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9. ひとりで出来るよ

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 色々と動揺しているところに、封筒を渡される。表を見ると、クレジットカード会社からの簡易書留だった。

「なんでこれから出掛けようって時に渡すかな」
「それはあんたが言っても持っていかないからよ。お母さん、昨日も郵便物来ているって言ったわよ」

 ヤバい。藪の蛇を突付いたみたいだ。

「ありがとう。じゃあ行ってくるわ」

 お礼を言って、そのまま郵便物をバッグに突っ込む。わざわざ自分の部屋に置きに戻るのも面倒だ。ズボラな娘の仕草に母の眉がピクリと上がったけれど、それに気付かない振りをして外に出た。

「うっわー、寒っ」

 出た瞬間に北風にあおられて、首をすくめる。両手を慌ててコートのポケットに入れた。手袋、また忘れちゃったけど、もういいや。私は風から逃げるように、歩きを速める。



 ◇◇◇◇◇◇



 勤務地から二駅先の都会のど真ん中にあるホテルのレストランは、さすが高級店だけに素晴らしいものだった。

 前菜の寒鰤と甘海老のタルタルや、温前菜のフォワグラとリンゴのポワレなど、冬の食材が季節感を出し、メインの国産牛フィレ肉は圧巻の美味しさだ。そしてなにより、給仕のサービスが徹底していた。周りがクリスマスのカップル客ばかりの中、おひとりさまの私に対しスタッフはにこやかな笑顔を崩さない。ちょっと自虐的にスタッフの表情に憐憫の色を見出そうとしてしまったけれど、徹頭徹尾それを気取らせることは無かった。

 特に心に染みたのは、食後のデザート。木苺のソースがかかるガトーショコラの素敵なプレートには、控え目に『Happy Birthday!』とチョコペンでメッセージが書かれていた。そうよ。今日ここに来たのは誕生日を祝うためなのよ。そして、プレートにありがちな花火がついていないことに安堵する。その心遣い、ありがとうございます。今の精神状態であんな派手な演出を一人で受けたら、喜ぶ前にこの場で泣くわ。いやそもそも、高級店で花火とか大人相手にはやらないのか?

「以上でコースはお終いですが、お客様、コーヒーのおかわりは?」
「いただきます」

 ガトーショコラも堪能し、後はおかわりしたコーヒーを飲んで帰るだけとなった。その段階で、化粧室に行く。

 なんか、疲れた……。

 便器に座って、がっくりと肩を落とす。料理は美味しかった。スタッフはプロの仕事をしてくれた。お店は素敵だった。けれど、私の精神的疲労はマックスだ。

「やっぱり無理が、……あったかな」

 うつむいて、小さくつぶやく。

 タカと別れてからの私は、ある意味無敵だった。他人と合わせることなく、好奇心の赴くまま、ひとりで行動する。飲み屋でない酒屋で一人角打かくうちをする楽しみだっておぼえたのだ。それなのに、ここ三ヶ月ほどの瑛士とのペア行動により、そのおひとりさまの楽しみ方をすっかり忘れてしまった。

 どんなお酒を飲もうか悩んだとき、美味しいご飯を食べたとき、すぐ側にいる人に話し掛けたい。一緒に選択してもらいたいし、一緒に美味しいねって感動したい。そして、その相手は……。
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