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第十一章 もう一人の転移者

第十話 食事の席にて(上)

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 夕刻になり、届けられた立派な衣装を身に付けて、アルバート王子は案内する女官の後について食事をとる部屋へやって来た。
 青色の立派な上着を身に付けた背の高い逞しい若者である。黒髪に鳶色の瞳をして、その見目の麗しさに頬を染めて彼を見る女官や侍従達も多かったが、続いても耳打ちされるある噂に、愕然とするのだ。

 連れの三歳ほどの幼児を溺愛しており、婚姻を結んでいる。

 年若い伴侶を迎えることは、貴族や王族達の間では取り立ておかしいことではなかった。過去に枚挙のいとまがないだろう。しかし相手は三歳ほどの幼児である。今、目の前にいる幼児は、目の覚めるような美貌を持っていた。王太子妃付きの女騎士ガヴリエラが「天使だ!!」と断言したというが、まさにそんな様子がある。サラリとした黒髪に大きな黒目勝ちの瞳は吸い込まれそうに美しく、まろやかなほっぺは薔薇色。可憐と言ってもいい幼くも愛らしい子供であった。その子供をアルバート王子はしっかりと抱き上げて、部屋の中へと入ってきた。

 先に部屋の中にいたリン王太子妃が椅子から立ち上がり、片手を振っている。

「ここよ、ルーシェ」

 部屋の中には、彼女の護衛を務める女騎士のガブリエルや女官のメリッサが恭しく頭を下げている。

 しかし、「ここよ、ルーシェ」というリン王太子妃の呼びかけに、いささかアルバート王子は面食らっていた。仮にも王太子妃の身分にある女性である。おまけに手まで振っているのだ。少し気さくすぎやしないか。
 驚いている様子のアルバート王子に対して、女官メリッサは耐えるように目を瞑り、眉を寄せていた。その様子を見るに、どうやらリン王太子妃は頻繁に、王太子妃にあるまじき行動を取っているようだ。大体、思い立ったら吉日のように、ルーシェやアルバート王子達を宿まで王太子妃自ら迎えに来るのだから。

「さぁ、ここに座ったらどう?」

 子供用の椅子が用意されている。
 ルーシェは目をパチクリさせた。
 その椅子の背もたれはウサギさんの形をしていて、柔らかなベージュ色のクッションが重ねられて動かないように大きなピンク色のリボンで固定されている。

「これ、俺のために用意してくれたの?」

「うちの子の椅子を借りたのよ」

 そう、リン王太子妃は六人の子持ちなのである。この王宮では子供用品に困ることはないのである。
 
「有難うございます」

 素直にアルバート王子はルーシェの体を持ちあげそのウサギの背もたれの椅子に、ルーシェを座らせた。
 ルーシェの座る席のテーブルには、前掛けまで置いてあることに、ルーシェは憤慨していた。

「おい、これはないだろう!! 俺を何だと思っているんだ。こんな前掛けがいるほどの粗相はしないじょ!!」

 何気に怒りながらも、発語がうまく出来ずに最後は噛んでいる。

「小さい子は、食事をポロポロと零すでしょう。うちの女官が気を利かせて用意してくれたのに」

 ルーシェはその前掛けを広げる。たっぷりと白いレースのついた上品な前掛けである。さすが王族用。
 隅に小さなウサギの刺繍が施されているのがこれまた可愛らしい。

「……ウサギが好きなのか」

 椅子の背もたれといい、前掛けといい、ウサギが多い。

「うちの子が好きなのよ」

 自分が好きなのではないと否定するリン王太子妃。
 ルーシェの隣の席にアルバート王子は座った。

「糞っ、大人に姿を変えて食事の席にくれば良かった。子供服が用意されたから、子供の姿でやって来たらこんな屈辱が……」

 ぶつぶつと言っているルーシェの言葉を小耳に挟んだリン王太子妃は、少し目を見開いた。

「え、大きくもなれるの?」

「なれる」

「…………そう、そうなの。てっきり」

 チロリとアルバート王子を見て、三歳児のルーシェを見て、頬を染めるリン王太子妃。

「てっきり殿下がショタコンかと思っていたのに」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ルーシェの顔は真っ赤に染まり、わなわなわなと震えが止まらない様子である。

「お、お、俺達のこと」

「いえ、こちらの世界は前の世界と比べると、結構寛容なのよね。男同士でもほら、堂々と結婚も出来るし。私も二人が愛し合っているのなら、何も言うつもりはないのよ。大体、友親だって男と結婚しているというし」

 そう。リン王太子妃は、懐広く二人を見守るような、どこか温かな視線をルーシェ達へ向けていた。
 しかし、ルーシェはショックを受けていた。

(ショタコン……ショタコン)

(俺の王子がショタコンだと思われていた)

(ショタコンだと……)


 そこに、アルバート王子の声が響き渡った。

「ショタコンとは何なのだ」

 その問いかけに、リン王太子妃は「……わたくしの口からはお答え出来かねます」と慎み深く答え、真っ赤な顔をしたルーシェだけが「え、あ……ええぇぇえ」と言い淀んでいたのだった。
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