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10. 雨の中、赤い傘をさす

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『遠藤 彩乃 様

 この風景は、自分の中の彩乃のイメージと同じです。
 色の無い世界で、彩乃だけが色を持っている。

 愛しています。

 大浦 瑛士』

「え?」

 叫び出しそうになって、とっさに自分の口を塞いだ。そのはずみでカードが足元に落ちてしまい、慌てて拾い上げる。

 え、いや、どういうこと? なんか覚悟していたのと全然違うの来た。ってかこれ、どうみても、ラブレター。って、……え?

 どう考えていいのか分からずに混乱したところに、急にスマホが震えだした。電話が掛かっている表示に、反射的に通話ボタンを押す。

「彩乃?」

 耳にダイレクトに私の名前を呼ぶ声が響いてビクリとした。久し振りの瑛士の声だ。

「なんで……?」
「メッセージ、既読になったから」

 そう短く説明する声が、低い。

「……あの、勝手に無視して、ごめんなさい」

 声の暗さに圧倒され、手紙の真意を聞くことも出来ない。ともかく、この一週間にやらかした自分の態度について謝ろう。

「彩乃に、……会いたい」
「うん」
「今、どこにいる?」
「ホテルに」
「ホテル? 誰とっ」

 一気に緊張感をはらんだ声音となり、ブリザードが吹き荒れた。なんでだ? ってしまった、ホテルか!

「一人! 誰もいない! おひとりさまでディナー!」

 慌てて説明をしてホテルの名前を告げると、二十分で着くからと言って、ぷつっと電話が切れた。そっか。私の勤務地から二駅先って、瑛士の家や会社からも近いってことだっけ。そういうつもりで選んだ店では無かったけれど、無意識って凄い。自分の行動に半ば呆れながら、外に出た。ロビーで待っているのが落ち着かなかった。

 メッセージで、ホテルのエントランスから少し外れた植え込みの前にいることを伝えて、ぼんやりと待つ。未だ混乱は続いていて、どう対応したらよいか分からなかった。

 愛しています、って、本当に? でも、それじゃあ、

「彩乃!」

 ホテルに入ってくるタクシーを眺めていたら、そこから瑛士が降りてこちらに向かって真っ直ぐ走ってきた。

「瑛士、うわっ」

 そのままの勢いで肩をがしっと掴まれる。

「どうすれば、好きになってもらえる?」
「え?」

 いつもは穏やかな笑みを浮かべる瑛士の顔が、まるで今一人殺してきましたくらいに強張って、必死な様子で私を見ていた。

「いつも俺、彩乃にだけは失敗してる。空回りばかりしていて。俺、どうすれば彩乃に好きになってもらえるんだ?」
「好きにって、」

 そんなの、とっくになっている。でもそうじゃない。問題はそこでは、無い。

「だって、結婚……するんでしょ?」
「は?」
「長年付き合っていた彼女、あの金髪美女と結婚するんでしょっ?」

 言った途端、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。これ、ダメなやつだ。せっかく耐えていたのに、目の前に本人がいることで感情が決壊した。もう止まんないや。

「なんで婚約者がいるのに、愛してるって書くの? 好きになってって言うの? なんでそんなこと、なんで……!」
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