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マレニア魔術院の一学期

・妹は同級生 - 友よ、これが俺のかわいい妹だ -

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 都に着くと、俺はしたり顔で青のトラムに乗ればマレニア魔術院に行けると、リチェルに語った。
 だがその前に寄らなければならないところがあった。

「グレイ、来てくれたんだね!」

 それはジュリオの実家のバロック家だ。
 屋敷を訪ねると、メイドではなくちょうど在宅だったジュリオが迎えてくれた。

 ジュリオはいつからか、俺をグレイと読んでくれるようになっていた。

「あっ、これがっ、ジュリオ!!」
「人を指さすんじゃない。そうだよ、これがジュリオだ」
「と言いながら、兄妹で人を指ささないでほしいかな」

 ジュリオは紳士で、女性と子供にはさらに輪をかけてやさしい。
 リチェルの前にやって来ると彼はわざわざを膝を落とし、相手と視線の高さを合わせた。

「ジュリオ・バロックです。グレイから君の噂はかねがね」
「ううん、リチェルのうちは、お金持ちじゃないよー!」

「え……それは、どういう意味だい……?」

 その程度のこともわからないとは、お前もまだまだだな、ジュリオ・バロック。

「かねがねを、金金だと思ったのだろう。何せまだ11歳だからな……」

 バロック家の邸宅は、うちの屋敷の3、4倍はある立派なお屋敷だ。
 うちの家が勝てるところいえば、庭園の広さくらいのものだった。

「あ、ああ……。君は噂通りの面白い子なんだね」
「うんっ、みんなによく言われるー!」

「はは、リチェルちゃんは明るくていいね」
「ジュリオは、いいやつ! お兄ちゃん、いつもそう言ってる!」

 バラすな。
 ジュリオの顔がわかるわけではないが、たぶん今ので笑われた。

「バロック次官はいるか? 入学前にもう1度謝っておこうと思ってな……」
「ぁ……ぅ……。リチェルのせいで、ごめんなさい……。お兄ちゃんと、ずっと一緒の、はずだったんだよね……?」

 次官は在宅のようだ。
 ジュリオは門から敷地へと案内してくれた。

「グレイが決めたことだ。君は気にしなくていいんだよ」
「ああ、マレニア行きはそれはそれで楽しめるし、有意義だ」

「マレニアの入学式は今日だっけ?」
「ああ、そうだ」

「イザヤと基本的には変わらないらしいよ。実技の内容と設備が異なるだけで、基本は同じらしい。寮の構造もね」

 屋敷に通され、次官の書斎をジュリオがノックした。
 中へと通されると、バロック次官は書斎机を立ち上がって俺を歓迎してくれた。

「やあ、わざわざ来てくれたのかね! そちらが妹のリチェルくんだね?」
「初めましてっ、リチェルは、お兄ちゃんの妹のリチェルです!」

 あまり賢そうな挨拶ではなかった。
 しかし次官は転んでもただでは立ち上がろうとしない人だ。
 彼は2年前の俺に続いて、今年のリチェルを大歓迎した。

「リチェルくん、ぜひ私と友人になってくれたまえ。君は1日にメテオを100発も撃てる天才魔法使いだそうではないか」
「えへへ……すごい日は、200回できますっ!」

 マジかよ、それは俺も知らなかった……。
 たった1人で城攻めが出来るレベルだな……。

「そしてグレイボーン君。君はせっかくイザヤで2年も学んだというのに、1年生からやり直しだそうだね」
「そうらしい。だがリチェルと一緒に入学して、一緒に卒業出来るんだ。むしろ望むところだ」

 今日からリチェルと俺は同級生だ。
 学校に入学し、やがて卒業する妹を間近で俺は見ること出来る! 素晴らしい!

「む……うむ。少し、愛が濃くないかね……?」
「兄なら当然のことだと思っている」

「そう、かね……?」

 あのバロック次官が人に困惑するなんて、珍しいこともあるものだ。

「そうだとも。リチェルが立派なレディになるまで、俺にはリチェルを守護する義務がある。昔は風呂にだって入れてやったし、髪だってとかしてやった。一緒に卒業するくらい、それとなんの違いがある?」

「私はだいぶ違うと思うが、家族愛の強さは認めよう。行き過ぎている、気もするがね」

 あ……しまった……。
 バロック次官にわびを入れに来たのに、俺は何を熱く語っているんだ。

「次官、ジュリオ。あらためてとなるが、イザヤを去ることになって悪かった。だけど俺は、2人の親切を忘れない。卒業後は必ず、次官とジュリオの力になる。約束する」
「君は変なところが律儀だよね。気にすることはないよ。これからも僕と友達でいてくれるなら」

 ジュリオはいいやつだ。
 代価を要求するようなやつじゃない。
 しかしその父、バロック次官は無償で善意をくれる人ではなかった。

「卒業後は我々の力になる。その言葉に嘘偽りはないのだね?」
「ああ、力になると誓う。ジュリオと次官とのコネは、俺としても有益だしな!」

「結構! あの女、セラにしてやられたのは憤慨ものだが、君は有望な若者だ。その才で私を――いや、このジュリオの力になるように」

 ジュリオは官僚志望だ。
 この親のコネもあるので、順風満帆に官僚として出世してゆくだろう。
 その時には、何か面白い仕事を回してくれるかもしれない。

「約束する。2年出遅れることになるが、その時は必ずジュリオの力になる。その間にジュリオ、お前は出世しておいてくれ」
「父も君も勝手な人だね……。リチェルちゃんの苦労がなんとなくわかってきたよ……。ん、リチェルちゃん……?」

 さっきからリチェルが静かだ。
 どうしたのかと妹に顔を寄せると、よだれをたらして立ったまま寝ていた。
 リチェルには退屈な話だったようだ。



 重弩を右手に持つと、そんな妹を揺すって、左側の身体でおんぶした。

「君、過保護過ぎないかな……」
「うむ。疑うわけではないが、君たちは健全な関係なのだろうな?」
「親子そろって失礼だなっ! この程度のこと、兄なら当然だろうっ!」

「そ、そうかな……」
「いや私はそうは思わんが……」

 11歳の妹を、兄が抱っこしてはいけないという法律はない。
 俺はなんと言われようともこれまで通りを通す。

「悪いがそろそろ行かなきゃならない。ジュリオ、次の休日にトマスも誘って遊びに行かないか?」

 トマス。トーマスの名前を出すと、うとうとしていたリチェルの目が大きく開いた。

「トマス! リチェル、お兄ちゃんのちっちゃいお友達と会いたい!」
「わかった、誘っておくよ。2度目の学校デビュー、がんばってね」

 トマスにちっちゃいは禁句だと、そうリチェルにあらためて念押しして、世話になったバロック家を出た。
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