突っ込みの厳しい美佐ちゃんのことだから、かなりきつい言葉が返ってくるだろう。美佐ちゃん的にはいつものノリでも、今の私にそれを受け止めるだけの余裕は無い。
お腹を見せて降参のポーズを取るコロみたいな気分で、とにかく第一声で謝った。でもそんな私の予想は外れて、電話の向こう、美佐ちゃんの楽しそうな笑い声が響く。
「いいよ。どうせ倉沢と一緒だったんでしょ?」
「は?」
一体何の話ですか?
予想していなかった返答に、言葉が出なくなる。けれど美佐ちゃんはそんな私の反応に誤解をしたようで、明るい口調で話を続けた。
「いくら待ってもあずさはお店に来ないし、最初はちょっと心配していたんだ。でも、倉沢も連絡付かなかったから。結局、バスケ部の打ち上げにも来なかったって言うから、これはもう二人でいるなって思って。どう? どうだったの? 聞かせて」
「俊成君、打ち上げ行かなかったんだ……」
思わずつぶやいてから、黙ってしまった。
「あずさ?」
私の口調に、何か感じたらしい。美佐ちゃんの口調も一転して、そっとたずねる様に聞いてくる。
「告白は? 成功したの?」
「その手前で、挫折した。大学、受かったら新幹線で三時間のところに行くって言われて」
「えっ、なにそれ? それで?」
「それで」
言いよどんで間が空いてしまった。おばあちゃんと俊成君の約束は、臨終に立ち会った倉沢家の人たちなら知っている。でもそれに今更ながら意味を見出しているのは、私だけだ。あの約束を説明するのは、たとえ相手が美佐ちゃんでも今はしたく無かった。
「馬鹿って、怒鳴って帰ってきちゃった」
仕方が無いので、最後の部分だけを説明する。けれどこれは逆効果だった。美佐ちゃんの「はぁ?」という声が電話の向こうから聞こえ、次にいつもながらの突込みが入った。
「この期に及んで、なんでケンカしてるのっ。告白するんじゃなかったの?」
「だって……」
確かに美佐ちゃんの言う通りなので、反論したくてもしようがない。仕方が無いのでうじうじと言い訳をひねり出そうとしていたら、先に美佐ちゃんに切れられた。
「あー、もういいっ、今からあずさの家に行くからっ!」
「えっ? 今から?」
精一杯に焦って、聞き返す。だって美佐ちゃんがうちに来るってことは、つまり、
「もしかして、俊成君の家にも行くってことは?」
「当たり前。新幹線で三時間って、なによそれ? ケンカしちゃったあずさもあずさだけど、それに輪をかけて悪いのは倉沢でしょ。なんでそういう大事なこと秘密にしておくんだかなぁ。行って直接問い正すから」
「でも、勝久君は知っていたような気がするよ」
でなければ私が二人の進路を聞いたとき、あんな反応はしなかったと思うんだよね。いつかの出来事を思い出し、ついそう言ったら、美佐ちゃんの低いうなり声が響いた。
「勝久ー! あいつはっ!」
勝久君、ごめん!
美佐ちゃんの迫力に、思わず心の中で謝ってしまった。でも結局のところ、勝久君は美佐ちゃんの事をうまくなだめてしまうんだと思う。美佐ちゃんは言うだけ言っちゃうとあとに残さないタイプだし、勝久君はそれを知ってうまくかわす術を心得ているタイプだし。
過去に何度か繰り返された二人のいさかいの場面とその後を思い出し、つい小さな笑いがこぼれてしまった。
「あずさ、もしかして今笑ってる?」
私の笑い声に気が付いたようで、美佐ちゃんが聞いてきた。
「うん。なんかさ、いいなーと思って」
正直言って、今の自分の状態でそんな二人の親密さを感じるのはちょっときついけれど、でもやっぱりいいなって思う。
「どこが。良くないよ」
さらに文句を言いたそうな口調だ。でも決して本気で嫌になっている訳ではなくって、言葉の端々に優しさがうかがえる。まるで二人の仲の良さを見せ付けられているようだった。
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