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第十一章 もう一人の転移者

第二話 手紙を渡す

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 そしてアレドリア王国へやって来た。
 この国の都は、大陸で最も大きな図書館と、数多くの大学を備えた学術都市であった。
 今まで訪れてきた街とは違い、この都市は都の中央部から放射状に街の区画が広がり、整然と整備されていた。

 アルバート王子の胸元の布袋の中で、ルーシェはこそりと街の様子を覗き見て、感嘆していた。

「ピルルゥ!!(綺麗な街だ!!)」

「そうだな」

 王子は、まずはリヨンネから預かった手紙を、ユーリス=バンクールに渡しに行く事を決めた。
 リヨンネが黄金竜の雛を育てている甥のユーリスのことを思って、いろいろと黄金竜のことを調べて情報を書いた手紙であった。
 ユーリス=バンクールは王都の王立大学で働いているという。
 リヨンネから、ユーリスが定宿としている下宿の場所も聞いていたため、王子は直接その下宿を訪ねることにした。

 その下宿は小さくとも随分と丁寧に手入れされており、住み心地は良さそうであった。
 アルバート王子の案内に立った下宿の女主人が、ユーリスの部屋があるという三階まで案内してくれる。それで、アルバート王子はユーリスの部屋の扉を叩くと、ちょうど在宅していたユーリスが扉を開けた。それから彼はアルバート王子を認めて驚いていた。

「アルバート王子殿下」

 驚きながらも、ユーリスはアルバート王子を部屋の中へ招き入れてくれた。

「何故、殿下がこちらに」

 遠い北方地方の竜騎兵団の騎兵であるアルバート王子が、単身でこの西方の国に居ることが分からないようであった。
 アルバート王子は答えた。

「リヨンネ先生からのお手紙を預かっています」



 ユーリスは、黄金竜の雛ウェイズリーをテーブルの上に立たせて置くと、アルバート王子もまた自分の連れて来ている紫竜ルーシェを胸元の布袋の中からテーブルの上に出した。すると二頭の竜達はいつぞやの時のように、近付いてまた鼻先をすり合わせていた。

「キュルルルルルルルル」

「ピルピルルルルルルル」

 金色の竜の雛と紫色の小さな竜が仲良く鳴いている様子が可愛い。なんとなしにユーリスもアルバート王子も目を細めて竜達を眺めてしまう。しばらくの間、二頭の竜達は声を合わせて鳴いて、挨拶を終えると、二頭ともおのおのの主や番の膝の上に戻って行った。

 なんとも再会の儀式のような様子だった。

 ユーリスが淹れてくれたお茶をアルバート王子は飲み、紫色の小さな竜はユーリスが渡してくれたクッキーを手にしてご機嫌な様子だった。

「リヨンネ叔父さんからのお手紙をわざわざ届けて下さり、ありがとうございます」

「ちょうど、アレドニアへ立ち寄る予定があったため、ついでです。お気になさらず。そちらの手紙に、リヨンネ先生は、黄金竜のことを調べてまとめてあると言っていました」

 ユーリスの膝の上で、甘えるように頭を擦りつけている黄金竜の雛ウェイズリーにチラリと視線をやってアルバート王子はそう言う。相変わらず、黄金竜の雛は、番のユーリスに夢中の様子だった。

「後で読ませて頂きます」

 ユーリスは有難く手紙を受け取っていた。
 それからアルバート王子は、居住まいを正し、ユーリスの青い目をじっと見つめて、言った。

「シルヴェスター兄上からも、伝言を預かっております」

 ユーリスは動きを止めた。


 アルバート王子の異母兄であるシルヴェスター王子は、このユーリスに想いを寄せ、会いたがっていた。しかし今は会うことが出来ない。
 だから兄王子から頼まれた伝言は「いつか、必ず会いに行く」と言うものであった。

 ユーリスはその伝言を聞いて、驚いたように目を開き、それから何故か怒っているような気配を漂わせていた。

「……それは、どういう意味でしょうか」

「いえ、そのままなのですが」

 何故ユーリスが怒っているのかアルバート王子には分からない。シルヴェスター王子からの伝言を聞いて、ユーリスは喜ぶものと思っていたから、この反応は予想外であった。ユーリスはため息をついて言った。

「……アルバート殿下は、シルヴェスター殿下がイスフェラ皇国の皇女と婚約したという話をご存知ですよね」

「……はい」

 だが、その婚約は勝手に皇女が言いふらしているとシルヴェスター王子は言っていた。だからアルバート王子は兄王子を庇うように言った。

「あの婚約は噂に過ぎません。兄上は未だユーリス殿のことを」

 そう言ったのだが、ユーリスの周囲には冷え冷えとした空気が漂っていた。

「…………五年も、私のことを放っておいたのですよ」

「それも理由あってのことです」

「………………」

 ユーリスはしばらく黙り込んでいる。それから自分の怒りを抑えるように息をついた後、言った。

「すみません。動揺してしまいました。伝言も伝えて下さり有難うございます」

「いえ」

 そのアルバート王子の膝の上では、クッキーを手にしたまま、紫色の竜が小さくカタカタと震えていた。

(こわっ、ユーリス怒ってるじゃん。シルヴェスター王子がユーリスを五年も放っていたわけ? そりゃ、突然「いつか、必ず会いに行く」とか伝言寄越されたら怒るよね。五年何も音沙汰が無かったんだもん。でもって、皇女との婚約の噂が流れているのでしょう? すげぇ不穏じゃん!!)

 もし自分が同じことを、アルバート王子にされたのなら。
 好き合っていながらも、五年間音沙汰無しで、それで別の人間との婚約の噂が流れているところに、「いつか、必ず会いに行く」とか本人じゃない別の人間から伝言されても……。
 その言葉は、これまで五年も待たされているのに、更にこれ以上待てということと同義であろう。だから。

(ぶち切れるかも知れない!!)

 おまけにルーシェは、イスフェラ皇国の皇女達が、胸の大きな美人揃いだということを知っている。イスフェラ皇国へ行った時には、アルバート王子も皇女達に言い寄られたからだ。
 思い出したら頭に来て、ぎゅっと手に力が入ってしまい、ルーシェの手の中のクッキーが粉々に砕けてパラパラと床に落ちた。

「ピルルゥ(あっ)」

「大丈夫ですよ、ルーシェ」

 ユーリスは別の新しいクッキーを箱から出してルーシェに手渡し、粉々になったクッキーの破片を集めてくれた。
 そばで見れば見るほどよく分かる。ユーリスは艶やかな黒髪に切れ長の青い瞳の美貌の青年である。
 おまけに優しくて頭もすごくいい。

(こんな人を五年間ほったらかしにしておくなんて)

(シルヴェスター王子が悪いと思う)

 そう思って、ルーシェは手渡された新しいクッキーをパクリと口にしたのだった。
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