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10. 雨の中、赤い傘をさす
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言いたいことは多分いっぱいあったと思う。けれど、気持ちが高ぶりすぎて言語化出来ない。ただひたすら泣くしか無かった。泣くというか、泣きじゃくるだ。まるで子供みたい。なにをやっているんだろう、私。
「あの、ごめん、……誰が結婚?」
「瑛士に決まってるでしょ?!」
「それ、誰が言っていた?」
そんなのどうでもいいじゃないのよ。
そうキレるのと素直に説明するの、どっちがいいのか一瞬迷って、説明するを選ぶ。ちくしょう。結局、相手に応えたい気持ちを優先するのか私。
「……ショータ君が。って、真紀ちゃんが言ってた」
「ショータの奴……」
地を這うような低い声が耳元で聞こえて、思わず顔を上げた。目の前に瑛士の顔。近くない? そしてなんで私、瑛士に抱きしめられているんだ? いつの間に?
「ずっと好きだった人に、ようやく結婚を申し込むって言ったんだ」
私を真っ直ぐ見つめて、瑛士がいう。
「……金髪美女?」
「違う! それもショータの話?」
「そうじゃないよ。私、見たんだもん」
そこでまた思い出されて涙があふれた。一度泣くとダメだ。これ、当分おさまらない。
「あんな美女がいるのに、なんで私に構うのよ!」
「あれは、義理の姉! 俺の兄の奥さん!」
「あね……?」
姉って家族だよね。外人さんとも家族なの? なんか、グローバル化激しくないか?
「あの、色々と説明が必要だと思うので、出来れば俺の家に来ませんか? というか、来てください。お願いします」
切羽詰まった表情でそう懇願する瑛士を、じっと見つめた。感情が先走って、情報の整理が追いつかない。確かにこのままの気持ちで家には帰れないし、こんなぼろぼろに泣いている姿でどこかお店に入るのも躊躇われる。
「……行く」
それだけ言って、鼻をすする。多分私、ひどい顔している。バッグからティッシュを取り出し、うつむいて涙を拭う。案の定、マスカラが落ちて黒くなっていた。ヤケな気持ちになって、ついでに鼻もかむ。こうしている間にもまた涙は浮かんで、まなじりからこぼれていった。
「彩乃、頬が冷たい」
ふわりと瑛士の手が私の両頬を包み込んだ。
「外で待たせて、ごめん」
「私が、勝手に外で待っていただけ」
かぶりを振ってそう返すと、瑛士がふっと吐息だけで笑い、私のことを一瞬だけ抱きしめる。
「行こう」
手を取られ、ホテルのエントランスまで戻り、タクシーに乗った。車内のエアコンの暖かさにほっとする。行き先を指示する瑛士の声を聞きながら、私はぼんやりと車窓から外の景色をみた。鼻はぐずついて、時折涙をぬぐって。明らかに泣いている女の姿だ。そんな私の手に瑛士の手がそっと伸ばされて、指が絡んだ。
瑛士の指がまるで私の存在を確かめる様に甲をさわりと撫で、そしてきゅっと握ってくる。繰り返される動作に、癖なのかなとぼんやり思う。そうされる毎に、しだいに私の気持ちが落ち着いてゆく。
無言の車内の中、互いに別の方向を眺めながら、ただ指と指が寄り添っていた。
「あの、ごめん、……誰が結婚?」
「瑛士に決まってるでしょ?!」
「それ、誰が言っていた?」
そんなのどうでもいいじゃないのよ。
そうキレるのと素直に説明するの、どっちがいいのか一瞬迷って、説明するを選ぶ。ちくしょう。結局、相手に応えたい気持ちを優先するのか私。
「……ショータ君が。って、真紀ちゃんが言ってた」
「ショータの奴……」
地を這うような低い声が耳元で聞こえて、思わず顔を上げた。目の前に瑛士の顔。近くない? そしてなんで私、瑛士に抱きしめられているんだ? いつの間に?
「ずっと好きだった人に、ようやく結婚を申し込むって言ったんだ」
私を真っ直ぐ見つめて、瑛士がいう。
「……金髪美女?」
「違う! それもショータの話?」
「そうじゃないよ。私、見たんだもん」
そこでまた思い出されて涙があふれた。一度泣くとダメだ。これ、当分おさまらない。
「あんな美女がいるのに、なんで私に構うのよ!」
「あれは、義理の姉! 俺の兄の奥さん!」
「あね……?」
姉って家族だよね。外人さんとも家族なの? なんか、グローバル化激しくないか?
「あの、色々と説明が必要だと思うので、出来れば俺の家に来ませんか? というか、来てください。お願いします」
切羽詰まった表情でそう懇願する瑛士を、じっと見つめた。感情が先走って、情報の整理が追いつかない。確かにこのままの気持ちで家には帰れないし、こんなぼろぼろに泣いている姿でどこかお店に入るのも躊躇われる。
「……行く」
それだけ言って、鼻をすする。多分私、ひどい顔している。バッグからティッシュを取り出し、うつむいて涙を拭う。案の定、マスカラが落ちて黒くなっていた。ヤケな気持ちになって、ついでに鼻もかむ。こうしている間にもまた涙は浮かんで、まなじりからこぼれていった。
「彩乃、頬が冷たい」
ふわりと瑛士の手が私の両頬を包み込んだ。
「外で待たせて、ごめん」
「私が、勝手に外で待っていただけ」
かぶりを振ってそう返すと、瑛士がふっと吐息だけで笑い、私のことを一瞬だけ抱きしめる。
「行こう」
手を取られ、ホテルのエントランスまで戻り、タクシーに乗った。車内のエアコンの暖かさにほっとする。行き先を指示する瑛士の声を聞きながら、私はぼんやりと車窓から外の景色をみた。鼻はぐずついて、時折涙をぬぐって。明らかに泣いている女の姿だ。そんな私の手に瑛士の手がそっと伸ばされて、指が絡んだ。
瑛士の指がまるで私の存在を確かめる様に甲をさわりと撫で、そしてきゅっと握ってくる。繰り返される動作に、癖なのかなとぼんやり思う。そうされる毎に、しだいに私の気持ちが落ち着いてゆく。
無言の車内の中、互いに別の方向を眺めながら、ただ指と指が寄り添っていた。
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