380 / 711
外伝 はじまりの物語 第三章 残された者達の物語
第四話 出奔
しおりを挟む
コリーヌ王女がいなくなって、内心大喜びしていたのがカルフィー魔術師であった。
もちろん、委員長こと石野凛や三橋友親の前では、鎮痛な顔をして、笑顔など決して見せないようにしている。だが、まさしく目の上のたんこぶのような存在で、ずっとカルフィーに対して警戒していたコリーヌ王女がいなくなったのである。もはや誰も、自分が友親を手に入れようとしても邪魔する者はいない。
そもそも、異世界から友親達を召喚したアルダンテ王国の王家も滅んでしまったのだ。
友親の所有の権利を主張する者は、もういない。
いないのだ。
そのことをカルフィーが嬉々としてケイオスに告げると、ケイオスは「王女殿下は、トモチカ達をハルヴェラ王国の騎士に託すと言っているのだろう」と言った。
そうなのだ。
コリーヌ王女は、委員長石野凛と三橋友親の行く末を心配して、ハルヴェラ王国の騎士に二人を任せようとしていた。まったく余計なことをするなと言いたかった。
カルフィーは爪を噛んだ。
それは不機嫌な時にする、彼の癖だった。
「委員長とあの三番目の王女はハルヴェラの騎士に押し付けてやればいいが」
最初から二人を押し付ける気満々のカルフィーである。
「トモチカは駄目だ。ハルヴェラ王国なんかに連れていけない。私が連れていく」
「どこへ?」
「………………」
ケイオスの問いかけにカルフィーは目を伏せて、腕を組んでしばらく考え込む。
そして何かを思いついたように、彼は青い目を輝かせていた。
「ユキの行方を、元の世界へ戻る方法を一緒に探そうと言おう。彼はきっと食いつく」
ケイオスはやや目を見開く。
「それは……」
アルダンテ王国の王城の大広間で、血の海の中で倒れていたユキ。三橋友親の親友の沢谷雪也は、あの場所で死んでいるはずだった。ケイオスはそう思っていたし、カルフィーもそう考えているはずだった。そして、友親が元の世界に帰ることをあれだけ嫌がっていたカルフィーである。「元の世界へ戻る方法を一緒に探そう」と言いながらも、密かに邪魔をして、友親を戻らせないようにするだろう。
しかし、そのことを餌に、三橋友親を連れ出すというのだ。
「…………それは、あまりにもトモチカが可哀想じゃないのか」
思わずそんなことを言うケイオスに、カルフィーは言う。
「なら、どうやってトモチカを連れていくというんだ。ケイオス、私に教えてくれよ。このままだとハルヴェラ王国に連れて行って、そこに彼を置いていかなくちゃならなくなる。その騎士の男の保護下に置かれると、私達の手は届かなくなるぞ。それにトモチカは私に言ったんだ。『ユキを助けないといけない』と。それが、彼の望みなんだ」
なんとも自分の都合の良いように考えるものだと、ケイオスはカルフィーのその考えに感心してしまった。だが一方で、あれだけユキと仲の良かった友親が、カルフィーの残酷な甘言に乗らないはずはないだろうと思っていた。
事実、三橋友親は、カルフィー魔術師の言葉に従って、それからハルヴェラ王国へ向かわなかった。
ハルヴェラ王国へ向かう道すがら、カルフィー魔術師の「ハルヴェラ王国など行かず、私と一緒にユキの行方を探そう」という言葉にまんまと引っかかってしまい、彼はカルフィー魔術師と共に、手紙を置いていなくなってしまう。
そのことを知った委員長こと石野凛は、盲目のシーラ王女と共に呆然としていた。
手紙には短く「ごめん、委員長。カルフィーと一緒にユキを探して、元の世界に戻る方法を見つけてくる」と書かれていた。
委員長はぶるぶると震えながら手紙を握り締めていた。
「友親はなんて馬鹿な事を。ユキは、沢谷君は……」
その後の言葉がどうしても続かない。
委員長の茶色の瞳に涙が浮かぶ。シーラ王女はおずおずと小さな手を伸ばして、顔を両手で覆って泣いている石野凛の頭を撫でていた。
ユキは、沢谷雪也は死んでしまっている。勇者の鈴木君もたぶん、死んでしまっている。
今さら二人を探しても、無駄なのだ。
死んでいるから。
どんなに探しても、生きている二人に巡り合うことは出来ない。
でも友親はそれを認めない。
彼はずっと「ユキを置いてきちゃったじゃないか。戻ってユキを助けないといけない」と言っていたのだから。
委員長の目からぼたぼたと涙が零れる。
友親とユキの二人の、非常に仲の良い姿が瞼の裏に思い出される。
あの二人の仲の良さを知っているからこそ、胸が痛くて仕方なかった。
本当なら友親を追いかけて、友親を捕まえて説得したい。
でもこの異世界では、彼を追いかけることすらままならなかった。
冒険者のケイオスは、三橋友親を連れていなくなったカルフィー魔術師の分もしっかりと石野凛とシーラ王女の護衛を務め、ハルヴェラ王国に辿り着く。
ケイオスは、カルフィー魔術師から言われていたとおり、委員長石野凛が何らかの属性を持つ異世界人であることをハルヴェラ王国の騎士リオスに伝える。カルフィーは、石野凛が国にとって非常に有用な異世界人であるとハルヴェラ王国の人々に知られれば、ハルヴェラ王国に石野凛は引き留められ、彼女が三橋友親を追うことは出来なくなるだろうと考えていた。
石野凛の話を聞いた騎士リオスは、自身の仕える王子にそのことを報告し、石野凛は居並ぶ王宮魔術師達の前で、水晶玉に手をかざし、彼女が水属性を持つことが披露されたのだった。
その当時、ハルヴェラ王国は酷い干ばつの被害に苦しんでいた。水属性を持つ石野凛の存在は驚きと喜びで持って迎えられることになる。やがて、異世界人特有の膨大な魔素を抱え、更には自身が水魔法を使える石野凛を王家に取り込もうと、王家の年若い王子との婚約の話が持ち上がるのだった。
そして現実に、石野凛は三橋友親の行方を追うどころではない状況になったのだった。
もちろん、委員長こと石野凛や三橋友親の前では、鎮痛な顔をして、笑顔など決して見せないようにしている。だが、まさしく目の上のたんこぶのような存在で、ずっとカルフィーに対して警戒していたコリーヌ王女がいなくなったのである。もはや誰も、自分が友親を手に入れようとしても邪魔する者はいない。
そもそも、異世界から友親達を召喚したアルダンテ王国の王家も滅んでしまったのだ。
友親の所有の権利を主張する者は、もういない。
いないのだ。
そのことをカルフィーが嬉々としてケイオスに告げると、ケイオスは「王女殿下は、トモチカ達をハルヴェラ王国の騎士に託すと言っているのだろう」と言った。
そうなのだ。
コリーヌ王女は、委員長石野凛と三橋友親の行く末を心配して、ハルヴェラ王国の騎士に二人を任せようとしていた。まったく余計なことをするなと言いたかった。
カルフィーは爪を噛んだ。
それは不機嫌な時にする、彼の癖だった。
「委員長とあの三番目の王女はハルヴェラの騎士に押し付けてやればいいが」
最初から二人を押し付ける気満々のカルフィーである。
「トモチカは駄目だ。ハルヴェラ王国なんかに連れていけない。私が連れていく」
「どこへ?」
「………………」
ケイオスの問いかけにカルフィーは目を伏せて、腕を組んでしばらく考え込む。
そして何かを思いついたように、彼は青い目を輝かせていた。
「ユキの行方を、元の世界へ戻る方法を一緒に探そうと言おう。彼はきっと食いつく」
ケイオスはやや目を見開く。
「それは……」
アルダンテ王国の王城の大広間で、血の海の中で倒れていたユキ。三橋友親の親友の沢谷雪也は、あの場所で死んでいるはずだった。ケイオスはそう思っていたし、カルフィーもそう考えているはずだった。そして、友親が元の世界に帰ることをあれだけ嫌がっていたカルフィーである。「元の世界へ戻る方法を一緒に探そう」と言いながらも、密かに邪魔をして、友親を戻らせないようにするだろう。
しかし、そのことを餌に、三橋友親を連れ出すというのだ。
「…………それは、あまりにもトモチカが可哀想じゃないのか」
思わずそんなことを言うケイオスに、カルフィーは言う。
「なら、どうやってトモチカを連れていくというんだ。ケイオス、私に教えてくれよ。このままだとハルヴェラ王国に連れて行って、そこに彼を置いていかなくちゃならなくなる。その騎士の男の保護下に置かれると、私達の手は届かなくなるぞ。それにトモチカは私に言ったんだ。『ユキを助けないといけない』と。それが、彼の望みなんだ」
なんとも自分の都合の良いように考えるものだと、ケイオスはカルフィーのその考えに感心してしまった。だが一方で、あれだけユキと仲の良かった友親が、カルフィーの残酷な甘言に乗らないはずはないだろうと思っていた。
事実、三橋友親は、カルフィー魔術師の言葉に従って、それからハルヴェラ王国へ向かわなかった。
ハルヴェラ王国へ向かう道すがら、カルフィー魔術師の「ハルヴェラ王国など行かず、私と一緒にユキの行方を探そう」という言葉にまんまと引っかかってしまい、彼はカルフィー魔術師と共に、手紙を置いていなくなってしまう。
そのことを知った委員長こと石野凛は、盲目のシーラ王女と共に呆然としていた。
手紙には短く「ごめん、委員長。カルフィーと一緒にユキを探して、元の世界に戻る方法を見つけてくる」と書かれていた。
委員長はぶるぶると震えながら手紙を握り締めていた。
「友親はなんて馬鹿な事を。ユキは、沢谷君は……」
その後の言葉がどうしても続かない。
委員長の茶色の瞳に涙が浮かぶ。シーラ王女はおずおずと小さな手を伸ばして、顔を両手で覆って泣いている石野凛の頭を撫でていた。
ユキは、沢谷雪也は死んでしまっている。勇者の鈴木君もたぶん、死んでしまっている。
今さら二人を探しても、無駄なのだ。
死んでいるから。
どんなに探しても、生きている二人に巡り合うことは出来ない。
でも友親はそれを認めない。
彼はずっと「ユキを置いてきちゃったじゃないか。戻ってユキを助けないといけない」と言っていたのだから。
委員長の目からぼたぼたと涙が零れる。
友親とユキの二人の、非常に仲の良い姿が瞼の裏に思い出される。
あの二人の仲の良さを知っているからこそ、胸が痛くて仕方なかった。
本当なら友親を追いかけて、友親を捕まえて説得したい。
でもこの異世界では、彼を追いかけることすらままならなかった。
冒険者のケイオスは、三橋友親を連れていなくなったカルフィー魔術師の分もしっかりと石野凛とシーラ王女の護衛を務め、ハルヴェラ王国に辿り着く。
ケイオスは、カルフィー魔術師から言われていたとおり、委員長石野凛が何らかの属性を持つ異世界人であることをハルヴェラ王国の騎士リオスに伝える。カルフィーは、石野凛が国にとって非常に有用な異世界人であるとハルヴェラ王国の人々に知られれば、ハルヴェラ王国に石野凛は引き留められ、彼女が三橋友親を追うことは出来なくなるだろうと考えていた。
石野凛の話を聞いた騎士リオスは、自身の仕える王子にそのことを報告し、石野凛は居並ぶ王宮魔術師達の前で、水晶玉に手をかざし、彼女が水属性を持つことが披露されたのだった。
その当時、ハルヴェラ王国は酷い干ばつの被害に苦しんでいた。水属性を持つ石野凛の存在は驚きと喜びで持って迎えられることになる。やがて、異世界人特有の膨大な魔素を抱え、更には自身が水魔法を使える石野凛を王家に取り込もうと、王家の年若い王子との婚約の話が持ち上がるのだった。
そして現実に、石野凛は三橋友親の行方を追うどころではない状況になったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,456
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる