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おまけ:二人の時間
あの夜のこと②
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「あずさにカボチャもたせて行かせたら、しばらくして俊ちゃんが来たの。あずさは帰ってきてますか? って。ちょっと慌てていたみたいだったけど。入れ違いになっちゃったのかしらね」
そう言いながら、ようやく本から目を離し、お茶を飲む。そんな母の落ち着いた姿に何かを感じ、奈緒子は慎重に聞いてみた。
「それって今さっきの話なの?」
「ううん。六時過ぎくらいかしらね。それっきり、あずさも帰ってこないし俊ちゃんもこないから、多分倉沢家にいると思うんだけど」
「そう」
短く答えると、奈緒子は自分の表情が読まれないように視線を落とし、魚をほぐすのに熱中する振りをした。
付き合っていないのが不思議なほど、お互い好きあっているのがよく分かる、幼馴染の二人。それが一方の都合で離れていく。今の話でいくと俊ちゃんもようやく踏ん切りがついたのか、かなり切羽詰っている感じだ。
妹のことだから、おばさんがいると思って倉沢家に行き、本人が現れて逃げ出してしまったとかそんなところだろう。家にこの母が控えているから、素直には帰れない。結局戻ってきていない事を考えれば、公園あたりで俊ちゃんに捕まえてもらったか。
「ごちそうさま」
気が付けば目の前のおかずはすべて食べつくしてしまい、満ち足りた気分になっていた。もううつむく理由になるものは何もなく、それでも沸き起こる微笑を隠すため、ゆっくりとお茶を飲む。
「俊ちゃん、いい男になったよね」
ついうっかり、つぶやいてしまった。
「あずさがちょっとうらやましいわよね」
くすりと笑っていう母の顔が、妙に優しい。
あれだけ結びつきの深い二人なのにもかかわらず、なかなかお互いの気持ちを確かめ合うこともしないでここまできた。けれど、俊ちゃんがここから出て行く日も近い。この状況ですぐには帰ってこないとなると、大体のことは想像できる。
分かっているのかな?
そっとうかがうように、目の前の母の顔を奈緒子は見つめてみた。
というか、俊ちゃんの話を振ったのに当たり前のようにあずさの話にすりかわっている時点で、全部分かってはいるのだろう。
奈緒子は、音をたててお茶を飲み干した。
「あら、こんな時間」
ふいに気が付いたように、母が時計を見る。気が付けば、もう九時を回っていた。
「食器片付けるとき、あずさのおかずも冷蔵庫にしまっちゃっていいわよ」
「あ、うん」
「お風呂やらなくちゃね。どうせあの子も帰ってきたらすぐ入るだろうし」
お母さん、それって……。
突っ込みたいけれど、言葉に出したらおしまいだと分かっているため、無言になる。反対に父は思ったことが口に出てしまうタイプなので、こういうときは気が楽だ。
妹のことなのに妙に自分がどきどきしてしまい、それから逃れるように奈緒子は立ち上がった。
「じゃあ、片付けるよ」
「お願いね」
母の言葉を背中で聞き流し、片付けに取り掛かる。冷蔵庫の中、いかに残り物を詰め込むかが問題だ。パズルを解くように目の前の冷蔵庫に意識が集中した。
その瞬間、ぽんと母が聞いてきた。
「それで奈緒子、あんたの旅行っていつ行くって言っていたっけ?」
「え?」
一瞬、何を聞かれているか分からず動きが止まる。
「……あ、来週。来週の木曜日」
思い切りびくついてしまい、そんな自分に気が付いて奈緒子は焦った。
「あの、メンバーは大学のサークルの子達だからね。男五人の女が六人っていう、中途半端な数の」
「聞いたわよ、それ」
くすくすと笑いながら母が立ち上がる気配がした。
「さ、お風呂やっちゃおうっと」
完全に母がいなくなった事を確認してから、奈緒子は思わずため息をついた。
お母様、怖すぎです。
サークルの旅行で男女合わせて十一名なのは本当だ。しかしその中に、家族にはまだ内緒の自分の彼氏が含まれている。だからどうといった話なのだが、すべて見透かされている気がして必要以上にびくついてしまう。
「まあ、いいんだけどね」
次第にこらえきれなくなってきた笑みを浮かべ、奈緒子は食器を洗い出した。
次はあずさが、母の言動に焦る番だ。
もうしばらくしたら、家族と目を合わせることも出来ずにこそこそと帰ってくるのだろう。
「頑張れ」
目前の母への対応と、これからの四年間。そのどちらにも使える励ましの言葉を、妹に向けてつぶやいた。
玄関でカチャリという音が聞こえ、コロが嬉しそうに吠える声がした。
そう言いながら、ようやく本から目を離し、お茶を飲む。そんな母の落ち着いた姿に何かを感じ、奈緒子は慎重に聞いてみた。
「それって今さっきの話なの?」
「ううん。六時過ぎくらいかしらね。それっきり、あずさも帰ってこないし俊ちゃんもこないから、多分倉沢家にいると思うんだけど」
「そう」
短く答えると、奈緒子は自分の表情が読まれないように視線を落とし、魚をほぐすのに熱中する振りをした。
付き合っていないのが不思議なほど、お互い好きあっているのがよく分かる、幼馴染の二人。それが一方の都合で離れていく。今の話でいくと俊ちゃんもようやく踏ん切りがついたのか、かなり切羽詰っている感じだ。
妹のことだから、おばさんがいると思って倉沢家に行き、本人が現れて逃げ出してしまったとかそんなところだろう。家にこの母が控えているから、素直には帰れない。結局戻ってきていない事を考えれば、公園あたりで俊ちゃんに捕まえてもらったか。
「ごちそうさま」
気が付けば目の前のおかずはすべて食べつくしてしまい、満ち足りた気分になっていた。もううつむく理由になるものは何もなく、それでも沸き起こる微笑を隠すため、ゆっくりとお茶を飲む。
「俊ちゃん、いい男になったよね」
ついうっかり、つぶやいてしまった。
「あずさがちょっとうらやましいわよね」
くすりと笑っていう母の顔が、妙に優しい。
あれだけ結びつきの深い二人なのにもかかわらず、なかなかお互いの気持ちを確かめ合うこともしないでここまできた。けれど、俊ちゃんがここから出て行く日も近い。この状況ですぐには帰ってこないとなると、大体のことは想像できる。
分かっているのかな?
そっとうかがうように、目の前の母の顔を奈緒子は見つめてみた。
というか、俊ちゃんの話を振ったのに当たり前のようにあずさの話にすりかわっている時点で、全部分かってはいるのだろう。
奈緒子は、音をたててお茶を飲み干した。
「あら、こんな時間」
ふいに気が付いたように、母が時計を見る。気が付けば、もう九時を回っていた。
「食器片付けるとき、あずさのおかずも冷蔵庫にしまっちゃっていいわよ」
「あ、うん」
「お風呂やらなくちゃね。どうせあの子も帰ってきたらすぐ入るだろうし」
お母さん、それって……。
突っ込みたいけれど、言葉に出したらおしまいだと分かっているため、無言になる。反対に父は思ったことが口に出てしまうタイプなので、こういうときは気が楽だ。
妹のことなのに妙に自分がどきどきしてしまい、それから逃れるように奈緒子は立ち上がった。
「じゃあ、片付けるよ」
「お願いね」
母の言葉を背中で聞き流し、片付けに取り掛かる。冷蔵庫の中、いかに残り物を詰め込むかが問題だ。パズルを解くように目の前の冷蔵庫に意識が集中した。
その瞬間、ぽんと母が聞いてきた。
「それで奈緒子、あんたの旅行っていつ行くって言っていたっけ?」
「え?」
一瞬、何を聞かれているか分からず動きが止まる。
「……あ、来週。来週の木曜日」
思い切りびくついてしまい、そんな自分に気が付いて奈緒子は焦った。
「あの、メンバーは大学のサークルの子達だからね。男五人の女が六人っていう、中途半端な数の」
「聞いたわよ、それ」
くすくすと笑いながら母が立ち上がる気配がした。
「さ、お風呂やっちゃおうっと」
完全に母がいなくなった事を確認してから、奈緒子は思わずため息をついた。
お母様、怖すぎです。
サークルの旅行で男女合わせて十一名なのは本当だ。しかしその中に、家族にはまだ内緒の自分の彼氏が含まれている。だからどうといった話なのだが、すべて見透かされている気がして必要以上にびくついてしまう。
「まあ、いいんだけどね」
次第にこらえきれなくなってきた笑みを浮かべ、奈緒子は食器を洗い出した。
次はあずさが、母の言動に焦る番だ。
もうしばらくしたら、家族と目を合わせることも出来ずにこそこそと帰ってくるのだろう。
「頑張れ」
目前の母への対応と、これからの四年間。そのどちらにも使える励ましの言葉を、妹に向けてつぶやいた。
玄関でカチャリという音が聞こえ、コロが嬉しそうに吠える声がした。
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