20 / 107
イザヤ学術院編
・イザヤ学術院の静かなる日々 - イザヤ学術院編・完! -
しおりを挟む
イザヤ学術院は悪く言えば退屈、よく言えば平穏な学校だった。
「グレイボーン、相談があるんだが……。お前、トラム公社のお姉さん方と知り合いって、本当なのか……?」
最初は教室で浮きに浮きまくっていた俺だったが、結局落ち着くべきところに落ち着いた。
友達がいのある理想的なクラスメイトのジュリオと、のっぴきならぬ深い友人関係にあるグレイボーンを、彼らはいつまでもハブってはいられなかった。
加えて、デボアさんとのコネもなぜかプラスに働いた。
「ああ、なんでかわからんがある」
「おぉ……。いいよなぁ、トラムの運転手さん……俺、ガキの頃からあの制服好きなんだぁ……」
「俺は普通だ。よく見えんしな」
「グレイボーンは目ぇ悪いもんなー。でさっ、今度紹介してくれよ、トラムのお姉さんっ!」
「向こうも同じようなことを言っている。いいぞ」
お姉さん方は若い子を。
学生たちはトラム公社の制服を。
なんか関係として歪みに歪み切っているような気もするが、俺はただのパイプ役だ。
ともかくそんな感じで月日が過ぎ去った。
俺はイザヤ学術院で勉学に励み、いつのまにやら2年生となり、前期を乗り越えて後期を迎えた。
とにかく平和で、これといって語ることのない毎日だったが、しかしその日ばかりは違った。
それは5連休を迎えた初日、魔導トラムで故郷に帰ったその日の、晩餐の席でのことだった。
リチェルと遊んで家に帰って、井戸で手を洗って食堂にやってくると、そこにあの人がいた。
「お久しぶりね、ロウドックの息子グレイボーン」
マレニア魔術院のあの女史だ。
名前は覚えていない。
「あ、セラせんせー! いらっしゃーいっ!」
「な……なんだと……?」
知らぬうちに女史は、うちの一家と知り合いになっていた。
「あらリチェルさん、私の言い付けは守っていたかしら?」
「うんっ、毎日100回! メテオ、落とした!」
嘘だろ……?
「ふふふっ、よく出来ました」
「うわーい! リチェル、がんばったー!」
「いやいやいやいやっ、アンタ人が居ない間に何やらせてるしっ!?」
「何も問題ありません。南の未攻略領域ならば、クレーターまみれにしても誰も困らないでしょう?」
「毎日100個隕石が落ちる環境で生活したくないよ、俺は! てかなんでいるしっ!?」
そう突っ込むと、ハンス先生がため息を吐いた。
母さんもどことなく元気がない。
原因はこの女史、セラ教官にあるのは明白だった。
「丘の奥は見たかしら?」
「ぁ…………」
その一言で元気なリチェルがしおれた。
俺が不在の間に何かがあったようだった。
「この子が丘の林を枯らしたの。お兄ちゃんが帰ってくる前に、花でも咲かせようとしたのね。でも、やり過ぎた」
「ええ、本当のことよ。セラさんが言うには、リチェルは魔法の力が強くなり過ぎているんですって……」
母さんが残念そうにそう言った。
いや、だからなんだ?
そんな景気の悪い言い方をしたら、リチェルが不安になるだろう。
「当然だ、うちの妹は天才だからな! 本気を出せば林だろうと森だろうと枯らすさ!」
「お兄ちゃん……」
まあだが、枯れたのが林でよかった。
人であったら責任を負うことになっていただろう。
たとえば傷を負った者を癒し過ぎてしまう、とか……。
あー、なんかエグそうだ……。
「今のままだと危険ね。最悪は暴走して、ご家族ごとこの屋敷を吹っ飛ばしてしまうかもしれないわ」
「ま、天才だからな! そういうこともある!」
「お、お兄ちゃんってば……っ」
「そんな悲劇を私は避けたい。あら、そうだわ、リチェルちゃんには、マレニア魔術院で学んでいただきましょうか」
今、セラ女史がどんな顔をしているかどうしても気になって、顔に顔を近付けた。
ニヤリと口元を歪ませて、女史は家族の前だろうとお構いなしに俺をひっぱたいた。
「お、お兄ちゃんっっ、大丈夫っ?!」
「いや、慣れている。セラ女史はこういうバシーンッとくる人なんだ」
母さんとハンス先生はこの話を飲むようだ。
反論をしないということはそういうことで、リチェルも入学に合意しているようだった。
「さあ、どうするのかしら、ロウドックの息子」
「どうもこうもない……」
リチェルをマレニア魔術院に通わせるだと?
リチェルはまだ10歳だ。
年明けから通うとして11歳。小学5年生相当の子供を、冒険者育成学校に通わせるなんて狂気のさただ。
「お兄ちゃん……リチェル、マレニアに行く。だって、ダイダロスに行けば、お兄ちゃんの近くだもん……」
「君が都で暮らしているのが幸いだね……。親としては、心配で気が気じゃないよ……」
ハンス先生はそう苦しげに言った。
母さんも同じようにため息を吐いて、たぶん俺のことを見た。
彼らの心配を緩和する方法が1つある。
だけど気に食わないのは、俺たち兄妹の運命が女史の手のひらの上にあるってことだ。
「クルト教官は覚えていて?」
「もちろん。なんていうか、気持ちのいい人だった」
日本の感覚じゃ古いオタクの象徴であるバンダナも、こっちの人たちが付けるとカッコイイもんだ。
「言づてを預かっているわ。『理屈はいいからマレニアに来い』だそうよ」
「まあ、そうなるよな……」
「私たちのメンツを潰して、逃げ切れると思った? 兄妹そろってマレニアにおいでなさい。カビ臭いイザヤになんていたら、カビパンみたいな大人になってしまうわよ」
よっぽど当時のことがムカついてたのだろうか。
よっぽどイザヤ学術院とそりが会わないのだろうか。
女史は声高々と歌うようにマレニアへ誘ってくれた。
「けど、ジュリオたちになんて言ったらいいものか……」
「あら、妹を1人でマレニアに通わせるつもりかしら?」
「しない。来年からマレニアに転校するから手続きがしたい」
「ぁ……お兄ちゃんっ、よかった……っ! で、でも、ごめんなさい……」
「気にするな。ジュリオとトマスとは休日にいくらでも遊べる。……これで満足か、女史?」
「ええ。あの陰険なバロック次官には、よーくお詫びしておきなさいね、ウフフフ……」
「知り合いかよ……」
「フフ……いい気分……」
疑うのはどうかと思うが、この人がリチェルの師匠になって、才能を開花させたのが、そもそもの原因なんじゃ……。
「なにかしら、ロウドックの息子?」
「いや……。話もまとまったことだし、ここからは楽しい夕食にしよう! 俺の妹が、超天才だと判明した日なんだからなっ!」
「え、えへへへぇ……お兄ちゃん、ありがとう……っ。リチェルは、超天才だったのですっ!」
こうなってしまったら割り切ろう。
2年間もイザヤで勉強出来たら十分だ。
来年からはマレニアに転校して、将来の準備を進めよう。
元々俺がやりたかったのは、こっち側の活動だ。
そこに陰謀があろうとなかろうと、そんなもの関係ない。
「ところで、うちの父さんとはどんな関係なんだ?」
「昔の恋人よ」
「え、ええええーーーーっっ?! セラ先生、そうだったんですかーっ!?」
「この席でズバッと答えられても困るぞ、それ……」
それに以前、ロウドック坊やって呼んでいたような……。
となると、冗談か……?
「では……少し気が早いけど先に言わせていただくわ。リチェル、グレイボーン、マレニア魔術院へようこそ。イザヤはさぞ退屈だったでしょう?」
「そうかもしれないが、あそこは落ち着いて勉学に励めるいいところだ――うわっとっ?!」
不意打ちのビンタを鼻先でかわした。
「次、イザヤを褒めたら殴るわ」
「順序がおかしいだろ、この暴力教師っ!」
俺は来年からマレニア魔術院に、妹リチェルと一緒に通うことになった。
ジュリオたちには申し訳ない限りだが、正直……楽しみでワクワクとしてきている。
俺の妹がいかに天才で愛らしい存在であるかを、他者にひけらかし、かつすぐ隣で見れるのだから。
やはりうちの妹は、最高だった。
「グレイボーン、相談があるんだが……。お前、トラム公社のお姉さん方と知り合いって、本当なのか……?」
最初は教室で浮きに浮きまくっていた俺だったが、結局落ち着くべきところに落ち着いた。
友達がいのある理想的なクラスメイトのジュリオと、のっぴきならぬ深い友人関係にあるグレイボーンを、彼らはいつまでもハブってはいられなかった。
加えて、デボアさんとのコネもなぜかプラスに働いた。
「ああ、なんでかわからんがある」
「おぉ……。いいよなぁ、トラムの運転手さん……俺、ガキの頃からあの制服好きなんだぁ……」
「俺は普通だ。よく見えんしな」
「グレイボーンは目ぇ悪いもんなー。でさっ、今度紹介してくれよ、トラムのお姉さんっ!」
「向こうも同じようなことを言っている。いいぞ」
お姉さん方は若い子を。
学生たちはトラム公社の制服を。
なんか関係として歪みに歪み切っているような気もするが、俺はただのパイプ役だ。
ともかくそんな感じで月日が過ぎ去った。
俺はイザヤ学術院で勉学に励み、いつのまにやら2年生となり、前期を乗り越えて後期を迎えた。
とにかく平和で、これといって語ることのない毎日だったが、しかしその日ばかりは違った。
それは5連休を迎えた初日、魔導トラムで故郷に帰ったその日の、晩餐の席でのことだった。
リチェルと遊んで家に帰って、井戸で手を洗って食堂にやってくると、そこにあの人がいた。
「お久しぶりね、ロウドックの息子グレイボーン」
マレニア魔術院のあの女史だ。
名前は覚えていない。
「あ、セラせんせー! いらっしゃーいっ!」
「な……なんだと……?」
知らぬうちに女史は、うちの一家と知り合いになっていた。
「あらリチェルさん、私の言い付けは守っていたかしら?」
「うんっ、毎日100回! メテオ、落とした!」
嘘だろ……?
「ふふふっ、よく出来ました」
「うわーい! リチェル、がんばったー!」
「いやいやいやいやっ、アンタ人が居ない間に何やらせてるしっ!?」
「何も問題ありません。南の未攻略領域ならば、クレーターまみれにしても誰も困らないでしょう?」
「毎日100個隕石が落ちる環境で生活したくないよ、俺は! てかなんでいるしっ!?」
そう突っ込むと、ハンス先生がため息を吐いた。
母さんもどことなく元気がない。
原因はこの女史、セラ教官にあるのは明白だった。
「丘の奥は見たかしら?」
「ぁ…………」
その一言で元気なリチェルがしおれた。
俺が不在の間に何かがあったようだった。
「この子が丘の林を枯らしたの。お兄ちゃんが帰ってくる前に、花でも咲かせようとしたのね。でも、やり過ぎた」
「ええ、本当のことよ。セラさんが言うには、リチェルは魔法の力が強くなり過ぎているんですって……」
母さんが残念そうにそう言った。
いや、だからなんだ?
そんな景気の悪い言い方をしたら、リチェルが不安になるだろう。
「当然だ、うちの妹は天才だからな! 本気を出せば林だろうと森だろうと枯らすさ!」
「お兄ちゃん……」
まあだが、枯れたのが林でよかった。
人であったら責任を負うことになっていただろう。
たとえば傷を負った者を癒し過ぎてしまう、とか……。
あー、なんかエグそうだ……。
「今のままだと危険ね。最悪は暴走して、ご家族ごとこの屋敷を吹っ飛ばしてしまうかもしれないわ」
「ま、天才だからな! そういうこともある!」
「お、お兄ちゃんってば……っ」
「そんな悲劇を私は避けたい。あら、そうだわ、リチェルちゃんには、マレニア魔術院で学んでいただきましょうか」
今、セラ女史がどんな顔をしているかどうしても気になって、顔に顔を近付けた。
ニヤリと口元を歪ませて、女史は家族の前だろうとお構いなしに俺をひっぱたいた。
「お、お兄ちゃんっっ、大丈夫っ?!」
「いや、慣れている。セラ女史はこういうバシーンッとくる人なんだ」
母さんとハンス先生はこの話を飲むようだ。
反論をしないということはそういうことで、リチェルも入学に合意しているようだった。
「さあ、どうするのかしら、ロウドックの息子」
「どうもこうもない……」
リチェルをマレニア魔術院に通わせるだと?
リチェルはまだ10歳だ。
年明けから通うとして11歳。小学5年生相当の子供を、冒険者育成学校に通わせるなんて狂気のさただ。
「お兄ちゃん……リチェル、マレニアに行く。だって、ダイダロスに行けば、お兄ちゃんの近くだもん……」
「君が都で暮らしているのが幸いだね……。親としては、心配で気が気じゃないよ……」
ハンス先生はそう苦しげに言った。
母さんも同じようにため息を吐いて、たぶん俺のことを見た。
彼らの心配を緩和する方法が1つある。
だけど気に食わないのは、俺たち兄妹の運命が女史の手のひらの上にあるってことだ。
「クルト教官は覚えていて?」
「もちろん。なんていうか、気持ちのいい人だった」
日本の感覚じゃ古いオタクの象徴であるバンダナも、こっちの人たちが付けるとカッコイイもんだ。
「言づてを預かっているわ。『理屈はいいからマレニアに来い』だそうよ」
「まあ、そうなるよな……」
「私たちのメンツを潰して、逃げ切れると思った? 兄妹そろってマレニアにおいでなさい。カビ臭いイザヤになんていたら、カビパンみたいな大人になってしまうわよ」
よっぽど当時のことがムカついてたのだろうか。
よっぽどイザヤ学術院とそりが会わないのだろうか。
女史は声高々と歌うようにマレニアへ誘ってくれた。
「けど、ジュリオたちになんて言ったらいいものか……」
「あら、妹を1人でマレニアに通わせるつもりかしら?」
「しない。来年からマレニアに転校するから手続きがしたい」
「ぁ……お兄ちゃんっ、よかった……っ! で、でも、ごめんなさい……」
「気にするな。ジュリオとトマスとは休日にいくらでも遊べる。……これで満足か、女史?」
「ええ。あの陰険なバロック次官には、よーくお詫びしておきなさいね、ウフフフ……」
「知り合いかよ……」
「フフ……いい気分……」
疑うのはどうかと思うが、この人がリチェルの師匠になって、才能を開花させたのが、そもそもの原因なんじゃ……。
「なにかしら、ロウドックの息子?」
「いや……。話もまとまったことだし、ここからは楽しい夕食にしよう! 俺の妹が、超天才だと判明した日なんだからなっ!」
「え、えへへへぇ……お兄ちゃん、ありがとう……っ。リチェルは、超天才だったのですっ!」
こうなってしまったら割り切ろう。
2年間もイザヤで勉強出来たら十分だ。
来年からはマレニアに転校して、将来の準備を進めよう。
元々俺がやりたかったのは、こっち側の活動だ。
そこに陰謀があろうとなかろうと、そんなもの関係ない。
「ところで、うちの父さんとはどんな関係なんだ?」
「昔の恋人よ」
「え、ええええーーーーっっ?! セラ先生、そうだったんですかーっ!?」
「この席でズバッと答えられても困るぞ、それ……」
それに以前、ロウドック坊やって呼んでいたような……。
となると、冗談か……?
「では……少し気が早いけど先に言わせていただくわ。リチェル、グレイボーン、マレニア魔術院へようこそ。イザヤはさぞ退屈だったでしょう?」
「そうかもしれないが、あそこは落ち着いて勉学に励めるいいところだ――うわっとっ?!」
不意打ちのビンタを鼻先でかわした。
「次、イザヤを褒めたら殴るわ」
「順序がおかしいだろ、この暴力教師っ!」
俺は来年からマレニア魔術院に、妹リチェルと一緒に通うことになった。
ジュリオたちには申し訳ない限りだが、正直……楽しみでワクワクとしてきている。
俺の妹がいかに天才で愛らしい存在であるかを、他者にひけらかし、かつすぐ隣で見れるのだから。
やはりうちの妹は、最高だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
389
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる