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9. ひとりで出来るよ

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「みなさん、一人二千円、いいかしら」

 突然の問い掛けに、他の参加者が口々に同意する。そして全員の同意を得ると、サクラ女子に提案がなされた。

「北村さん、あなた具合悪くなってくれる? これ、心配したみんなからのタクシー代よ、一万円」

 え、どういう意味だ?

「お大事に」
「あー、……はい。具合悪いんで私、帰ります。みなさん頑張ってくださいね」

 迫力に押されたのか、サクラ女子はさしたる抵抗もなしに帰っていった。な、なんだこれ? 凄いわ。

「……ったく、主催者ふざけんなっつーの」
「参加者の平均年齢下げたかっただけでしょ」
「一人だけ若いの投入すれば、そっちに人気取られるの決まってるじゃない」
「はーい、もうお終い。ここから本番ー」

 思い思いに喋りながら、彼女達が去ってゆく。全員が居なくなったのを確認して、私もようやく個室から出た。彼女達が来てから五分も経っていない。まるで嵐のようだった。自分よりも一万円お得に参加し、なおかつ大注目されている一回り下の女の子にさらに一万円握らせて、追い返す。なるほど。ただ脅しつけるのではない、大人らしい解決方法だ。その余りにも鮮やかな手際と迫力に、私の心臓はドキドキしたままだ。

 レストランに戻り、魂が半分抜けた状態でコーヒーを飲む。婚活、恐るべし。いや、全てがこんなでは無いだろうけれど、でも、婚活にかける本気度というのが今のでよく分かった。その場の気分でついうっかり婚活戦線に乗り込もうとしたけれど、私にあれだけの覚悟はあるんだろうかと自問してしまう。

 不利な条件を蹴散らし、目当ての相手を選び、時には選ばれ、そうして掴んだ相手と人生を共にしようとする覚悟。……ごめんなさい。覚悟ないです。出来ないです。

 テーブルに突っ伏したくなる衝動をなんとか抑え、小さく息を吐き出す。

 誰かと一緒にいたいなら、その誰かを新しく見つけなければいけないのに、今この瞬間も、ずっとひとりの姿を思い描いている。彼とでなければ、一緒にいたくない。

 瑛士。

 胸が、疼く。自分の中でなにが一番大切なのかを気付いてしまう。手には入らないものなのに。

 最後のコーヒーを飲みきると、私はお会計を頼んだ。帰ろう。帰って頭から布団を被って寝てしまおう。

 バッグから財布を出そうとして引っ掛かり、白い封筒が顔を出す。出掛けに母から受け取った郵便物だ。舌打ちしたい気持ちを抑え、またバッグに戻そうとする。その時、封筒が二通あることに初めて気が付いた。どちらも白いから分からなかった。一通はクレジットカード会社からの簡易書留で、もう一通はダイレクトメールかな?

 なんの気なしに封筒をずらし、二通目の差出人だけチェックしておこうとした。最近はすべてメールで、こういう広告やセールのお誘いも郵便で来なくなった。どこの企業からだろうか。

「え?」

 バッグを覗き込んだまま動きが止まり、息を呑む。心臓がぎゅっと掴まれたようになった。

 白い封筒の裏面、差出人欄には手書きで住所と共に、

 大浦 瑛士

 と書かれてあった。


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